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第一王子の怒りと…

「ミシェル・リヴィングストン」


 そう私の名を呼ぶ彼に対し、私はギュッと拳を握りしめてから口を開く。


「……私の名前を、気安く呼ばないで下さい。

 もう私は、貴方の婚約者ではありませんから」


 失礼します、そう言って私は立ち去ろうとしたが、その前に彼が私の前に立ちはだかった。


「此の期に及んで、まだ反省していないのか!?

 さも自分は加害者であるくせに被害者ぶって……!」

「私は被害者だと申し上げているのですが……、そちらこそ、まだお分かり頂けないようですね」


 私はそう言うと、彼の後ろにいる彼女に向かって口を開いた。


「貴女、お名前は?」

「! ま、まさか、私のことを忘れたと言うのですか……!?」

「……は?」


 つい淑女の仮面を被るのを忘れ、私の口からは間抜けな声が出る。

 そんな私に対し、彼女は泣き真似をして言った。


「酷いっ! 私のことを散々虐めたくせに……っ」

「……いや、貴女のお顔すら拝見したことがないのだけれど」


(この子、一体何がしたいの?

 それに……私を、第二王子である彼を、こんな茶番のような泣き真似だけで貶めたのね)


 ……まあ、お陰で第二王子である彼が、こんなのに騙されるほどお馬鹿さんだということを認識させてくれたのだものね。

 そんな(お馬鹿が)似た者同士のお二人と話すだけ無駄だわ。

 そう思い、私が踵を返そうとするのを、又彼によつて今度は手首を掴まれ、制される。


「彼女が泣いているだろう!? 謝れ……!」

「!?」


 そう言った彼は、あろうことか私の髪を引っ張った。


(っ、痛いっ)


 私が悲鳴をあげかけた、その時。


「乱暴な真似はよせと何度言わせれば気が済むんだ、ブライアン」

「「「!?」」」


 地を這うような声と共に、パシッと乾いた音が耳に届く。

 ハッとして顔を上げれば……、私の腰に手を回し、ブライアン殿下を睨みつける彼の姿で。


(こんなに彼が怒っているところを、見たことがない……)


 エルヴィス殿下の手が私の手を握る。

 そして口を開いた。


「……君を、少しでも一人にしておくんじゃなかった」

「!」


 その弱々しい声に驚いた私を他所に、ブライアン殿下が怒鳴り声を上げた。


「エルヴィス! 貴様、そんな態度をとって良いと思っているのか!?」


 そんなブライアン殿下とは対照的に……、いや、確実に黒い笑みを浮かべて怒っている彼は、静かに口を開いた。


「……君こそ、お兄様に向かってその口の利き方は無いんじゃない?

 それに、忠告したはずだよね? 彼女は君の婚約者じゃなく、僕の婚約者だ。

 気安く彼女に触れるなんて、不愉快極まりない」


 アイスブルーの瞳が、まるで突き刺すように彼を睨む。

 それを見てブライアン殿下は、凄んだように口を開いた。


「っ、貴様っ、如何してそこまでミシェルを庇う!?

 そいつは彼女を、虐めた犯人で」

「君こそ、如何してそこまでそんな……、失礼、根から腐っているような令嬢を庇う?

 確か……、そうだ、マリエット・チャイルズ。 チャイルズ男爵家の御令嬢だね?」


 その言葉に、マリエット、と呼ばれた少女はビクッと肩を揺らす。

 そんな彼女に対し、彼は冷ややかな目で一瞥した後、ブライアン殿下を見て言った。


「……はは、我が弟ながら哀れだね。

 そんな娘の戯言を信じて、まさか君の為に尽くしてきた、こんなに素敵な彼女を捨てるなんて。

 私は君がこの子を婚約者にしたと聞いた時、見る目だけはあるなと思っていたけど……、やはり僕の見当違いだったようだ」


 彼はそう言ってにっこりと笑うと、私の腰をぐっと引き寄せて口にした。


「彼女と婚約破棄してくれて有難う、ブライアン。

 ……まあ、それで君が今まで僕にしてきたことを許すつもりなんて、さらさらないけど。

 ()()()()()()()()()()を本気で怒らせ、敵に回したこと……、覚悟しておいてね?」

「!」


 そう言って彼は、私の髪を一房手に取ると……、チュッと口付けを落とした。


「!? え、エルヴィス殿下!!」


 私が慌ててそう口にすれば、彼はふっと微笑む。

 そんな私達を見ていたブライアン殿下が口を開いた。


「っ、ミシェル・リヴィングストン!

 お前は私の婚約者から外れた瞬間、今度はエルヴィスに手を出したのかっ!

