第ニ王子の謝罪
「もう終わりにしましょう、母上」
そう口にしたベアトリス殿下の息子である彼の言葉に、彼女は静かな怒りを讃えて言った。
「何を言っているの、ブライアン。
貴方まで私を責めると言うの?」
「責めているのではありません。
ですが、これ以上貴女に罪を犯して欲しくない」
「ブライアン!!」
金切声のような声で、彼の名を呼ぶ彼女の姿に皆が震えた。
私も、驚いて言葉が出ない。
そんな彼女の視線を受け、ブライアンは首を横に振って静かに言った。
「母上、お願いです。
もうこれ以上、罪を増やすのはやめにしましょう。
……私達はもう、ここまでですよ」
「何故母を裏切るのです!?
私は、どんな時でも貴方の味方をしていたというのに!!」
ベアトリス殿下の言葉に、今度はブライアン殿下が強く反論した。
「違う!! 貴女が私の味方をしていたのは、私が貴女の自己顕示欲を満たすための道具に過ぎなかったからだ!!!」
「!!」
ブライアン殿下の吐き捨てるような言葉に、ベアトリス殿下はハッとしたように黙ってしまった。
それを見て、ブライアン殿下はまた静かに、彼女を宥めるように言う。
「貴女は、ただ認められたかっただけった。
私もその気持ちは……、母上の孤独を感じる気持ちはよく分かっているつもりだったから、貴女の言う通りにしていた。
けれど、結果はどれも罪を重ね続けただけで、何も残りはしなかった」
「っ、それは貴方が裏切ったからでしょう! 貴方が母の味方をしていれば、今頃は」
「母上、良い加減現実を見て下さい!!
……もう私達に残っているものは、何一つないんですよ」
「……っ」
ブライアン殿下の言葉に、ベアトリス殿下は押し黙ってしまった。
そんな二人のやりとりを見て、初めて彼が……、ブライアン殿下の本音を聞いた気がした。
(彼がそんなことを考え、その背中に背負っていただなんて、知らなかった)
項垂れ黙ってしまったベアトリス殿下を見てから、ブライアン殿下は私の方を振り返った。
そして、今度はエルヴィスの方を向いたかと思うと……、深く頭を下げて言った。
「母上に代わって謝ります。
本当に、申し訳ございませんでした」
そんな彼の謝罪に、エルヴィスは肩を震わせると口を開いた。
「何を……、何を甘いことを言っている!
散々私達を苦しめ、やりたい放題やったくせに謝罪一つで許せと?
そんなことが許されるはずがない……!」
「……っ」
エルヴィスの怒りは尤もだった。
私も、どこにぶつけて良いのか分からない怒りが湧いてくるのを感じた。
(エルヴィスから話を聞いているから、粗方彼に対して今までやってきたことの非道さを知っている私には、到底許すことなど出来ない。
ましてや一番苦しんでいたエルヴィスからしたら……)
エルヴィスがすっと手を挙げる。
それを合図に、彼に書類が手渡された。
それは彼に頼まれ私が小屋から持ち帰ってきた、あの書類の束だった。
それらを彼は陛下に手渡し、ベアトリス殿下とブライアン殿下に吐き捨てるように言った。
「それらは全て、ベアトリス殿下がやってきた所業の数々だ。
国庫を改ざんし、装飾品や服を購入するなど私腹を肥やした挙句、民には重税を課し続けた、その調査報告だけでもこれだけの証拠だ」
「……書類に、間違いはないな」
陛下もそれらの書類に目を通し、驚いたようにそう声を上げた。
エルヴィスは「他にも」と口を開くと、私の方を見た。
視線が合い、そんな私の方に向かって歩み寄ってくると、私の手を握って言った。
「ブライアン、お前は去年の卒業パーティーで彼女にありもしない罪を擦りつけた挙句、婚約破棄を申し出た。
その上、生徒の弱みにつけこみ、自らの手は汚さない姑息な嫌がらせまで彼女に仕掛けた」
「証拠なら私達が証明してあげるわ。
数え切れないほどあるから、後でまとめて提出してあげる」
エルヴィスの言葉に引き継ぐように、エマ様が私の前に一歩進み出て言った。
そして、現生徒会長であるエリク君も進み出て言う。
「僕も、ブライアン殿下から嫌がらせをするよう命じられました」
生徒会長の言葉というのもあって、今度は生徒に動揺のざわつきが起こる。
エルヴィスは私の手を握ったまま、怒りを隠さずに言った。
「ここまでされて、何故謝罪一つで許さなければならない?
