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運命の卒業パーティー

 学園内の廊下を一人歩く。


(この廊下を歩いた先が、卒業パーティーの会場……)


 思い出すのは、言わずもがな去年のこと。

 あの日が私の、終わりと始まりだった。


(全ては、婚約破棄された時から始まったのよね)


 もしあの時、婚約破棄されていなかったら。

 私はきっと、あの何ら変わらない日々を送っていただろう。

 けれど、去年のこの日、私は間違いなく皆の前であらぬ罪を着せられ、婚約破棄と共に学園を退学するよう告げられた。

 そんな私に手を差し伸べてくれたのが、私の現婚約者であり最愛の彼、第一王子殿下であるエルヴィスだった。


(彼がいなければ、私はここにはいなかった)


 そんな彼が、今日私と同じように、冤罪を着せられ断罪されるかもしれない危機に陥っている。


(そんなことにはさせない、絶対に)


 ギュッと拳を握りしめれば、その手を不意に誰かに取られた。

 ハッとして振り返ると、そこにいたのは。


「ミシェル、そんなに強く手を握りしめてしまっては傷が付いてしまうわ」

「レティー」

「眉間に皺も寄っているわ。 折角素敵な格好をしているというのに台無しになってしまうわよ」

「エマ様」


 声をかけてきたのは、私の大切な友人であるレティーとエマ様だった。

 その後ろにはレイモンドとニールの姿もあって。

 そんな彼らの姿に、張り詰めていた心が少し緩む。


「皆とても素敵ね」

「ふふ、ありがとう。 それを言うならミシェル、貴女こそとっても素敵ね! 綺麗」

「エルヴィスが間違いなく喜びそうなドレスね……、とてもよく似合っているけれど」

「あ、ありがとう」


 二人の視線と正直な感想を受け、少し恥ずかしくなりながらも礼を述べる。

 エマ様は「さて」と前を見据え、口を開いた。


「では、行きましょうか。

 ミシェルが言っていた通り、これが泣いても笑っても最後のイベント、そして大仕事よ。

 悔いの残らないように致しましょう」


 エマ様の言葉に皆が大きく頷く。

 皆で見据えた先には、会場へと続く大きな扉があったのだった。





 大きな扉を潜り抜けた先に広がっていた光景に、私は思わず圧倒される。


(去年以上に人が多い)


 それもそのはず。

 卒業パーティーには卒業生だけでなく、保護者や来賓の方々が大勢来る。

 その上今年は、王太子殿下二人の卒業を祝い、この国の次期国王をこの場で発表するというお触れが出たのだ。

 今日この日を待ち侘びていた貴族は多いだろう。


(二人の派閥があるくらいだもの、二人のうちどちらが王位につくかは皆が注目している)


 そんな二人のうちの一人の婚約者である私にも、様子を伺い見るような視線を感じる。

 それは第二王子の婚約者である彼女、マリエットさんも同じなようで、少し居心地の悪そうにしているのが目に止まる。


「ミシェル、大丈夫?」

「えぇ、平気よ。 慣れているから」


 小声で心配そうにレティーに尋ねられそう返答すれば、レティーは「さすが」と感心したように口にする。

 そんなざわついていた場が、不意にシンと静まり返った。

 ハッとして皆の視線の先……、舞台の方を見れば。


(っ、ベアトリス殿下!)


 そこには、国王陛下や王太子二人の姿に加え、明らかに以前よりやつれているようにも見えるベアトリス殿下の姿があって。


(服毒してから目を覚まさなかったと言っていたけれど……、その影響かしら、様子が違う)


 その上、ベアトリス殿下は一人で立つことが出来ないのだろう、騎士達に両腕を支えられながら、ゆっくりと用意されていた椅子に座った。

 そんなベアトリス殿下の尋常でない様子に、再び会場がざわつき始めたのを制するように、国王陛下が声を上げた。


「静粛に。 まずは皆に、重要な話がある」


 国王陛下はベアトリス殿下に歩み寄り、隣に立つと口を開いた。


「一ヶ月程前、彼女が食事をした料理の中に毒が仕込まれ、彼女はそれを口にしてしまった」


 包み隠さず事実を告げる陛下の言葉に、事情を知らない誰もがざわついた。

 レティーとレイモンドには話をしていなかったので、彼らも同様に息を呑んだ。

 そんな皆の様子を見ながら、陛下は言葉を続ける。


「その事実を告げてしまっては民に混乱を与えてしまうと考え、真実を突き止めるまで……、今日まで緘口令を敷いていた。

 すまなかった」


(真実を突き止めるまで……、それってつまり、何か証拠を得られたということ!?)