 はっ、そこまでしてそんなに地位が欲しいのか?」

「っ、違っ」

「良い度胸しているじゃないか、ブライアン」

「「「っ」」」


 私の言葉を遮るように、エルヴィス殿下はそう口にして、ブライアン殿下の前に一歩歩み寄ると……、ぐっとその白制服が皺になるくらい強く、胸ぐらを掴んで言った。


「……良いか、よく聞け。

 私のことを悪く言うのは構わない。

 だが、今後気安く彼女の名を口にし、侮辱することを決して許しはしない。

 それからその言葉、そっくりそのまま返してやる。 お前がミシェルという完璧な女性を捨ててまで、お前が婚約者にした、姑息なその女に」

「っ、え、エルヴィス殿下。 もう、大丈夫ですから」


 この学園にはもう一つ、暗黙の了解がある。

 それは、王族同士の揉め事は一切、学園内に持ち込み禁止ということだ。

 それは兄弟喧嘩ひとつ取っても同じ。

 況してや、二人のうちどちらかが将来、王国を統べる王となるから、そんな二人が此処で争っては、二人とも罰則を浴びることになってしまう。

 私は慌ててそれを思い出し彼を抑えると……、エルヴィス殿下はすぐにその手を離した。

 軽く咳き込むブライアン殿下をひと睨みすると、エルヴィス殿下は私の手を引いた。


「っ、エルヴィス、殿下……」


 私は彼の名を呼んだが……、彼は怖い表情を浮かべたまま、足を止めることはなかった。





「……すまない、君を一人にしてしまって」


 揺れる馬車の中。

 今迄言葉を発しなかった彼が、第一声に口にしたのはその言葉だった。

 私はそんな彼の言葉に驚き、口を開いた。


「な、何を言っているの、エルヴィス殿下。

 私は助けられたのよ? 私がお礼を言うべきなのに、如何して貴方が謝る必要が」

「っ、守ると言った! ……守ると約束していたのに、君を……、一人にしてしまった」


 初めてだった。

 彼のこんなに弱気な姿を見たのは。


(いつも……、強い方だと思っていたから)


「……エルヴィス殿下、顔を上げて、私の話を聞いて」

「!」


 私はそっと向かいの席から移動すると、彼の隣に座る。

 驚いたように目を見開く彼に対し、私はじっと彼のアイスブルーの瞳を見つめて言った。


「私は、嬉しかったわ」


 私を守るように、元婚約者である彼と私の間に割って入ってくれて。

 その広い大きな背中で、彼の言動を咎めてくれて。


「……嬉しかったの」


 いつも、一人で頑張らなければいけないと思っていた。

 それが当たり前だと。

 でもエルヴィス殿下は、私に寄り添ってくれる。

 何を言われても……、私の味方でいてくれる。


「……どんなに言葉を尽くしても……、足りないほど、貴方に感謝しているのよ」


 彼の瞳が、言葉が、心が。

 いつでも、私の心の中に入り込む。

 そして私はいつも、その瞳に、言葉に、心に捉われる。


「不思議ね。

 貴方といると……、私、心が温かくなるの」

「っ」


 彼の瞳が、ふっと揺らぐ。

 私はそんな彼に対し微笑むと……、噛みしめるように口にした。


「有難う。 私を、守ってくれて」

「っ、ミシェル……」


 彼はそう言うと、私の髪をそっと手に取り口にした。


「……痛く、なかったか」

「? ……あぁ、髪を引っ張られたこと?

 痛かったけれど、貴方がすぐに来て止めてくれたから」


 忘れていたわ、そう口にして笑えば、彼は驚いたように目を見開き……、「そうか」と口にすると、続けて小さく呟いた。


「君は……、凄いな」

「え、どうし、て……」


 私が紡ごうとした言葉は、小さくなってしまう。

 それは……、彼の手が私の頰にそっと触れ、その距離が一気に近くなったからで……。



「エルヴィス殿下、ミシェル様のお宅に着きましたよ」

「「!」」


 そう言った御者の言葉にパッと、彼の手が私の頰から離れる。

 突然のことに思考回路が停止している私に対し、彼は微笑み、口を開いた。


「着いたみたいだね。

 送るよ」

「っ、こ、此処で大丈夫。 家まで送ってくれて有難う。

 おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 そう微笑みながら口にする彼を直視出来ず、私がパッと馬車から降りれば、そこにはお母様とお兄様、それからメイの姿があって。


「ミシェル、殿下に送って頂いたのね……!」

「殿下がこんな時間まで、生徒会の仕事に付き合ってくれたのか?」

「流石エルヴィス殿下ですね!

 ……ミシェル様?」


 私が黙っていることに気付いたメイが、私の名を呼ぶ。

 そんな三人に向かって私は口を開いた。


「……そう、エルヴィス殿下に……、助けてもらったの」

「「「……!」」」


 そう言った私の顔はきっと、赤くなっていたと思う。

 何故なら、これまでにないほど近付いた、彼の顔がずっと、私の脳裏から離れないでいたから……―――


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