準備と約束
あれから一週間が経ち、本格的に新入生歓迎パーティーの準備で忙しい日々を送る毎日が続いていた。 今日も生徒会室では、役員総出でその準備に追われている。
「ミシェル、こんな感じで皆の当日の役割分担を決めたのだけど……、どう?」
レティーの言葉に、彼女が書いてくれた役割分担表にざっと目を通す。
「……えぇ、大丈夫だと思うわ。 有難う。
それにしても……、やはり生徒会役員を合わせても、当日の警備が心配ね。
もう少し警備兵の数を増やして頂けないか、学園長に掛け合ってみるわ。
……それから、とても気になっていることがあるのだけど」
「? どうしたの?」
レティーがキョトンとした目で私を見るのに対し……、私は此処にあるはずのない名前を指差しながら指摘した。
「どうして生徒会役員でない彼……、エルヴィス殿下の名前が、役割分担の中に交じっているのかしら……?」
その言葉に、「呼んだー?」と呑気な声が私の耳に届く。
そしてその方向を見れば、生徒会役員ではない彼が、重そうな箱を軽々と持ち上げながら嬉しそうに私を見ていた。
「……どう考えてもこの状況はおかしいわよね」
「あぁ、僕が此処にいるのがおかしいっていうこと?
でも君が言った通り、雑用すれば此処にいても良いんでしょう?」
よっと、とその重い箱を置いた彼は、そう言ってにっこりと笑ってみせる。
そう、彼のいう通り、“雑用するのであれば此処にいても良い”と言った。
言ったのだけれど……。
「……まさか貴方が、本当に雑用なんてすると思わなかったもの」
一国の王子が雑用なんていう役を買うとは思っていなかったから、適当に言ってみただけなのだが……、彼は私がそれを口にした途端、嬉しそうに答えたのだ。
“なら、今日から僕は雑用係として此処にいることにするよ”
その言葉も私は軽く受け流し、まあ生徒会の仕事はきついし、彼もすぐやめるだろう……そう思っていた私は甘かった。
「はい、次は何すれば良い?」
「!? もう終わった、の……」
私がくるっと振り返れば……、彼に頼んでいた、当日パーティーに使う飾りが入った箱の数々が山積みになっていた。
「……え、これ頼んだのさっきよね?
もう、終わったの?」
私の言葉に、彼は「うん」と元気よく頷いた。
(……信じられない。 彼一人に任せて大変かなと思っていた仕事を……、もう終わらせたなんて)
当日のパーティーの飾り付けは、箱が何十とある。
学園内にある大広間を使って行う、学年最初のイベントは盛大に行われることもあって、飾りの量も飾り付けも大変なのだ。
その為、彼に去年使った飾りが仕舞ってある倉庫に行ってもらって、皆が他の作業をしている間、此処までそれらを持ってきてもらうことにしたのだけど……、幾ら何でも早すぎると思う。
「本当に……、一人でやったの?」
「? そうだけど?」
これくらいは一人で平気だよ、なんていう彼に対し、私は唖然としてしまう。
……この方、細く見えるけどどれだけ筋肉が付いているのかしら、なんて思わず考えてしまう私に対し、彼は私の紙を見て口を開いた。
「あ、その紙役割分担表でしょ?
ちょっと見せて」
そう言って、私が持っていた紙を彼が覗き込んだ。
そのせいで、彼の顔が近くなり……、私は思わず距離を取ろうとすれば、彼は少し眉間に皺を寄せて言った。
「ミシェル嬢、良く見えないからもう少しこっちに来て」
「っ!?」
距離を取ろうとしたはずの私を、難なく彼は私の肩をぐいっと寄せ、その肩に顎を乗せて私の手元を覗き込んだ。
(……〜〜〜ち、近いからっ!!)
私が固まってしまったことに気が付いたのだろう、彼はクッと笑いを零す。
(〜〜〜やはり策士だわ!)
ワナワナと怒りで震え出した私に気付いた彼は、私から逃げるようにヒョイっと紙を持ち上げると、私達を見てニヤニヤしていたレティーの元へ行き、紙を見ながら二人で何かを話し始めた。
それを見て、私は速くなった鼓動を落ち着かせるように、胸の前でそっと手を握る。
(……あの日から……、彼のことを見ると、落ち着かない気持ちになるのは何故……?)
