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やっと…

 西塔の階段を上り続けるブライアン殿下の姿に痺れを切らした私は、その背中に向かって声をかけた。


「一体どういうこと?」


 その声に、ようやくブライアン殿下は立ち止まり私を見た。


「私が誰だか、気付いているのでしょう?

 どうして助けたの」


 そう口にすれば、ブライアン殿下ははぁっと息を吐き、階段を降りると、後ろをついて来ていた侍女さんの手からトレイを取り上げ、それを自分で持って言った。


「……お前一人でついて来い。 そうすれば教えてやる」


(相変わらずの上から目線ね)


 はぁーっと息を吐き、驚いている侍女さんに向かって声をかけた。


「ごめんなさい、先に戻っていて頂けますか。 私は大丈夫です」

「畏まりました」


 侍女さんは「どうかご無事で」と小さく口にしてから、会釈をして行ってしまった。

 その背中を見送ってから、ブライアン殿下の後に続いて辿り着いたのは、階段を少し上った先にあった部屋だった。

 扉を閉じると、ブライアン殿下は長く息を吐いて長椅子に座った。


「まさか、此処までお前が来るとは思わなかった」

「良く私にお気付きで。 変装した元婚約者である私に気が付かなかったのは、一体どちらのどなた様だったかしら?」

「……相変わらず嫌味なやつだな。

 それが助けてもらった恩人への態度か」

「貴方が私達にしてきたことの方が酷いもの。 これくらいではね」


 ふん、とそっぽを向けば、再度ため息を吐いて言った。


「お前、分かっているのか。 

 もし私が助け出さなければ、今頃お前もその協力者も捕まっていたんだぞ」

「……分かっているわよ」


 そう返したものの、確かにブライアン殿下が助けてくれなければ今頃どうなっていただろうか。

 礼を言っておくべきか、と口を開きかけたところで、ブライアン殿下がボソッと呟いた。


「まあ、今回の件については、私もやりすぎだと思ったから助けたんだがな」

「え?」


 その言葉に彼の方に目を向ければ、ブライアン殿下は前髪をかきあげ呟くように言った。


「まさか、母上があそこまでするとは思わなかったから」

「!? 貴方、何か知っているの!?」


 思わず掴みかからんばかりの勢いで口にすれば、彼は「知っているも何も」と衝撃の言葉を口にした。


「毒を口にすることを決めたのは、母上自身だからな」

「……!?」


 あまりの衝撃で言葉を失う。

 そんな私をよそに、彼は言葉を続けた。


「要するに、母上の自作自演だ。

 この話を提案したのも、全て母上からだ。

 私も止めたんだが聞かなくて、結局母上はそのまま、今も意識は戻っていない」

「……どうしてベアトリス殿下は、そんなことを?」


 震える言葉でそう尋ねれば、彼は長く息を吐いて言った。


「母上は、孤独な人だからな。

 何でも持っているお前達とは違うということだ」

「っ、それはどういう」

「私が話せるのは此処までだ。

 協力しろと言われてもしない。 私は、母上の味方だからな」

「……」


 私には分からなかった。

 ベアトリス殿下が、どうして自作自演をしてまで毒を飲んだのか。

 エルヴィスを貶めたかったからなのか、それとも。


「その前に、貴方に聞きたいことがある」

「何だ」


 私は息を吸うと、彼の茶の瞳を真っ直ぐと見て言った。


「どうして、敵である私にこの話を教えてくれたの?」


 先程庇ってくれたことも、毒を盛った真犯人をすんなり教えてくれたことも。

 今まで散々私達を苦しめて来た元婚約者である彼が、まるで私を助けるメリットなんてあったのか。

 そんな私の言葉に、ブライアン殿下は押し黙った。

 やがて、小さく息を吐くと立ち上がり言った。


「……私も、愚かになったのかもな。

 お前達を見ると、虫唾が走るのは変わらないが」

「それもこちらの台詞よ」

「本当、良い性格しているよな」


 ブライアン殿下は舌打ちをした後、踵を返して言った。


「こういう風に、婚約者同士の時に何でも言い合える仲であったら、また何か違っていたのかもな」

「“また”なんてないわよ。

 私と貴方とではいずれこうなる運命だったの。

 貴方はマリエットさんを、私はエルヴィスを選んだ。

 それが答え」

「……はっ、そうだな。 お前ならそう言うよな」


 ブライアン殿下はそう言って、初めて心から笑みを浮かべた、ような気がした。

 その笑顔もほんの一瞬で、私の手にポンとトレイを乗せて言った。


「後はどうぞ、二人でごゆっくり」

「……」


 そう言っていつものように偉そうに、部屋の扉を閉じて行ってしまう。


「本当、何を考えているのあの人は」


 だけど。

 ブライアン殿下のお陰でこうして、知ることの出来ていなかった事実を確認することが出来た。

 それに。


(エルヴィスに、会える)


 彼に会いたい、早く。

 私はトレイを持ち直すと、溢さないよう気を付けながら、部屋を出て階段を上がる。

 エルヴィスの部屋は塔の最上階。

 階段を登りきり、その部屋の前にたどり着くと、鼓動が早鐘を打つ。


(この先に、エルヴィスがいる)


