思わぬ発見
マリアさんと別れ、街の人々が雪かきをしてくれた道を歩く。
路地裏を歩ききった先の坂からは、雪が降り積もったままだった。
(きっと、マリアさんがこの先に小屋があることを配慮してくれたのよね)
ありがとうございます、と心の中で礼を言い、厚く覆われた雪にそっと足を踏み入れる。
雪道を歩きやすい靴で来たが、雪が柔らかい上に嵩があるため、慎重に足を踏み入れ、以前来た時より倍以上時間がかかったものの何とか小屋に辿り着いた。
「この大きな鍵が小屋の鍵、よね」
少しドキドキとしながらも、鍵穴に差し込みゆっくりと回せば、ガチャッという音が聞こえる。
意を決して扉を開ければ。
「っ、ゲホッ」
開けた瞬間に埃が入り込み、咳き込む。
「こ、これは予想外だったわ……」
もしかしたら夏休み以降、エルヴィスも此処を訪れていなかったのかもしれない。
軽く掃除した方が良いかも、と考えながら、まずは先に目的を果たさなければと、彼に言われた通りベッドを動かすことにする。
「これ、簡単に動くのかしら?」
私一人では重そうだと思い試しに押してみれば、少し力はいるものの、想像していたよりは軽かったため良かったと安堵しつつ、その調子で動かす。
すると、エルヴィスの説明していた通り、頭の側の壁に小さく穴が空いていた。
「これが、鍵穴?」
よく見れば、その周りが床から膝下くらいの高さにかけて四角く切り取られているようにも見える。
今度は小さな鍵を取り出し、その鍵穴に差し込み回してみる。
すると、カチャッと軽い音がして、キィッと軋みながらその四角い小さな扉は開いた。
「……これだわ」
中は空洞になっており、その中にまとまった紙の束が何十枚と重なっていた。
「凄い……。 こんなに多くの証拠を、彼は一人で集めたというの?」
ベアトリス殿下が裏で何をしていたのかは分からない。
ただ、その証拠だという紙の束があまりにも分厚く、私はただただ唖然とした。
中身を見ることは躊躇われるため、とりあえず持ってきた袋にそっとまとめて入れ、全て入れ終えたか確認しようと中を覗き込んだところで気が付いた。
「……あれ?」
証拠物が入っていたさらにその奥の壁に、何かついているのが目に入る。
恐る恐る手で触れてみれば、それは黒い金具のようだった。
「どうしてこんなところに金具が……?」
不思議に思いながらその金具を引っ張ってみる。
すると。
「え……!?」
さらにそれも扉の役割を果たしていたようで、奥にもう一つ空間があることに気が付いた。
「も、もう一つあるの?」
エルヴィスから聞いてないけど、と思いながら、一応取り忘れている証拠物があってはいけないと、奥に手を差し入れてみると。
「何かある」
その物を掴み、引き出してみれば。
「……手帳?」
それは、少し年期の入った手帳のようだった。
何が書いてあるのだろう、見ても大丈夫かな、と思いながらも、一ページだけ確認してみることにした私がそれをめくれば。
「こ、これって……!」
私が見つけたもの。 それは。
「……亡くなった正妃殿下の、エルヴィスのお母様であるリマ様の、日記……?」
そう、それは亡くなったリマ様の形見とも言える日記だった。
一ページ目を見た限りでは、日付と共にその日何を過ごしたかなどが書かれており、それがびっちりとページいっぱいに丁寧な字で書かれていた。
「っ、もしかして……」
私はパラパラと手帳をめくり、最後のページを確認する。
そのページの日付は、エルヴィスの誕生日の一ヶ月前で止まっていた。
そして、それと共に何かが挟まっていることに気が付く。
「これは……」
それを見て、驚き目を見開いた。
「これが此処にあるということは、エルヴィスも誰も、この手帳の存在を知らないということ……?」
思わず涙がこぼれ落ちる。
『僕に欠けているものは、“家族からの愛情”だよ』
夏休みにこの場所で、そう言って寂しそうに笑った彼の顔が忘れられずにいた。
でも。
「……本当は、そんなこと、ないのかもしれない……っ」
ギュッとその手帳を大切に胸に抱く。
「リマ殿下、この日記、お借りさせて頂きます」
そう口にすると、証拠物の入った袋を持って小屋を飛び出すようにその場を後にしたのだった。
迎えの馬車に乗り、邸へ帰るとすぐにお母様に頼み、大事な証拠物の入った袋を金庫に入れておいてもらうよう頼んだ。
そして部屋に戻り椅子に座ると、抱え持ってきた日記の表紙をそっとなぞる。
「……リマ殿下の……、エルヴィスのお母様の日記……」
ずっとあの場所にしまってあったのだろう。
見つけた時には埃を被ってしまっていた。
その埃をそっと払ってから、じっと見つめる。
(中は読んでいないから何が書かれているか分からない。
けれど……、絶対に、エルヴィスや陛下に必要な物だということは分かる)
どうしてリマ様は、わざわざ鍵付きの扉の更に奥に隠したのかは分からないが、それでも。
彼らには必要な物だ、絶対に。
特に。
「……エルヴィスに、届けたい」
けれど、今彼に会うことは出来ない。
それが本当に、もどかしい。
「エルヴィス……」
そう呟いた私の視界が揺らぐ。
疲れてしまったのだろうか、突然睡魔に襲われて……、抗うことが出来ず、そのまま意識を手放してしまったのだった。




