国王陛下との対面
扉の先にいたのは、以前お会いした時と変わらず、穏やかな笑みを浮かべて座っている陛下の姿だった。
私とエルヴィスが中に入ると、マリクさんも後から続き扉を閉じた。
そして、エルヴィスが先に口を開いた。
「陛下、ご無沙汰しております」
エルヴィスがそう言って礼をしたのを見て、私も淑女の礼を取ると、陛下は笑みを浮かべたまま言った。
「そう改まらず、楽にして欲しい。 此方に座ると良い」
「失礼致します」
二人で長椅子にかけるよう促され、私とエルヴィスは並んでそこに座る。
正面から陛下と対峙する形になり緊張していると、陛下から話を切り出した。
「この寒さの中良く来てくれた。
此処まで遠かっただろう?」
「い、いえ、想像していたよりあっという間でした」
咄嗟に口にした言葉に、陛下とエルヴィスが私の方を見る。
あ、と慌てたものの、白状することにした私は、素直に口にした。
「……え、エルヴィス殿下が、道中楽しませて下さったので」
その言葉に、エルヴィスは驚いたように瞬きし、陛下は突然笑い出した。
驚いて二人で顔を見合わせれば、陛下は「いや」と笑いながら言った。
「そうか。 仲が良いとは聞いていたが、本当にその通りなのだな」
「え……」
私達が付き合っていることを知っているの? と内心驚く私に対し、陛下は言った。
「此処にいても、城の中のことを伝えるよう伝令に内密に頼んでいる。
だから、君達が此処へ来た理由も知っているというわけだ」
その言葉に、二人で顔を見合わせた。
陛下は「だが、その前に」と言って言葉を続けた。
「まずはエルヴィス、お前には謝らなければならない。
何度も尋ねて来てくれたことを知らず、追い返すような形になってしまってすまなかった」
そう言って頭を下げた陛下を見て、エルヴィスは一瞬呆然としたようだったけれど、ハッとして慌てたように言った。
「そんな、陛下の所為ではありませんので、気にしないで下さい。
こうしてミシェル嬢を連れてお会いすることが出来たのですから、そのことはもう大丈夫です」
「……エルヴィスは、変わったのだな」
「え?」
不意に陛下が呟いた言葉に、エルヴィスが聞き返す。
陛下は息を吐くと、じっとエルヴィスを見て言った。
「……本当にこうして見ると、リマにそっくりだ」
「! ……母上に?」
「あぁ」
陛下は頷き、息を吐いて言った。
「特に、リマ譲りのその瞳が似ているのかもしれない」
「瞳が……?」
エルヴィスはその言葉を反芻すると、陛下は頷き言った。
「肖像画でしか見たことがないかもしれないが、リマも今のお前のように、優しい性格だった。
私は、そんなリマを愛していたんだ」
(平民であったリマ様を大好きだったから、周囲の反対を押し切って正妃にしたんだと、エルヴィスが教えてくれたのよね)
夏休みに話してもらったことを思い出している私に対し、陛下は遠くを見るように言葉を続けた。
「だが、リマが亡くなってから、私は悲しみのあまり体調を崩してしまうようになった。
……自分でも愚かだと思うが、私はその悲しみに耐えられず、こうして療養することになってしまった。
本来であれば、リマの代わりにエルヴィスを育てるべきだった私が、お前から離れて全てをベアトリスに託してしまったんだ」
「……」
エルヴィスは、何も言わなかった。
そんな彼が心配になり彼を見ると、陛下は再度頭を下げて言った。
「すまなかった、エルヴィス。
お前を長く一人にさせてしまったこと。
今更謝ってどうにもなることではないが、それでも謝らせて欲しい。
お前の父親を名乗るに値しないことは分かっている。
だが」
「頭をお上げください、陛下」
「!」
エルヴィスのその声音は厳しい口調だった。
驚き彼を見ると、エルヴィスはアイスブルーの瞳を真っ直ぐと陛下に向け、口を開いた。
「陛下が私を一人ぼっちにさせたこと、ずっと疑問に感じていました。
何故私ばかり酷い目に遭わなければならないのだろうと。
辛くて悲しくて……、耐えきれなくなった私は、心を殺すことでその痛みから逃れようとしていました」
(エルヴィス)
そう口にする彼の言葉と表情に、ズキリと胸が痛む。
