終幕
「あ、戻ってきた!」
レティーの声に周りにいた三人が顔を上げる。
私とエルヴィスがその四人の元に行けば、レティーが口を開いた。
「二人でお話していたんでしょう? まだ時間はあるけれどもう大丈夫なの?」
卒業パーティーは学園で過ごす最後の時間ということもあって、婚約者や恋人がいる方々は最後まで二人きりで過ごすことが多い。
レティーはそのことを言っているんだろう。
私はエルヴィスと顔を見合わせ、「えぇ」と頷くと、笑みを浮かべて口にした。
「この後の時間は、皆と過ごしたいと思って」
「〜〜〜ミシェルー! 私もそうしたいと思っていたのぉ……!」
「あ、あら、泣いてくれるとは思わなかったわ」
「だ、だって、これで最後だと思うと、本当に悲しくて……」
レティーの言葉にこの学園で過ごしてきた数々の思い出が蘇る。
そんな記憶を思い返しながら、自らのハンカチで拭くレティーの手をそっと握って言った。
「大丈夫、これで一生会えなくなるということではないわ。
確かに毎日顔を合わせることはできなくなるかもしれないけれど、私達は何処にいても友達よ」
「ミシェル……」
「そうよ。 私ももっとこの三人でお話がしたいわ。
その時はお茶会を開いて、また皆で集まりましょう?」
「エマ殿下……」
レティーはギュッとハンカチを握ると、「えぇ」と笑みを浮かべて頷いた。
そして、エマ様はそれを見て頷き笑うと、今度は私に向かって言った。
「それはそうと、貴女は卒業してから何をするか、もう決めたの?」
「!」
突然のエマ様の言葉に驚き思わず目を丸くすれば。
不意にギュッと腰に手が回った。
へ、と驚く間もなく、エルヴィスは私の頭に顎を乗せて口を開いた。
「ちょっと、僕の未来の奥さんをあんまりいじめないでくれるかな」
「「「!?」」」
(お……奥さん!?)
思いがけない言葉に口をパクパクとさせる私に、エルヴィスは「あれ?」と私を見て悲しげに言った。
「僕はそのつもりで先程君に求婚したのだけれど。
君は違うの?」
(そ、その聞き方はずるい……!)
絶対先程の件を根に持ってるんだわ! と内心思いながら、驚く四人に向かって軽く咳払いして、エマ様の質問に対する答えになるように言う。
「私は先程、エルヴィスに求婚されたのです。
それを承諾しました」
「……それって、つまり」
レティーは折角泣き止んだのに、また瞳をうるうるさせる始める。
そして、状況を理解したエマ様は笑って言った。
「そう。 おめでとう、ミシェル。
私はこうなることを望んでいたから、貴女が未来のこの国の王妃殿下になられること、本当に嬉しく思うわ」
「ありがとうございます、エマ様。
エマ様の力強い後ろ盾があったからこそ、こうしてエルヴィスと共にいることが出来るのです」
そう言って彼を見上げれば、彼もまた笑って口にする。
「あぁ。 今までありがとう、エマ」
エルヴィスの礼の言葉に、エマ様は目を丸くして驚いたように言った。
「あら、貴方から礼を述べられるなんて初めてじゃない?
