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瞳に映すもの

「……よし、此処は大丈夫そうね」

「ミシェル嬢、此方も確認が終わったよ」


 そう言って笑みを浮かべる、すっかり雑用係が板についてしまった、正真正銘のこの国の王子様に向かって口を開く。


「有難う。 ……まさか、本当に最後まで貴方が付き合ってくれるとは思わなかったわ」


 私はそう言って、すっかりパーティー会場らしくなった、学園の大広間を見渡して言った。

 新入生歓迎パーティーを明日に控えた今、私とエルヴィス殿下の二人だけ残り、こうして最終確認をしていたところだった。


「貴方のお陰で、去年より随分仕事が楽に感じたわ。

 有難う」


 その言葉に、彼は首を横に振って言う。


「僕は何も。

 ……でも、まさか一つ一つの行事に、こんなに生徒会がやらなければならない仕事があるとは思わなかったよ」

「そうね。 私も最初はそう思っていた」


 彼の言葉に私は頷き、言葉を続けた。


「でも、私は生徒会に入って良かったと思っているわ」


 最初はただ、ブライアン殿下に命じられて入った生徒会だった。 二学期に行われる、生徒会役員選挙の投票順で役目が決まる制度で、生徒会長に抜擢されて。

 慣れないことばかりで、責任に押し潰されそうな毎日だった。 ……けれど。


「初めて……、生徒会として今と同じように準備をして、イベントを開催した時。

 皆の笑顔を見て、初めて“達成感”というものを味わったの」


 幼い頃……、第二王子の婚約者になった時から、より一層厳しい淑女教育を受けてきた私。

 それが当たり前だと思っていた私にとって、誰の為というわけではなく、ただ、そう言った日々に追われる毎日を過ごして。


「そんな日々が役に立ったのを初めて感じたのは……、本音を言うと、ブライアン殿下の婚約者としてではなく、生徒会長として仕事を成し遂げた時、だと思うわ」

「……!」


 私は驚く彼に向かって微笑む。


「だから、私は今が一番幸せだと思うわ。

 ……貴方が私を、此処へ連れ戻してくれただけでなく、“生徒会長”として私を改めて任命してくれたこと」


 此処が、私の居場所なのだと。

 改めてそう思えるから。


「いつも言っているようだけど……、貴方には感謝してもしきれないのよ」


 私がそう口にすれば、彼は驚いたように目を見開き……、前髪をかきあげて突然しゃがみこんだ。

 そんな彼の行動に、具合でも悪くなったのかと心配になって、慌てて彼の顔を覗き込めば。

 彼はふっと笑って口にした。


「……あーあ、やっぱりミシェル嬢は格好良いよ、本当」

「!」


 そう言って顔を上げ、私に見せた笑顔がとても綺麗で。

 思わず息を飲んでしまう私に、彼は言葉を続けた。


「……僕はね、正直学園のイベントなんてどうでも良いと思っていた。

 どうせ暇人の集まりだろう、位にしか思っていなかったし。

 毎回行事の時は、挨拶だけしてこっそり帰っていたんだ」

「!」


 彼の言葉に、私は驚いて目を見開いた。


(……確かに、そう言われてみれば、第一王子である彼はイベントへの露出が少なかった気がする。

 私は裏方にいることが殆どだったけれど、偶に表に顔を出した時、元婚約者様の隣の玉座はいつも空席だった)


「ほら、君も知っての通り、ブライアンがあんな性格だろう?

 イベント好きで何でも顔を出す彼に任せておけば、僕が居なくても騒がれることも咎められることもなかったし。

 基本王家は、放任主義だからさ」

「……」


 私は、それに対して何も言えなかった。

 そう言った彼の笑みが、無理して笑っているような気がして。


(……でも、私からは彼に干渉し過ぎてはいけない)