彼は膝の上でギュッと拳を握ったまま言葉を続けた。
「何もかもがどうでも良くなった時、一人の女性に出会ったんです。
それが、他でもない彼女でした」
「!」
不意に、彼が私を見る。
そのアイスブルーの瞳に私を映し出すと、彼は穏やかな笑みを浮かべたまま言った。
「彼女は元は弟の婚約者でした。
だけど、彼女が時折浮かべる温かな笑みに、私の心が、閉ざしていた心を温かく包み込んでくれるような、そんな気がして。
そんな彼女の幸せだけを願って過ごしていたら、その彼女を弟が裏切るのを見て。
許せなくなった私は、彼女を婚約者……、私の唯一の婚約者にすると決めたのです」
真っ直ぐと告げられるその言葉に、思わず見つめてしまっていると、彼は少し照れたように笑ってから再度陛下に向き直り言った。
「私がこうして此処に立つことが出来ているのも、変われたのも、全て彼女のお陰なんです。
彼女と過ごした時間が、私の生きる希望となった。
だから私は、何が何でも彼女の手を離さないと誓いにここまで来ました」
そう言って、彼は私の手を握った。
その温かさと力強い手に、思わず涙がこぼれ落ちそうになるのを懸命に堪えていると、エルヴィスは更に言葉を続けた。
「その彼女をもし失うことになったとしたら、なんて考えたくありません。
それはきっと、陛下と同じ気持ちだからです。
彼女を愛しているから、愛する気持ちが分かるから。
だから私は、そのことを話して下さった陛下のことを……、父上のことを、許したいと思います」
「「!」」
その言葉に、陛下も私もハッとした。
「……良いのか? こんな、不甲斐ない父親でも」
その言葉に、エルヴィスは困ったように笑った。
「父上は、私と似ていると思います。
私だって、もしミシェルを失うことになるとしたら、それこそ世界が滅んでしまえくらいには思うので」
「え、エルヴィス、それはちょっと……」
スケールが壮大というか重い、と内心思ってしまう私に対し、陛下は何かが吹っ切れたように笑みを溢した。
エルヴィスも、それにつられて笑みを浮かべた。
そうして笑いあう親子二人を見て、私も、良かったと心から安堵するのだった。
その後、お互い過ごさなかった分の空白を取り戻すように、エルヴィスと陛下は言葉を交わした。
その姿は家族そのもので、私も話の中に加わりながらも極力邪魔をしないよう、二人の会話をそっと見守っていた。
そんな穏やかな時間はあっという間に過ぎ、気付いた頃にはすっかり窓の外は暗くなっていた。
「では父上、そろそろお暇しなければいけませんので、婚約状にサインをお願い頂けますか」
「勿論だ」
陛下はさらさらと婚約状に筆を走らせながら、エルヴィスに向かって尋ねた。
「……ベアトリスは、お前達の仲を認めていないのだな」
「はい」
エルヴィスが頷けば、陛下は筆を置き、エルヴィスに手渡すと言った。
「私からしても、ベアトリスは何を考えているのか分からない。
その上、私よりベアトリスの味方をする者達が当時から多い。 故に彼女の後ろ盾は強力と言って良いだろう」
(陛下とベアトリス様は、あまり仲がよろしくないということ?)
そんな風にも聞こえて疑問に感じていれば、陛下は「だが」と言葉を続けた。
「私は公平に、エルヴィスとブライアンのどちらが後継に相応しいかを決めたいと思っている」
「……はい、私もそうして頂きたいと思います」
エルヴィスはそう言って頷いた。
陛下は少し笑うと、私を見て口を開いた。
「ミシェル嬢、エルヴィスを宜しく頼む」
「! はい、勿論です、陛下」
私の言葉に陛下は微笑むと、マリクさんを呼んで言った。
「マリク、今日は二人を此処に泊めても良いだろうか」
「「え!?」」
私とエルヴィスが驚き声をあげれば、マリクさんは片眼鏡を上げ、「陛下の仰せのままに」と答えると、近くにいた侍女さん達に声をかける。
思わずエルヴィスと顔を見合わせれば、陛下が言った。
「今日はもう夜が遅いから、こちらでゆっくりすると良い」
その言葉にエルヴィスは少し迷ったように考えた後、私を見て言った。
「では、お言葉に甘えて」
そう返したのだった。




