穏やかな時間
「ん……」
パチリと瞬きすれば、カーテンの隙間から眩しい光が差し込んでいることに気が付く。
(あれ、朝……?)
私、何をしていたんだっけ、と考える間もなく、声をかけられた。
「っ、お嬢様、お目覚めになられたのですね!」
「メイ……」
起き上がろうとした私だったけれど、メイは「あぁ、駄目ですよ!」と私の肩を押さえて言った。
「昨日お帰りになられてから、熱を出されて今までお眠りになられていたんですよ」
「そうだったのね……」
通りでベッドに横になった記憶がないはずだわ、と思いながら、そのままベッドに体を預ける。
メイは少し怒るように言った。
「駄目ですよ、お嬢様。 無理をされては。
それこそ第一王子殿下もご心配なさいますよ」
「ごめんなさい……」
「分かって下されば良いのです。
特に冬はお体が冷えますから、お外にはあまりお出になられませんよう。
お医者様からも、お疲れが出たようなので休むようにとのことです」
「えぇ、心配をかけたわね。
今日は学園をお休みするわ」
「はい、畏まりました。
では、奥様にその旨をお伝えしてから朝食をお持ち致しますので、それまでお休みくださいませ」
「ありがとう」
メイはお辞儀をして行ってしまう。
私は一人、ふーっと息を吐いた。
(大丈夫だと思っていたけど、無理が祟ったのね。
気がつかないうちに疲れてしまったみたい。
エマ様の言葉をきちんと聞いておけばよかった)
体調管理もしっかりしなくては駄目よね、と目を閉じたところでハッと思い出した。
「っ、そういえば日記は……!?」
パッと起きあがろうとしたところで、ベッド横のサイドテーブルの上に置かれているのを見て安堵する。
「良かった、あった……」
ゆっくりと体を起こして立ち上がると、その日記の中を確認する。
きちんと挟まっていた物が入っていることを確認してから、鏡台の引き出しにそっとしまった。
そこにはエルヴィスから頂いた、リマ様のもう一つの形見であるネックレスが入った箱も入っている。
「リマ様の、形見……」
改めて、大事な形見だということを再認識して、そっと引き出しをしまう。
「……今度はきちんと、私から彼に届けなくては」
そのためにも、早く風邪を治さなければ。
卒業パーティー前に渡せたら、なおのこと良いだろう。
ギュッと胸の前で手を祈るように握ってから、ベッドへと戻ったのだった。
遠くで、誰かの話し声が聞こえる。
「……」
「あ、お嬢様がちょうどお目覚めになられましたよ」
ボーッとする頭と視界の中、メイの声が聞こえた。
「メイ……?」
そう口にした私の視界に、不意に現れた姿は、メイではなく。
「大丈夫? ミシェル」
「……!? え……!?」
慌ててバッと起き上がる。
私の目の前に映った人物は、慌てたように「ごめんね、突然驚いたよね」と私を支えるように背中に手を回してくれながら、困ったように笑みを浮かべた。
さらさらと金色の髪が揺れ、その隙間から覗く瞳は透き通るようなアイスブルー。
会いたいと願っていたその姿に、ポロポロと涙を零しながら口を開いた。
「っ、エルヴィス!」
そう愛しい彼の名を呼び、彼の胸に顔を擦り寄せれば、エルヴィスは私の肩を抱き寄せこめかみに口付けを落として言った。
「ごめんね、ずっと寂しい思いをさせて……」
メイが気を利かせて二人きりにさせてくれたことで、私とエルヴィスはギュッと強く抱きしめ合いながら言葉を交わした。
「どうして、エルヴィスがここにいるの?