 私がハッと息を呑めば、隣にいたエマ様が私にそっと寄り添うように側に来てくれる。

 エルヴィスに目を向ければ、彼はただ黙ってじっと話をする陛下を見つめていた。

 陛下は、「そして」とそんなエルヴィスの方を振り返り言った。


「その毒物が入った瓶が、第一王子であるエルヴィスの部屋から見つかったのだ」

「「「!」」」


 私は思わずギュッと拳を握りしめる。

 犯人はエルヴィス殿下なのか? という声が聞こえてきて、思わず叫び出しそうになる衝動をグッと堪え、陛下のお言葉を待った。

 陛下は、「だが」と言葉を続ける。


「エルヴィスはやっていないと言った。

 ……エルヴィス、本当なのだな?」


 その言葉に、エルヴィスはアイスブルーの瞳を真っ直ぐと陛下に向け、凛とした口調で言った。


「はい、国王陛下。 

 私が毒を盛ったという事実はございません。

 毒物を手にしたことも、目にしたこともございません」


 その言葉に国王陛下は頷き、私達に向かって言った。


「この通り、エルヴィスは関与を否定した。

 だが、何者かがベアトリスに毒を盛ったのも、エルヴィスの部屋に毒物が入った瓶があったということも事実。

 それらの真実を探るため、私は調査を依頼した」


 その言葉と共に、陛下の目が私と合った気がしたのも束の間、陛下が軽く手を挙げた。

 それを合図に、ザッと横一列に騎士達が並び出る。

 その姿に、誰かがポツリと呟いた。


「あれは、国王陛下付きの私兵団……」


 驚く皆に向かって陛下は告げる。


「私の私兵団に城内に仕える者達の身辺調査、事件当時の様子や毒物のルートなどを調べさせた。

 捜査は難航したが、無事に真実に辿り着いた」


 その言葉に、僅かにエルヴィスの瞳が見開かれる。

 私も、俯きかけていた顔を上げ、国王陛下の言葉の続きを待った。

 そして、国王陛下はゆっくりと告げた。


「まずは、エルヴィス。

 彼が毒を盛ったという事実はない」


(それじゃあ!)


 エルヴィスは私と一瞬目を合わせ、小さく笑みを浮かべてくれた。

 思わず泣きそうになるが、陛下は言葉を続けた。


「では、何故エルヴィスの部屋に毒物が入った小瓶が見つかったか。

 ……それは、彼に罪を着せようとした真の犯人が、侍女に頼みその毒物を忍び込ませたからだ」


 そう言って、陛下はゆっくりと振り返った。

 その視線の先にいるのは。


「……ベアトリス、全て君が仕組んだ、自作自演の事件なのだな」

「「「……!」」」


(……やはり、ブライアン殿下が言っていた事実は、本当だったんだ……)


 その場にいる誰もが、あまりの衝撃に言葉を発することが出来ない。

 そんな空気を断ち切るかのように、座っていたベアトリス殿下が声を上げた。


「何を仰っているのです、陛下!

 私の身体がここまで傷付いているというのに、どうしてそんなことを自分ですると言うのです!?

 間違いなく私は、毒を盛られたのです!!」


 ベアトリス殿下の発狂に近いその言葉に、何が本当なのか分からず、会場にいる人々は口々に騒ぎ始めた。

 会場全体が混乱に陥りそうになったその時、響いたのは驚きの人物の声だった。


「もう、やめにしませんか」

「え……」


 ベアトリス殿下が驚いたように目を見開く。

 私も、声を発した人物に驚きを隠すことが出来なかった。

 そして周りもまた、波を打ったように静まり返る。

 その中でもう一度、彼は……、私の元婚約者である第二王子である彼は、諭すようにベアトリス殿下に向かって言った。


「もう終わりにしましょう、母上」

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