 会いたい。 

 声が聞きたい。 

 会って、思いきり抱きしめたい。


(エルヴィス)


 震える手、指輪を嵌めている左手で扉をノックする。

 少しして、ガチャッと扉が開いた。


(……あ)


 ふわっと香る、彼の匂い。

 顔を上げることが出来ない私に、エルヴィスは口を開いた。


「どうしてこの時間に? 私は何も頼んでいないけど……」


 戸惑ったような彼の声。

 顔が見えていないために私だと気付いていないようだったけど、その声は紛れもなく、エルヴィスのもの。


(やっと……)


「……やっと、会えた」

「……!?」


 パタンと部屋を閉じる。

 近くにあった台の上にトレイを乗せると、茶のウィッグをぐいっと引っ張り、眼鏡を取って彼の顔を見上げた。

 アイスブルーの瞳が私を映し出した瞬間、ハッと息を呑む彼。

 そんな私の顔はきっと、酷い顔をしているだろう。


「……ミ、シェル?」

「っ、エルヴィス……!!」


 無我夢中でその胸に飛び込んだ。

 そのまま声を出して泣き出してしまう私に対し、彼もまた私を掻き抱くように強く、私の名前を何度も呼んで抱きしめ返してくれたのだった。






(エルヴィス視点)


 塔の部屋に幽閉されて、半月ほどが過ぎようとしていた。

 半月前、それは突然の出来事だった。


『ベアトリス殿下が何者かに毒を盛られ、意識を失われました。

 エルヴィス殿下、貴方にも疑いがかかっております。

 一度部屋を出て頂けますか』


(ベアトリスが毒を?)


 頭がついていかない僕をよそに、そう口にした騎士達は問答無用で僕の部屋に押し入った。

 そして、僕の部屋から毒が見つかったと告げたのだ。


『違う、私ではない! 私はそんな毒を目にしたことすらないっ!』


 いくらそう反論しても、誰一人僕の言うことを聞くものはいなかった。

 そして、僕はそのまま冤罪を着せられ、この塔の最上階に位置する部屋に囚われることになった。

 こうなると、外部との接触がまるで取れない。


(僕が顔を出さないことで、ミシェル達には酷く心配をかけているに違いない。

 城はベアトリスの意識がないことを隠蔽するだろうし、本当のことを知る者は少ないだろうけど……、ミシェル達はそれで騙されることなく真実を知ろうとするだろう)


 そう考えると、無闇に彼女達に城のことを探らせるのは危険だ。

 遠回しにでも何でも、この件に首を突っ込まないように阻止しなければ。

 そう思った僕は、彼女にたった一言書いたメモを送った。


 “私に関わるな”


 そのメモを爺に託し、リヴィングストン侯爵邸に送った。


(ミシェルはそれを見て、どう思っただろうか)


 彼女を危険な目に遭わせたくない。

 けれど、そのメモは僕の本心ではなかった。


(……本当は)


 ミシェルに会いたい。

 だけど、今の城は危険だ。

 僕の婚約者というだけで、彼女にまで火の粉が及んではいけない。

 これが最善だ。

 彼女を突き放すのが、最善だと。

 そう思わなければいけないのに。


「っ、ミシェル……」


 他に何もいらない。

 君さえいれば。

 君に会いたい。

 駄目だ。

 今の僕では君を守れない。

 だけど。


「っ……」


 指輪をぎゅっと握りしめる。

 強く、祈るように。


(ミシェル、ミシェル)


 そう何度も心の中で、時折口に出して。

 願っていた僕の元へ、控えめなノック音が耳に届いた。


(こんな時間に誰だ?)


 夕食も既に摂り終わり、もうすぐ日付が変わる時間だ。

 何も頼んでいないはずなのに、と不思議に思いながら扉を開ければ、侍女がたった一人でトレイを持って立っていた。

 そのトレイの上にはティーセットが置いてあり、何故かその侍女も黙って俯いたままだ。


「どうしてこの時間に? 私は何も頼んでいないけど……」


 口を開くことのない侍女に対してそう口にすれば、彼女はようやく口を開いた。


「……やっと、会えた」

「……!?」


(っ、まさか)


 その声、ふわりと鼻を擽る甘い香り。

 驚く僕をよそに、彼女は扉を閉めてトレイを置くと、無造作に髪を引っ張り、眼鏡を取った。

 その茶の髪の下から現れた、美しい銀の髪。

 初めて視線が合わさり、その金の瞳が僕を映し出した時思わず息を呑んだ。

 夢か、幻か。

 だってそこにいたのは。


「……ミ、シェル?」

「っ、エルヴィス……!!」


 呆然としてしまう僕をよそに、彼女は……、ミシェルは綺麗な瞳から大粒の涙を溢し、僕を抱きしめた。

 そのまま声を上げて泣き続ける彼女の温もりに、ようやくこれが夢ではないのだと確信した僕は、そんな彼女を強く抱きしめ、会えなかった分の時間を埋めるように、何度も名前を呼んだのだった。


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