表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/127

愛情と幸せ

 私から受け取った日記を手に、エルヴィスは涙を拭ってから口を開いた。


「確かにこれは、母上の字だ。 でも一体どこにあったの?」

「エルヴィスに頼まれた物が入っていたその奥に、隠されるように入っていたの。

 忘れ物がないか確認していたら、奥の壁に金具が付いていたのを見つけて。 引っ張ってみたらその奥からそれが出てきたの」

「……知らなかった」


 エルヴィスは日記を捲ると、そっとその字をなぞる。

 私はその姿を見て言った。


「中に何が書いてあるのかまで私は見ていないから分からない。

 けれど、その日記に挟まっている物を見て、貴方に渡さなければと思った」


 その言葉に、エルヴィスは「挟まっている物?」と口にしてから、パラパラと捲り……、ハッと目を見開いた。


「っ、これは」

「……リマ様が貴方や陛下宛に書いた手紙みたい」


 日記に挟まっていた物。

 それは、リマ様が彼等に宛てて書いた手紙だった。

 その手紙がまだ挟まっているのを見て、この日記の存在を彼等がまだ知らないと判断して持ってきたのだ。


「……まだ生まれていなかったはずの僕にまで手紙を書いたということ?」


 エルヴィスの呟きに私は頷いた。


「日記も、エルヴィスが生まれる一ヶ月前で日付が止まっていた。

 だから、リマ様はきっとエルヴィスという名前を、貴方が生まれる前からお決めになっていたんだと思うわ」

「……!」

「だからね」


 私は日記を持つ彼の手にそっと自分の手を重ねた。

 驚いたように私を見るアイスブルーの瞳を真っ直ぐと見つめ、力強く口にした。


「例え側にいなくても、リマ様は……、お母様は貴方を愛していたんだわ。

 でなければ、こんなに大切に、日記と一緒にお手紙を書くなんてことはしなかったはずよ」


 それに、リマ様は気付いていたんだと思う。

 もしも自分に何かあったら。

 その時のためにと、生前に一人一人に宛てた手紙を書いて、そっと忍ばせるように置いておいたのだとしたら。


「リマ様はこの日記を、形見として託したんだわ」

「っ……」


 エルヴィスはまた静かに涙を流す。

 日記を握る手が微かに震えているのが伝わってきて、そっと空いている方の手で彼の背中をさすった。

 そんな私に、エルヴィスは涙交じりに言った。


「ありがとう、ミシェル。 見つけて、届けてくれて」

「見つけることが出来て良かった。

 ……貴方が“望まれない子”ではないことを、証明出来て良かった」

「!」


 夏休み、彼があの小屋で言っていた。

 自分は“望まれない子”だと周りから言われていたと。

 そんな言葉が彼の口から飛び出てショックだった。

 だから。


「間違いなく貴方は、国王陛下とリマ様から愛されて生まれたの。

 エルヴィス。

 私は貴方が生まれてきてくれて、出会ってくれて、本当に良かった。

 だからもう、“愛されていない”だなんて思わないで。

 誰が何を言おうと、貴方は家族から、そして周りからも愛されているのだから」


 エルヴィスは気が付いていないだけで、皆から愛されている。

 国王陛下にも、執事さんや元学園長、マリアさんだって、エルヴィスのことを思ってくれている。

 この冬休みの間で、彼の味方である方々から私は幾度となく助けてもらった。

 それも全て、エルヴィスが愛されている証拠なのだから。


「手紙にも日記にも、きっとリマ様の色々な思いが詰まっていると思うの。

 だから、そんなお母様の思いをしっかりと受け止めてあげて」


 そう口にした私に対し、エルヴィスは頷き言った。


「ありがとう、ミシェル。

 君がいてくれて、本当に良かった。

 ……もし君が良ければ、この手紙を一緒に読んでくれないか」

「え、私が読んでも良いの?」


 その言葉に、彼は困ったように笑って言った。


「うん。 情けない話かもしれないけど、こんなことは初めてだから、少し怖くて」

「!」


 彼の言葉にハッとする。

 確かに、彼は実のお母様であるリマ様のことを知らない。 そんなお母様からの手紙だと言われても、何が書いてあるのか不安になってしまう気持ちは分かる。

 私はそう思い、彼の言葉に頷いた。

 エルヴィスはホッとしたように、微笑みを浮かべて礼を述べた。


 手紙には封蝋がしてあったため、ペーパーナイフを渡すと、エルヴィスはそれを使って丁寧に封を切る。

 中には五枚ほどに渡って手紙が認められていた。

 それらには、まだ生まれていないエルヴィスを案じ、これを読んでいる時は母親である自分はいないであろうことについての謝罪や、元気かどうか、生きていたら会いたかったなど、リマ様の沢山の思いが込められていた。

 その言葉一つ一つに、どれもまだ生まれていないエルヴィスのことを気にかけていることが伝わってきて、ホッとしたのと同時に涙が込み上げてきて泣いてしまった。

 エルヴィスも、黙って私の手を握りながらその手紙に目を通した。

 そして手紙の最後には、こう締め括られていた。


『例え側に居られなかったとしても、私は貴方を心から愛しています。

 貴方の未来が、幸せに満ち溢れていることを願って リマ』


 読み終えたエルヴィスは、そっと手紙を置くと私を抱きしめて言った。


「っ、君の、言う通りだね……。

 僕は知らない間に、こんなに愛されていたんだ……」


 震える声でそう口にするエルヴィスの言葉に、胸が締め付けられる。

 私もその背中に腕を回し、そっと抱きしめた。


「リマ様は、貴方の幸せを誰より願ってくれていたんだわ。

 きっと、今も。

 それならエルヴィスも、幸せにならなくてはね」

「そうだね。 ……でも、もう既に幸せの大半は此処にあるけどね」


 そう言って、エルヴィスはそっと身体を離すと、私の頬に触れる。

 その言葉の意図していることが自分に向けられたものだと分かり、顔に熱が集中するも目をそらすことはせず、笑みを浮かべれば、エルヴィスも笑い返してくれた。


「君が僕の幸せを望んでくれるのなら、僕の隣にずっといてほしい。

 それだけで十分、幸せだ」

「っ、勿論、私も。

 これからは二人で一緒に、幸せになりましょう?」


 その言葉に、エルヴィスは力強く「あぁ」と言って頷いてくれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