案内
「全く、私もその通りだと思いますよ」
声をかけてきた男性に驚きエルヴィスの方を見れば、彼は少し息を吐いて答えた。
「なんだ、此処にはマリクがいたのか。 いるなら早く来てくれれば良かったのに」
マリクさんと名を呼ばれた方は、片眼鏡を掛け直しながら溜め息混じりに答えた。
「ベアトリス殿下の御命令で、貴方方がいらっしゃっていることがこちらまで入って来なかったのです。
それが、この天候の悪さにもかかわらず会うまで帰らない、どうすれば良いんだと初めて門衛達が慌てるものだから様子を見に来てみれば……、声をかけない方が良いかと思いましたよ」
「!」
その言葉にエルヴィスと近い距離にいた私は慌てて離れる。
エルヴィスは「彼女が風邪を引かないようにしていただけだ」と言い張り、私に説明してくれた。
「マリクは陛下の従者の一人だよ。
陛下が此方に移動してから彼が仕えていたとは知らなかったから驚いたんだ」
「そうなのね」
だからエルヴィスと面識があるんだ、と納得していれば、マリクさんは私を見ると口を開いた。
「ミシェル様、ですね。
お初にお目にかかります、陛下の従者のマリクです。
宜しくお願い致します」
「こちらこそ宜しくお願い致します、マリクさん」
マリクさんの言葉に返事をすれば、マリクさんは言葉を続けた。
「まさか、ミシェル様までいらっしゃるとは思いも寄りませんでした。
先程申し上げた通り、この天候ではお風邪を召されてしまいますので、国王陛下の元へご案内致します」
「宜しいのですか?」
私の言葉に、マリクさんは「えぇ」と頷き言葉を続けた。
「国王陛下には既に御承諾を得ておりますので」
「……ベアトリスに報告は?」
エルヴィスの警戒したような言葉に、マリクさんは頷いて言った。
「勿論、致しません」
「……そうか」
エルヴィスは少し安心したように息を吐くと言った。
「ではマリク、陛下の元まで案内を頼む」
「畏まりました、殿下」
マリクさんはそう返し、私達を門の中へと案内してくれる。
「っ、凄い……」
思わず声に出してしまうほど、外壁の中は広大な庭が続いており、その奥に立派な建物……、別荘が建っていた。
そんな私の感嘆の声に、エルヴィスが言った。
「此処は王家が所有する別荘の中で一番広いんだ」
「また、陛下が最も好んでいる別荘なんですよ。 エルヴィス坊ちゃんも、夏になるといらっしゃいましたよね」
「此処は避暑地だからね。 ただここ数年は、陛下の療養地になっていたから久しぶりに来たけれど」
そんな二人の会話を聞いて新鮮に感じていると、マリクさんが私に向かって尋ねた。
「少し歩きますが寒くはありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「もうすぐそこだから羽織っていて」
エルヴィスがパサッと私の肩に先程の上着をかけてくれる。
(……本当は少し我慢していたのがバレてしまったかな)
「ありがとう、エルヴィス」
「どういたしまして」
彼は笑みを浮かべると、私の手を取り歩き出す。
そんなやりとりを見ていたマリクさんが口を開いた。
「本当に、仲が宜しいのですね」
それに対してエルヴィスが答えた。
「そうだろう? 僕には勿体無いくらいの素敵な女性だ」
「そ、それはこちらの台詞だわ」
「……お二人がお熱いのはよく分かりました」
雪まで溶けそうです、と遠い目をして言うマリクさんの姿にエルヴィスは笑う。
マリクさんはそんなエルヴィスの姿に少し目を細め、言葉を続けた。
「お坊ちゃんは、変わられたのですね」
その言葉の意図が分かってエルヴィスの顔を見れば、彼は私と視線を合わせ、マリクさんの方を見ると微笑んだ。
「そうだね。 彼女のおかげだよ」
「わ、私は何も」
慌てて首を横に振れば、エルヴィスは「ね?」とマリクさんに向かって言う。
マリクさんは「そうですね」と頷いた後、柔らかな笑みを浮かべて言った。
「まだ少しお話しただけではありますが、私の目にもお二人はお似合いに見えます。
陛下もきっと御喜びになられますよ」
その言葉に私は思わず口を開きかけたが、ここで尋ねるのは無粋かと思い口を閉ざした。
(……本当に、そうかしら)
俯きかけたことに気が付いたエルヴィスに、ギュッと手を握られる。
ハッとして彼を見上げれば、エルヴィスはアイスブルーの瞳を真っ直ぐと私に向けて言った。
「大丈夫だから、胸を張って」
「……えぇ」
私は小さく頷くと、不安な気持ちを振り払うように、手を握り返して前方に聳え立つ邸を真っ直ぐと見つめたのだった。
庭同様邸の中も広かった。
ただ、豪奢な城とは違って落ち着いた色味で統一されており、所々に置いてあるアンティークの置物が趣を感じさせる。
「此処は自然色の目に優しい色で統一されているんだよ。
王城が派手だから、別邸として心を落ち着かせられるように設計されているんだ」
「確かに、温かみがあって不思議と落ち着く感じがするわ」
エルヴィスの言葉に同意すれば、彼も頷き、「僕は王城よりこちらの色味の方が好みなんだよね」と言って廊下を見回した。
(此処もエルヴィスが良く幼い頃に訪れていた場所なんだわ……)
懐かしそうに目を細める彼の横顔を見ていると、マリクさんはやがて足を止めた。
「こちらが陛下のお部屋です」
目の前には、他の部屋より少しだけ大きめの扉があって。
(此処に、国王陛下がいらっしゃるのね)
思わず隣にいたエルヴィスの服の裾を掴む。
それに気付いた彼は微笑み、口を開いた。
「準備は良い? ミシェル」
「……えぇ」
少し声が震えてしまったが、エルヴィスがそっと頭を撫でてくれた。
その温かさに緊張が少しだけ解れたような気がして、彼を見上げ大丈夫、と頷いて見せれば、エルヴィスは今度はマリクさんに向かって頷いた。
マリクさんはそれを見ると、扉に向かってコンコンとノックをしてから口を開いた。
「陛下、エルヴィス第一王子殿下、並びにミシェル・リヴィングストン様がいらっしゃいました」
そう告げれば、部屋の中からガチャリと扉が開いたのだった。




