脱出
別れを惜しみながらエルヴィスとお別れをした私は、変装したまま執事さんのいる別棟へと戻った。
執事さんは私の姿を見ると、笑みを浮かべて言った。
「どうやら無事に成功したようですね」
「はい、お陰様で。 エルヴィスと会ってお話をすることが出来ました。
ありがとうございます、執事さん」
「いえいえ、こちらこそ。
ミシェル様を思う度、悲しそうな表情を浮かべられていたエルヴィス坊っちゃんが喜んでいる姿が目に浮かびます」
「私も会うことが出来て本当に良かったです。
……これで、後一ヶ月の間にやるべきことが決まりました」
私の言葉に、執事さんは真剣な表情を浮かべ、「話し合われたのですね」と口にする。
それに頷きを返し、口を開いた。
「私に出来ることはやりたいのです。
彼の婚約者として、私が出来ることを」
「そのお気持ちは私も嬉しく思いますが、あまりご無理はなさいませぬよう」
「肝に銘じます」
私の言葉に執事さんは笑みを浮かべて頷いてくれる。
そして、柱時計をチラリと見て口を開いた。
「……この時間に一人で帰られるのは危険です。
日が昇り始める時間帯に此処を出られては如何でしょうか?」
その言葉に私は首を横に振り答えた。
「外に馬車を待たせておりますから大丈夫です。
帰りが遅くなってしまう方が家族も心配するのですぐに帰りたいと思います。
……エルヴィスから、帰りは“隠し通路を使うように”と教えてもらいました。
案内して頂けますか」
「はい、勿論です。 既に準備は出来ております。
こちらへ」
執事さんはそう言って、私をエルヴィスの部屋へ通す。
そして、本棚を置いていたと思われる場所の壁に、身体を屈めて入るほどの大きさの穴があった。
「これは万が一のための脱出口となっているため、一本道となっておりますので、迷うことはないかと。
最初は少し狭いですが、階段を下りれば歩けるほどの高さになります」
「説明して下さりありがとうございます。
お世話になりました」
「こちらこそ、危険な中をお越し下さりありがとうございました。
これからもエルヴィス坊っちゃんのことを宜しくお願い致します」
「はい」
私は頷きを返すと、執事さんと別れ、隠し通路を進み始めたのだった。
執事さんの説明の通り、階段を下りきってからは普通に歩けるくらいの高さになった。
蝋燭の光だけでは心細く感じられたが、エルヴィスの方が辛い思いをしているのだから頑張らないと、と前だけを向いて歩いていると、想像していたよりもすぐに地上へと出た。
(ここは……、城の外、なのよね)
エルヴィスから事前に説明されていた通り、丁度城の裏側、外壁の外に出ることが出来た。
見張りが誰もいないうちに、と警戒しながらも走ってその場を後にする。
先程執事さんに話した通り、城から少し離れた場所に馬車を待たせている。
エルヴィスに会いに行くことを伝えたら、家族が心配して出してくれたものだ。
その場所に灯りがついていることを確認し、心の中で家族にお礼を言いながら近付いていくうちに、もう一台馬車が止まっていることに気付く。
(あ、あれって)
見覚えのある馬車に目を見開けば、その馬車の扉が不意に開き、こちらへ向かってくる女性の姿が見えた。
「ミシェル!」
「え、エマ様!?」
エマ様は走り寄ってきて私を抱きしめると言った。
「良かった、無事で……! 貴女なら大丈夫だと思っていたけれど、居ても立っても居られず心配で。 こちらに貴女の家の馬車が止まっているのを見て、私も待たせてもらっていたの」
「そ、そうだったのですか!? 私は嬉しいですけど、エマ様は大丈夫ですか?」
「えぇ、お陰様で、貴女のご両親……、リヴィングストン侯爵御夫妻から寮の方に、今夜はリヴィングストン邸で泊まっていると仰って頂いているの。
知らなかったかしら?」
「存じ上げませんでした。 でも、それなら良かったです」
「私が貴女に協力すると言ったら、事前に申し出て下さったのよ。 後でお礼を言うわ」
私は「では」と口を開いた。
「今日はこのまま、私の家にエマ様がお泊まりになるということですね!」
「え、あ、確かにそうなるわね。 ……伺っても良いかしら?」
「勿論です」
「友人の家にお泊まりだなんて初めて」
「そうなんですね。 精一杯おもてなしさせて頂きます」
そう二人で笑い合って、折角だから同じ馬車に乗ろうというエマ様のご提案により、私の家の馬車に乗ることになった。
その馬車の中で、私は改めてお礼を言った。
「エマ様、協力して下さって本当にありがとうございました」
「ふふ、どういたしまして。 貴女が無事にエルヴィスと会えたこと、私もニールも嬉しく思うわ。
……本当に、貴女の顔が晴れて良かったわ。
心配していたのよ、私達の前では無理している様だったけど、エルヴィスのことが心配だといつも顔に書いてあったもの」
「ば、バレバレでしたよね。 ごめんなさい、心配をかけて」
「いいえ、貴女が謝ることではないわ。
私だって、もしニールが濡れ衣を着せられて囚われたなんて聞かされたら、正気でいられないと思うもの。
……貴女は勇敢な方だと思うわ」
「そんな、私は全然。 もしそう見えていたのだとしたら、きっとそれは、エルヴィスのお陰なんです」
婚約指輪を見ながらそう口にすれば、エマ様は「素敵ね」と笑って言った。
私も笑みを返すと、ふっと彼女は真剣な表情になって言った。
「……エルヴィスと、ゆっくりお話は出来た?」
「はい。 これから卒業パーティーまでに何をするべきかを決めてきました」
「そう。 私は本来、隣国の王女の身であるからこの国の内情への介入は出来ないけれど、私にもまだ何か出来ないか探ってみるわ。
お互い、残り僅かな時間だけれど、精一杯頑張りましょうね」
「はい」
私はエマ様の言葉に、決意を込めて頷いたのだった。