あの日……とは、第二王子とその婚約者である女性との対峙した日でもあるが、それより真っ先に思い浮かぶのは、馬車の中でのことだった。
(もし……、あの時、御者が声をかけてこなかったら、私は……)
「しぇる、ミシェル? 聞いてる?」
「っ」
驚き見れば、首を傾げるレティーの姿で。
「ごめんなさい、聞いていなかったわ。
もう一度言ってくれる?」
私の言葉に、レティーは「大丈夫?」と私を心配しつつも口を開いた。
「警備兵のこと、殿下が直接学園長と掛け合ってくれるそうよ。 その方が予算的な問題にも食い込めるかもって。
後もし出来たら、私達の役割を少し減らして、歓迎パーティーに参加する時間を作ってくれるって!」
わーい、とレティーが嬉しそうに言ったのを見て、私は慌てて口を開く。
「ちょ、ちょっと待って。 私達も参加?
生徒会の仕事として今迄裏方でしか参加しなかったのだからそれは無理なんじゃ」
「いや、可能にするよ」
「!?」
何でもない、という風にエルヴィス殿下は笑って言った。
そして室内にいる皆に向かって言った。
「君達も、生徒会の仕事ばかりしていないで偶には参加したいと思わないか?」
その言葉に皆が頷いたのを見て、私は口を開いた。
「……もしそれが出来るのなら、皆の仕事量を減らしてあげて。
ただし私の役割は、そのままで良いわ」
「「「えっ!!」」」
私の言葉に驚き声をあげたのは、エルヴィス殿下とレティー、それからレイモンドで。
先にレティーが私に向かって口を開いた。
「どうして!? ミシェルこそ、折角エルヴィス殿下という婚約者がいらっしゃるのだから、参加すべきなのではないの?」
「そうだよ! それじゃあ第二王子が婚約者だった時と変わりないじゃないか」
レティーとレイモンドの言葉に対し、私は「そうね」と口を開きつつ首を横に振った。
「だけど、此処でもし私が、例年と違って生徒会長として参加せずに、少しでもパーティーに参加してしまったら……」
「……醜聞が立つと」
「えぇ」
私はエルヴィス殿下の言葉に頷く。
(そう、私は第二王子に婚約破棄され、今は第一王子の婚約者として皆の注目を集めている。 エルヴィス殿下が盾になってくれている分耳にはしないけれど、あらぬ噂だって裏では立っている筈。
そんな時に、私がもし、幾ら役回りがないとは言え生徒会の仕事をせずに歓迎パーティーに参加してしまったら?)
私が努力したことで今迄積み上げてきた信頼も、全て泡になりかねない。
そうなってしまったら、余計にエルヴィス殿下にも家族にも迷惑をかけることになる。
「私は、自分に出来ることは、何でもやりたいの」
「「「!」」」
その言葉に、皆が何故か驚いたような表情を浮かべた。
そんな皆に向かって、「だから」と言葉を続ける。
「もし出来るのなら……、貴方方は、私の分まで歓迎パーティーを楽しんで。
あ、その代わりと言ってはなんだけれど、実際に会場の雰囲気を見て気付いた点や良い点悪い点、何でも良いから感想を頂けると助かるわ」
そうすれば、来年業務を引き継ぐ次期生徒会の皆の役に立つでしょう?
そう言ってみせれば、彼等は驚いたように顔を見合わせ……、何故か笑い出した。
「? 私、何か面白いことを言ったかしら?」
私の言葉に、エルヴィス殿下はポンポンと私の頭を撫で、「うん、そこが君の良いところだよね」と口にして言った。
「分かった。 君の言う通り、君には出来ることをしてもらうとするよ。
その代わり、僕も君を見習って、自分に出来ることは何でもするとしよう」
彼は「約束」と笑みを浮かべて言った。
「……如何して約束なの?」
私がそう口にすれば、彼は「何となく?」と悪戯っぽく笑うだけで、最後まで教えてはくれなかったのだった。