夢ではないよね?」
「あぁ、夢じゃないよ。
国王陛下から許可が降りたんだ。
見張りの兵士をつければ、それ以外は自由に行動して良いと。
今日から自室に戻ることが出来たし、見張りが付く以外は変わらない毎日を過ごして良いそうだ」
「っ、本当!?」
嬉しくなってエルヴィスの顔を見れば、彼は頷き笑みを浮かべて言った。
「そうだよ。 それも、ミシェルのお陰なんだ」
「え?」
「ミシェルが、国王陛下に直々に掛け合って私兵団を動かしてくれたから、僕は自由になれたんだ」
「……! それでは、何か証拠が掴めたの!?」
嬉しくなってそう尋ねれば、それとは反対にエルヴィスは「いや」と首を横に振った。
毒物の犯人、またはルートについて何か進展があったのか、と期待した私の希望は萎む。 エルヴィスはそんな私を心情を察して、ポンポンと頭を撫でてくれながら口を開いた。
「でも、君が働きかけてくれたことによって調査の範囲が格段に広がったのも事実だ。 爺もホッとしているよ。
勿論、僕も。
まさか、ミシェルが私兵団に目をつけるとは思ってもみなかったから」
「わ、私も失礼かなと思ったの。
だけど、エルヴィスを助けたいと思ったら、居ても経ってもいられなくて……、エマ様にもお話して、それで」
私が慌てて説明するのを見て、エルヴィスは「大丈夫だよ」と私の口に人差し指を当てて言った。
「君のその願いが、国王陛下にも届いたんだ。
君は素敵な婚約者だと褒めていたよ」
「……! よかった……」
「だから、それを聞いて僕も嬉しかった。
誇らしいとも思ったし、本当に嬉しかった。
いくら感謝しても感謝しきれないよ」
「!」
そう言って、再度ギュッと抱きしめられる。
「ありがとう」
そう口にするエルヴィスに、「私も」と返してから言葉を続けた。
「会いに来てくれてありがとう、エルヴィス。
ずっと、会いたかった」
「僕も。 会いたくて会いたくてたまらなくて、今日学園で会えると思ったら、いないことを知って……、会いに来てしまったんだ。
君が熱を出して寝ていると聞いて、帰ろうと思ったんだけど、どうしても顔だけでも見たくて部屋まで来てしまった。
許してほしい」
「そんなこと、私が怒るわけないでしょう?
だけど、目を覚まして良かった。 そう言う時は、風邪でも何でも私を起こしてね。
貴方が帰ったなんて聞いたら、それこそ悲しくなってしまうから」
「うん。 今度からはそうすることにするよ。
僕もそうしてほしいな」
「えぇ」
身体を離し、互いに顔を見合わせて笑い合う。
二人して同じことを考えていたことを嬉しく思いながら、口を開いた。
「そう、昨日貴方に頼まれた例の物、全て持ってきて今保管してあるのだけど……、私が持っていた方が良いかしら?」
「そうしてくれると助かる。
君にまで迷惑をかけてしまってごめんね」
「いいえ、頼ってくれて嬉しいわ」
「……あ、もしかして、街に行った疲れが出て風邪を引いてしまったんじゃないか?」
エルヴィスが慌てて「寒くない?」と聞きながら彼が羽織っていた上着をかけてくれる。
大丈夫、と言って返そうとしたが、彼の匂いと温もりに包まれて思わず黙ってしまう。
私が静止したのを見て、「どうしたの?」と心配そうに尋ねる彼に向かって口を開いた。
「……あの、今だけ、借りていても良い?」
「……! ふふ、勿論」
ミシェル可愛い、と言いながらギュッと抱きしめられる。
私は少し顔を赤くさせながら口を開いた。
「あ、後街でマリアさんにお店の前で会ったの」
「マリアさんに?」
「えぇ。 それで、街の人に路地裏の雪かきをするよう頼んでくれたの。
その間に、彼女とお話したわ」
「そ、それは良かったけど……、嫌な予感。
マリアさんと何を話したの?」
「エルヴィスと出会った時のお話とか」
「〜〜〜あぁ、口止めしておけばよかった……」
絶対ミシェルに僕の情けない話をされた、と落ち込む彼に、首を横に振って言った。
「いいえ、そんなことないわ。
エルヴィスが可愛かったという話を聞いて、私もその頃のエルヴィスに出会いたかったな、と思っただけで」
「……本当に、何を話したの」
顔を赤くさせるエルヴィスを見て笑みを浮かべてから言った。
「マリアさんは素敵な方ね。
いつでも良いから顔を出しに来なさいと、伝えるように言われたわ。
……エルヴィスの味方をして下さる方が素敵な方で、本当に良かった」
「……うん、僕も。 彼女には沢山世話になったから。
また改めて、二人で行こう」
「えぇ」
その言葉に大きく頷いてから、私は「それと」と彼の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「貴方に、見せたい物があるの」
「見せたい物?」
私は頷くと、彼からそっと離れてベッドから降りると歩き出す。
そして、鏡台の引き出しからそれを取り出し、エルヴィスに差し出した。
それを見たエルヴィスは、首を傾げながら受け取り、中を見て……、大きく目を見開いた。
私はゆっくりと口にする。
「小屋にあったものをお借りしてきたの。
ずっと大切に保管されていたように、奥にしまってあった。
……ねえ、エルヴィス。 貴方のお母様は、この日記が貴方の手に渡ることを、ずっと願って待っていたのではないかしら」
日記を見つめるエルヴィスの瞳から、静かに涙が零れ落ちたのだった。