……私の大切な人を傷付けた罪は、一生をかけて償ってもらっても割に合わない」
(エルヴィス)
ギュッと、握られた手に力がこもる。
そんな私達を見て、ブライアンは息を吐くと、再度頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「兄上の言う通り、私は……、私達は、数え切れないほどの罪を犯した。
謝って済むことでないことは勿論分かっている。
一生をかけて、罪を償わせてもらうつもりだ。
許してもらえるまで、何でもするとここに誓う」
ブライアン殿下のその言葉に、嘘があるようには思えなかった。
いつもの彼からは想像もつかないほど真剣な彼に、エルヴィスの行き場のない苛立ちが露わになるのを感じ、そっと彼に寄り添う。
ブライアン殿下もそれに気付いているようで、「まずは」と口を開いた。
「私が今すべきことは、私が持っている王位継承権をこの場で放棄することだ」
「っ、ブライアン!!」
ベアトリス殿下の悲痛な声が会場内にこだまする。
ブライアンはそれを一瞥してから口にした。
「……私が犯した罪は、間違いなく全て自分の手で行ったことだ。
それが悪いことではないと自分に言い聞かせ続けたのもまた、私の罪だ。
全ては母上のためだと……、彼女を止められなかった責任も、同じく私にある。
全て私の責任だ。
だからこれ以上、母上だけを責めないでほしい」
その言葉で気が付いた。
ブライアン殿下もまた、母親であるベアトリス殿下を守りたかったのだと。
ベアトリス殿下を守りたい一心で、周りを傷付けることを厭わず、それが悪いことだと分かっていてもなお、見て見ぬ振りをし続けた。
その結果が今の彼らなのだと。
ブライアン殿下はそこで言葉を切ると、項垂れる彼女の手にそっと自分の手を重ねた。
顔をあげるベアトリス殿下と視線を合わせ、ブライアン殿下は穏やかに告げた。
「母上、私は決して貴女が嫌いなのでも裏切ったのでもありません。
私は、誰よりも貴女を愛しているからこそ、この手をこれ以上汚して欲しくなかった。
だから私は、ここで全ての罪を貴女と共に背負おうと思ったのです」
「! ブライアン……」
「私は誰より貴女の味方ですよ、母上。
貴女は、一人ではありません」
その言葉を聞いて、ずっと疑念を抱いていた私は確信した。
(あぁ、ベアトリス殿下は、ずっと)
「……寂しかったんだ」
「え……?」
私の呟きが、エルヴィスの耳に届いたようで、彼が驚いたように私を見た。
皆に庇われるように後ろにいた私は、そんな彼らの背中を擦り抜け前に歩み出ると、壇上にいるブライアン殿下とベアトリス殿下を見上げた。
そして、その近くにいる陛下に向かって声を上げた。
「陛下、私がお二人とお話することを許可して頂けますでしょうか」
その言葉に、陛下は驚いたような顔を浮かべたものの黙って頷く。
それを見て、私は二人に向き直るとゆっくりと口を開いた。
「ベアトリス殿下、無礼を承知でお聞き致します。
……貴女はずっと、愛されたかったのではないですか」
「「!」」
私の言葉に、二人の顔色が変わる。
ベアトリス殿下は、動揺からすぐに怒りを露わにし、口を開く。
「っ、お前如きに何が分かる!!」
その言葉に、私もそっと手を挙げる。
そして、側で待ってくれていたメイからその物を受け取り、それをすっと前に差し出して言った。
「これが何か、分かりますか」
それに反応したのは、陛下だった。
目を見開き、「それは」と驚いたように口を開いた。
「リマの日記か……?」
「!」
陛下の言葉にゆっくりと頷いた私を見て、ベアトリス殿下は目を見開いたのだった。




