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卒業式

「いよいよですね、お嬢様」

「えぇ」


 鏡に自分の姿を写し、身だしなみの最終チェックを行いながら、メイの言葉にしっかりと頷いた。


 今日は、学園最後の日。

 午前中には卒業式が、そして、去年第二王子に断罪された卒業パーティーがその後に控えている。

 去年のことを思い返せば、正直色々な感情が押し寄せて震えそうになるけれど、今回は大丈夫。

 だって私はもう、一人ではないのだから。


 白制服を着た自分の胸に手を当て、ふーっと息を吐く。

 そして、玄関ホールへと向かった先にいたのは、いつも温かく見守ってくれている家族の姿だった。


「ミシェル、準備は出来たか?」

「えぇ、お兄様」

「頑張るんだぞ」

「はい、お父様」


 二人の言葉に力強く頷いてみせれば、お母様が私の肩に手を置き言った。


「ミシェル。

 貴女が娘であることを、私達は誇りに思うわ」

「お母様……」

「今日の貴女の晴れ姿、しっかりとこの目に焼き付けるわね。

 私達は誰より貴女の味方よ。 

 それを忘れないで」

「っ、はい、お母様。 ありがとうございます」

「あぁ、泣かないでミシェル。 お化粧が崩れてしまうわ」


 私は慌てて流れそうになった涙を引っ込めると、家族、それからメイに向かって頭を下げて言った。


「私は今日をもって、無事に学園を卒業します。

 三年間……、特に、この一年は沢山迷惑をかけてしまったけれど、今まで本当にお世話になりました。

 ありがとうございます」

「嫌だ、ミシェル。 今生の別れみたいになってしまうわ。 頭を上げて」


 お母様の言葉に頭を上げると、皆微笑みを浮かべてくれていた。

 それだけで胸いっぱいに温かな気持ちが広がっていくのを感じ、私も笑みを浮かべると、噛み締めるように言葉を紡いだ。


「行ってきます」






 そして、卒業式の時が来た。

 名を呼ばれ、席から立ち上がった私は、壇上へと続く階段を上る。

 そして、お辞儀をしてこちらを向く皆の視線を感じながら、その姿を見回した。


(此処に上がるのも、今日で最後)


 こうして人前で話をするようになったのは、生徒会の仕事としてが始まりだった。

 最初は緊張もあり、戸惑うことの方が多かったけれど、今はそれよりも感謝の気持ちの方が大きい。


(そう思えるようになったのはきっと)


