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次なる作戦

 別棟へ辿り着いたのは良いものの、廊下には灯りがついているのみで、侍従の姿が何処にも見当たらない。


(エルヴィスが部屋にいないから、此処にはあまり人がいないのね)


 その情報もニールから事前に聞いていたものだ。

 だからこそ、此処でエルヴィスに味方している方々から彼が今どこにいるかの情報を得られれば、と思ったのだが。

 また何処かからか足音が聞こえてきて、壁の死角となっている場所に隠れる。


(っ、足音が近付いてくる……!)


 その足音は衛兵のものだということに気が付き、背中を冷や汗が流れた、その時。


「……っ!?」


 不意にグイッと腕を引かれる。

 そして、部屋の中に連れ込まれるように入ると、その人はパタンと部屋を閉じた。

 その顔を見て、あ、と声を上げる。


「っ、執事さん!」

「お久しぶりです、ミシェル様」


 私を助けてくれた人物は、夏休みに此処を訪れた時にエルヴィスから紹介された彼付きの執事さんであり、この場所で最も信頼のおける方だった。

 その姿を見て心から安堵しながら、頭を下げた。


「助けて頂きありがとうございました。

 本当に助かりました」

「頭をお上げください、ミシェル様。

 こちらこそ、危険な中をこうしていらっしゃって下さって爺も嬉しく思います。

 ……エルヴィス坊っちゃんのために、こうして来て下さったのですよね」


 その名前に顔を上げ、私はすぐに質問を返した。


「エルヴィスは……、彼は今どこにいるかご存知ですか?」

「……そのお顔だと、もう事の次第は既にご存知なんですね」


 その言葉に頷くと、執事さんは静かに口を開いた。


「エルヴィス坊っちゃんは今、西塔の鍵付きの部屋に幽閉されております」

「っ、西塔……」


 この城の地図は頭に入っている。

 西塔はこの別棟からおよそ反対に位置している。


(ここから行くには、城の庭を突っ切るか、城の中から直接西塔に続く廊下を行くかしか方法がない。

 廊下には沢山の衛兵がいるし、監視の目を掻い潜るにはやはり庭を行くしか)


「庭は危険です。 万が一見つかっては、隠れる場所がどこにもないでしょう」

「!」


 執事さんが私の考えを見破っていたようでそう口にする。

 ハッとして顔を上げれば、執事さんは柱時計を見て口を開いた。


「私に策がございます。

 成功するか否かは分かりませんが、城の庭を駆け抜けるよりは確かかと。

 ……如何でしょうか?」


 執事さんの言葉に私はすぐに頷いた。


「執事さんのお考えに従わせて下さい」

「畏まりました」


 執事さんはそう言って、私を残して部屋を後にしたのだった。





「ミシェル様、出来ました」


 その言葉に目を開け、鏡に映る自分の姿を見る。

 そこには、いつもの銀髪は茶色のウィッグを被ってお団子に、そして、度の入っていない眼鏡を付けた侍女服姿の私が映し出された。

 着付けてくれた侍女さんにお礼を言い、執事さんを呼んでもらう。

 そして、変装した私の姿を見た執事さんは頷き、口を開いた。


「侍女は大勢おりますから、ミシェル様だとは気付かれにくいでしょう。

 しかし、ミシェル様のお顔を知っている者もおりますからお気をつけ下さいませ」

「ありがとうございます、執事さん」


 私の言葉に頷くと、「早速ですが」と言って私に毛布を手渡す。


「これをお坊ちゃんに。

 もう一人侍女も付き添わせますので、受け答えはそちらの侍女にお任せ下さい」

「ミシェル様、必ずエルヴィス殿下の元へお連れしますね」

「! はい、宜しくお願い致します」


 侍女さんはニコリと笑みを浮かべると、「では、参りましょうか」と言って、彼女もまたお盆に乗せた紅茶を持ち促す。

 私は再度、執事さんに礼を言い、侍女さんと共に部屋を後にした。

 執事さんが考えてくれた作戦は、私が侍女さんに扮装し、エルヴィスに頼まれた物を部屋に運ぶという作戦だ。

 エルヴィスが今いる西塔には、エルヴィスは部屋から出ることを許されていないが、侍女さんや執事さんの行き来は可能らしい。

 一日三食の食事や彼に頼まれた物を運ぶことだけは許されているそうだ。


(後は私がバレないようにするのみ)


 変装しているとはいえ、執事さんも言っていた通り、私を知っている人は少なからずいる。

 不自然に見られないよう、ほんの少し俯き加減を保った状態で、侍女さんの半歩後ろを歩く。

 既に何人かの侍従さん達にすれ違ったが、バレることはなく廊下を歩き続け、西塔に続く扉まで辿り着いた時に呼び止められた。


「止まれ」


 声をかけてきたのは、扉の前に立っていた衛兵の一人だった。


「食事の時間は終わったはずだが、何を持っている?」


 威圧感のあるその言葉に、私の前にいた侍女さんは毅然と答えた。


「頼まれた物を持ってきました。 

 温かい飲み物と毛布をご所望でしたので」

「毛布?」


 衛兵は突然、後ろにいた私の手から毛布を奪い取る。

 驚く私に、衛兵は綺麗に畳まれていた毛布をバサバサと振り、そのまま突き返して来た。


「何も入っていないな」


 その言葉に、すっと背筋が凍りつく。


(何か他に持っていないか、疑われたということ?

 ……これでは本当に、エルヴィスが囚人みたいじゃない)


 思わず目頭が熱くなったその時、隣にいたもう一人の衛兵が私の顔を見て言った。


「お前、見かけない顔だな」

「……っ!?」


 思わず息を呑む。


「眼鏡を取ってこちらを向け」


 その言葉にもう駄目だ、と思ったその時。


「何をしている」

「「!?」」


 その声にハッと驚き反射的にその声の主を見てしまった。

 バチリとその人と目が合う。


(あ……!)


 まずい、と思った時には遅かった。

 その人物は目を見開き、カツカツと私の元まで歩み寄ってくると、私の腕を掴み視線を合わせた。

 茶色の髪に同色の瞳。

 世界で一番会いたくないといっても過言ではないその人が、私を見下ろしていた。


(ブライアン殿下……!!)


 思わず顔が強張る。

 今度こそ逃げられない、そう思った次の瞬間、彼は驚きの言葉を口にした。


「……あぁ、これはこの前入って来た見習いの侍女だ」

「え?」


(……え!?)


 驚いたのは私だけではなく、隣にいた侍女さんもだった。

 目を丸くする私達に対し、衛兵は突然現れた彼の姿に驚いたものの、慌てて口を開いた。


「さ、左様でございましたか。 

 それは失礼致しました、どうぞお通り下さい」


 そう言って、衛兵二人は西塔へ続く扉を開けた。

 思わず侍女さんと二人で顔を見合わせれば、ブライアン殿下に声をかけられた。


「おい、何をしている。 さっさと行くぞ」


 その言葉に、私は頭がはてなマークでいっぱいになる。


(ど、どうして……?)


 考えても分からない。 

 とにかく話を聞かなければと思った私は、慌てて西塔の階段を上り始めたブライアン殿下の背中を追ったのだった。


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