今日は随分素直なのね」
「……初めてではないんじゃないかな。
人聞きが悪いよ、エマ」
エマ様の言葉にイラッとしたようなエルヴィスの不穏な空気に、慌てて口を挟む。
「え、えーっと……、エマ様の交際はどうなっているのですか?」
その言葉に、エマ様は隣にいたニールと視線を合わせた。
そして、困ったように肩を竦めて言う。
「……残念ながら、私達はまだ両家で話し合い中よ。
まあ、諦めるつもりはさらさらないけれど」
「そうなんですね」
エマ様は隣国の王女、ニールは辺境伯家の後継ではない三男ということもあって、二人を婚約者にと言う話が難航しているらしい。
それを聞いていたエルヴィスが、ニールに向かって口を開いた。
「ニール。 僕はいずれ即位したら、君に何らかの職務についてもらいたいと思っている」
その言葉に、ニールが目を見開いた。
「え……」
「言うのが遅くなってしまったが、君の騎士としての力量は申し分ないと思っている。
だから、君の頑張り次第で僕の元で働いてもらおうと思っているんだが……、どうだろうか」
「……まさか、私に声をかけてきた時点で、そこまで見通していらしたんですか」
「ふふ、どうだろう」
エルヴィスは意味ありげに笑った。
それを見て、ニールはやがて困ったように笑い、エマ様の嬉しそうな表情を見て口を開いた。
「……精一杯、これからも努めさせて頂きます。
エルヴィス殿下」
「良かったわね、ニール!」
エマ様の嬉しそうな表情に、ニールも初めて見るような柔らかな笑みを彼女に向けた。
その二人の姿を見て、私も嬉しくなる。
(そうか、ニールの頑張り次第でエルヴィスから与えられる称号がもらえるということは、実質王家から称号を与えられたとしてニールに箔が付いたという証明になる。
そうすれば、きっと)
エマ様とニールの仲睦まじい二人の様子に、自然と笑みが溢れる。
良かった、と心から思っていれば、隣にいたレティーが「私はどうしよー!」とほおを押さえた。
「レイモンドは次期当主として準備することが正式に決まっているから、後は私だけ……。
あぁ、お相手探しが大変そう……」
「れ、レティーの御両親も婚約者候補を沢山募っていると言っていたものね。
頑張って」
レティーも素敵な女性だから、きっと大丈夫。
幸せになってほしいなと心から思っていると。
「あら、そろそろラストダンスの時間ね」
そうエマ様が口にすれば、レティーが元気よく言う。
「私とレイモンドはお二組の卒業最後のダンスを見て、目に焼き付けておきます!」
「れ、レティーにそう言われると緊張するわね」
レティーの言葉にそう口にすれば、エルヴィスは笑みを浮かべた。
そして、私の手をスルッと取ると、その手に軽く口付けられる。
「!? え、エルヴィス、人前!」
「だってミシェルが可愛いのが悪い」
「はいはい、イチャつかないで下さーい」
エルヴィスの甘い言葉とエマ様の棒読みのセリフに、顔が暑くなるのを感じた私は、エルヴィスの手を引っ張るようにホールの中央に向かって歩き出す。
そして、ラストダンスが始まった。
「……本当に、学園で踊るのはこれで最後なのよね」
そう口にすれば、エルヴィスはふっと笑って尋ねた。
「ミシェルは、この学園が好きだった?」
「えぇ、勿論。 だって、この学園があったから貴方と出会えたから」
「!」
「私は、この学園の全てが大好きよ」
この学園には、三年分の大切な思い出が詰まっている。
去年、退学を命じられた時は、この学園を辞めようと潔く思えたけれど、今は違う。
「……貴方に出会えて、この場所が、この時間が、この空間全てが、とても尊いものなんだって改めて思えるようになった」
どの場所にも、彼との思い出がある。
生徒会室、教室、庭、廊下や別棟……、全てに思い出がある。
だから。
「ありがとう、エルヴィス」
そう心から笑みを浮かべて口にすると。
彼は驚き、綺麗な笑みを浮かべて言った。
「こちらこそ、君がいたから、僕の目に映る景色が輝いて見えた。
君のいない世界が考えられないほど、君には感謝している。
ありがとう、ミシェル」
「! ……えぇ」
二人でそう言って笑い合う。
(あぁ、この時間が永遠に続けば良いのに)
そう願ってしまうほど、今が心地良い。
「ミシェル」
名を呼ばれ顔を上げれば、彼は笑って言った。
「名残惜しいけれど、もうすぐ卒業パーティーが終わってしまうね」
「……えぇ」
その言葉に頷くと、彼は凛とした口調で言った。
「僕は準備が整い次第、君を迎えに行く」
「……!」
その言葉の意図していることが分かって。
思わず息を呑む私に、エルヴィスは「だから」と添えられている手をギュッと握って言った。
「それまで待っていて」
「っ、はい!」
嬉しくてそう頷けば、彼に不意に体を寄せられる。
驚いた私の腰にぐっと回った腕が、私を高く持ち上げた。
「!?」
そして一回転、彼はクルッと私を持ち上げたまま回ると、曲の演奏も丁度終わりを迎えた。
彼はそのまま私をお姫様抱っこすると、私と額を合わせて悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「最後に刺激的なのも、僕達らしくて良いでしょう?」
「! ……ふふ、えぇ!」
彼の首元に腕を回し、ギュッと抱き締めれば。
「未来の国王陛下、王妃殿下に万歳!!!」
という誰かの声を合図に、会場が割れんばかりの拍手に包まれたのだった。