 不意にバチッと視線が合う。

 遠くに居ても分かる、私を見守ってくれる煌めくアイスブルーの瞳を讃えて、彼は柔らかく微笑んだ。

 その微笑みに頷き、私も小さく笑みを溢すと、用意してきた答辞の言葉を述べた。


「温かな春の日差しが降り注ぐ穏やかな今日、私達は無事に卒業式を迎えることが出来ました。

 本日は、私達のためにこのような会を開いて頂きありがとうございます」


 その言葉に、先生方やご来賓の方々から拍手が起こる。

 その方々に礼を述べてから、私は続きの言葉を口にしようとしたが……、思い止まった。

 急に話をやめてしまった私の異変に、会場内がざわめく。

 それを予想していた私はそっと答辞の言葉を書いた紙を置き、ゆっくりと口を開いた。


「私の我儘ではございますが、此処から先は私の言葉でお話しさせて下さい」


 誰も予期していない言葉に、先生方がざわついたものの、私が微笑みを浮かべればシンと会場は波を打ったように静まり返った。

 その空気を肌で感じながらスッと息を吸うと、噛み締めるように口を開いた。


「私は三年間、この学園で過ごし、沢山のことを学びました。

 皆様のご指示のお陰で、生徒会という仕事も全うさせて頂きました。

 生徒会という仕事を、約二年、務めさせて頂いた私ですが、途中で何度もやめようと思ったことがありました」


 生徒会長になる前から大変だった、生徒会という仕事。

 本音を言えば、私からやりたいと思ったことはなかった。

 元婚約者様から言われ、それが義務だと思って始めたのがきっかけだったから。


「正直、生徒会という仕事はとても大変です。

 イベント行事は殆どが裏方仕事、楽しむ暇はなく働かなければならず、辛いものだと。

 ……ですが、それと同時にとてもやり甲斐がありました。

 それは、仕事を全うし、成功したときに多くの方々の笑顔を見られるからです」


 生徒会の仕事というものはとても大変であり、責任は重大。

 学園行事の大半は生徒会の仕事であり、失敗することは許されない。

 それが生徒会を運営する上での暗黙のルールだった。

 その中で、私達の支えとなっていたのは、在校生達の応援と感謝の言葉だった。


「生徒会の仕事をする上で気が付きました。

 私達の仕事は、在校生や行事を楽しんで下さる方々のためになっているのだと。

 私自身、誰かのためになることがこんなに嬉しいものだと知ることが出来たのは、生徒会での活動のお陰です」


 自分が頑張ることに、ふと違和感を覚えた時があった。

 “どうして私ばかり、こんなに頑張っているんだろう”

 特に、元婚約者様から婚約破棄を告げられた時は絶望した。

 私は、今まで何のために頑張ってきたのだろうと。

 今思えば、あの時虚無感に苛まれたのはきっと、自分自身の頑張りが認められなかったこともあったのだと思う。

 けれど。


「それを気付かせてくれた方に出会って、私は変わりました」


 そう口にしながら、彼に視線を向ければ、驚いた顔をしてから笑みを浮かべてくれた。

 私もつられて笑みを浮かべると、真っ直ぐと前を見つめて言った。


「仕事を全うする上で、周りを見渡せる余裕を持つことが出来るようになったのです。

 そうして見えた景色は、何よりも輝いて見えました」


 裏方仕事に徹することで頭がいっぱいになっていた私を、他でもない彼……、エルヴィスが助けてくれたことで、初めて気が付いた。


「私がこの場に立つことが出来ているということは、多くの方々からの助けがあってこそのものだということに、改めて気が付くことが出来たのです。

 いつも支えてくれている家族、先生方や友人、仲間……、そして、此処にいる方々のおかげで、私が、そして一人一人が今、こうして此処に立っていられるのです」


 だからこそ。


「今こうして過ごせるこの時間……、この瞬間は尊ぶべきものであるのだと、私は思います。

 特に、私達卒業生は、泣いても笑っても皆で過ごす時間は今日が最後です。

 そんな今日という日を最後まで、悔いの残らないように過ごしましょう」


 言葉の合間に、啜り泣く生徒の声が耳に届く。

 私も涙が込み上げてきそうになるが、それをグッと堪え、笑みを浮かべて言った。


「私は、この学園で過ごした三年間を一生忘れません。

 その思い出を胸に、これから先の未来を歩んでいきたいと思います。

 最後に、私達卒業生を支えて下さった学園関係者の皆様、並びに保護者の皆様、本当にありがとうございました。

 これをもちまして、卒業生代表の言葉とさせて頂きます」


 そう締めくくり礼をすれば、わっと温かな拍手が会場中を包み込んだのだった。






 卒業式を終えた私達は、慌ただしく屋敷へと帰り、今度こそ最後の行事である卒業パーティーの準備を整える。


「お支度が整いました、お嬢様」


 その言葉に礼を言い、目を開ければ、このパーティーのために新調したドレスを着た自分の姿が鏡に映る。

 薄い青から藍色にグラデーションがなされたドレスに、金色のラメと宝石が施されている。

 中でも一際輝きを放っているのは、胸元で光るエルヴィスから頂いた、リマ様の形見であるネックレス。

 勇気をもらうために着用させて頂いたのだ。


(これから迎えるのは、卒業パーティーだから)


 この卒業パーティーでエルヴィスの……、私達の運命が決まる。

 そして、歴史に刻まれることにもなる、次期国王陛下が発表される重要な場でもあるため、エルヴィスとは共にいることは出来ない。


(エルヴィスと自由に会話をすることが許されるのは、全てが決まった後……)


 その前に、エルヴィスにはベアトリス殿下の件の嫌疑もかけられているため、このパーティーがどうなるのか見当もつかない。

 ただ私に出来るのは、その姿を見守ること、そして。

 ギュッと拳を握り、前を見据える。


(もう迷わない。

 私は、私に出来ることをする)


 私を助け出してくれた、彼のために。

 全てを明らかにし、決着をつける―――




 全ての運命が決まる卒業パーティーは、間近に迫っていたのだった。

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