 私は本当に聞きたいことを隠して、言葉を選びながら……、ギュッと拳を握って口を開いた。


「では、何故……、貴方は、そんなに好きではないこのイベントに、わざわざ雑用係まで申し出て貢献してくれたの?」

「……分からない?」

「っ」


 彼のアイスブルーの瞳が、私の瞳をじっと見つめる。

 思わず言葉に詰まれば、彼は慣れたように私の髪を手に取ると、その髪を指先で弄びながら口にした。


「……君と同じ景色を、見てみたかったから」

「え……?」


 私が彼の言葉に驚けば、彼はふっと笑い、弄んでいた髪をそっと手から離す。

 それによって、私の銀色の髪が彼の手からパラパラと零れ落ちる。

 エルヴィス殿下はそれを見届けるようにしてから立ち上がり、今度は遠くを見て言った。


「知ってる? 君は、生徒会長として仕事をしている時、瞳が生き生きとしているんだ」

「そ、そうかしら……?」


 突然の彼の言葉に、私は何となく恥ずかしくなってしまう。

 そんな私を見て彼は微笑み、何処か悲しげな表情をして言った。


「僕は……、君みたいにそうやって、一生懸命になれたものが、今迄に一つもないんだ。

 幼い頃から、何不自由ない生活をしてきた……、いや、何かが欠けて育ってきた僕にとっては、君が……、ミシェル嬢が、輝いて見えた」

「! ……そんなこと」

「あるよ。 ……君を初めて見た時……、僕と君は似た者同士だと思った。

 ただ漠然と、雰囲気でそう思ったんだ」


 彼から聞く初めての言葉に、私は思わず目を見開いた。


(私を初めて見た時に、彼がそんなことを考えていただなんて)


 驚く私に対し、彼は苦笑まじりに言った。


「そうしてブライアンの婚約者になった君を、僕は密かに見ていたんだ」

 ……最初は、ちょっとした興味本位だった」

「……最初?」


 彼の言葉に私が反応すれば、エルヴィス殿下は黙って頷き、口を開いた。


「でも、君を遠くから見て行る内に君は……、僕とは似ても似つかない存在だった。

 ……僕の欠けているものを、君は生まれながらにして持っていた。

 それが決定的に違うから、僕と違って君が綺麗な心を持っているんだと、改めて……そう感じた」

「っ、エルヴィス殿」

「随分長話をしてしまったね。 この話はもう忘れて。

 早く帰らないと、御家族が心配するよ」

「……はい」


 何か話さなければ、と思い口を開いた私の言葉を、彼は遮り話を変えた。 だから私も……、その言葉に応じなければならない。

 ……でも、そうしてはぐらかした彼の表情が、やはり何処か寂しそうに見えるのは……、私の気の所為、なんだろうか。






 エルヴィス殿下は、下校時間が遅くなる度、私を馬車で送り届けてくれる。


(こんなの……、ブライアン殿下では考えられなかったわ)


 そんなことをついつい思い浮かべてしまっては、私はいけないと自分を叱咤する。


(エルヴィス殿下を前の婚約者様といちいち比べるなんて失礼だわ)


 私はそんなことを考えながら、彼をみれば、移り変わる窓の外を見ているエルヴィス殿下の瞳は、やはり何処か影を落としていて。

 そんな彼がふと私の視線に気が付けば、又いつものように温かな微笑みを浮かべてくれる。

 その度に思ってしまう。

 ……どうして、彼を見ていると、こんなに胸が苦しくなるのだろうかと。




 馬車の中で他愛もない会話をしているうちに、あっという間に家に着いてしまった。


「手伝ってくれた上に、送ってくれて有難う、エルヴィス殿下」

「ふふ、どういたしまして。

 ……いよいよ明日が本番だね。

 ちゃんとイベントには僕も出席するから安心して」


 常時欠席だった僕が言っても説得力はないかもしれないけど、なんて言って冗談交じりに笑う彼に対し、私も思わず笑みをこぼす。

 そして馬車の扉を開けてもらい、降りようとしたが……、彼の方を振り返って言った。


「私も、さっきはあんなことを言ったけれど……、正直、毎月行事は、私が楽しむものではなく、参加者の皆様に楽しんでもらう為だと思っていた。

 けれど……、明日は貴方が居てくれると言ってくれた。

 それは私にとって……、今迄で一番素敵な日になる、そんな気がするわ」

「っ」


 私の言葉に、彼はアイスブルーの澄んだ瞳を丸くする。

 そんな彼の瞳を見て気恥ずかしくなった私は、「お、おやすみなさいっ」と逃げるように言って馬車から降りる。


 御者にお礼を言って、彼を乗せた馬車は静かに走り始める。

 彼が見送っている私の姿が見えていても、見えていなくても、少しでもこの気持ちが……、温かな心が、彼に伝わると良いな。


 そう思いながら、私は馬車が夜闇に溶けていくまで、彼を見送り続けたのだった。

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