婚約破棄は突然に
新作開始致します!
楽しんでお読み頂けたら嬉しいです。
―――……別に、酷く心が痛んだりはしなかった。
恋をすると、胸が苦しくなったり痛んだりするものだと、遠い昔誰かに言われたことがあった気もするけれど、自分にそんなものは無縁だと思っていたから、一度も皆が言う“恋”というものに落ちたことも多分、無いんだと思う。
だけど、今は酷い虚無感に襲われている。
その理由は分かっている。
私の婚約者様に“悪女”呼ばわりされ、婚約破棄を一方的に告げられたから……―――
「ミシェル・リヴィングストン!
お前はとんでもない悪女だと分かった!
よってこれを以ち、この場で婚約破棄を申し付ける!!」
それは、突然の出来事だった。
私が通う三年制の学園、王立ローズ学園の卒業パーティーの会場。
そんな重要で大切なイベントの最中、私は名指しでこの国の第二王子、ブライアン・キャンベル殿下に婚約破棄を言い渡された。
(何となく、分かっていたことだけれど)
私ははぁーっと自然と漏れ出た溜息を吐きながら、怒り半分、呆れ半分で口を開く。
「理由をお聞かせ願いますか?」
私がそう尋ねれば、彼は「惚けるな!」と何も惚けていないのに怒りのままにまくし立てる。
「君はあろうことか、立場を利用し、男爵令嬢である彼女を影で虐めていたそうではないかっ!」
「あら、それは何かの間違いでは御座いませんか?
第一私、その方を存じ上げませんが?」
(本当に、記憶にない)
茶色の髪をふるふると震わせ、まるで小動物(?)を思わせる御令嬢を見て、私がそう素直に口にしただけなのに、彼は顔を真っ赤にして怒る。
「だから惚けるなと言っているだろう!
君は〜〜〜」
その言葉の後、ありもしない彼女を虐めたという架空の話をツラツラと述べられ、私は相槌を打つのも億劫で、早く終わらないかと思いながらその場に立っていた。
「……これで思い出したかっ!」
「はぁ……」
永遠とありもしないことをまくしたてられ、うんざりしていた私は……、無表情で言った。
「全く、身に覚えにないのですが」
本当にその通りなのである。
例えば、彼女を影で悪口を言っていた、物を隠したなど……、全てがそんな感じで、よりにもよってなすりつけられた罪が幼稚すぎて話にならない。
(そんなことを、侯爵令嬢である私がするとでも思っているのかしら?)
怒りはふつふつと湧き上がってくるが、堪えなければならない。
だって私は、侯爵家の娘だから。
そんな私の気持ちを知らず、彼は口を開いた。
「身に覚えがないだと!?
散々弱い者を虐めるような真似をしてその態度は何だっ!」
「だから、私はやっていないと」
「えぇい! 煩い! お前は今後一切、この学園に立ち入ることを禁じ、私との婚約も解消する!!」
「!?」
私は驚き固まった。
(そんなこと……、幾ら王子の命令といえど、許されるの?)
学園に立ち入ることを禁じるということは、つまり。
「……退学、ということですか?」
私がそう口にすれば、彼は「勿論だっ!」と何が勿論なのか、腕を組んで言った。
「左様ですか」
私がそう口にすると、彼は「何か言い残したことはあるか」と偉そうに口にする。
(あら、このまま此処を去れ、と言うのね)
私はそんな彼にうんざりして、口を開いた。
「では、お言葉に甘えて」
そして息を吸うと……、正直に口にした。
「私、もっと貴方は頭の良い方なのだと思っておりました」
「んなっ……!?」
その言葉に、会場中がどよめく。 私はそのままニコリともせず、言葉を続けた。
「貴方様の婚約者である為、私はこれまで努力をして来ました。
貴方様の御命令で常に学問・体力及び淑女教育において、全てトップに立っておりましたし、この学園の生徒会会長になるよう言われ、私はその言葉通り皆様の支持を得て、生徒会会長になりました。
その生徒会がどれだけ大変な仕事か、貴方様もご存知のはずですが……、その合間に、私がその方を、何方か存じ上げませんが、虐めたと仰るのですね?
貴方様の言われていることを全て全うして来た婚約者の私の言葉より、その方のお言葉を信じると。 分かりました」
語彙力のない彼より私は、弁舌に長けていると思う。
だから大人しく黙っていた分言いたいことを言わせて頂きます。
私は息を吸って口を開いた。
「貴方がどれだけクズかということを、再認識させて頂き有難うございます」
「っ、んな……!」
私の言葉に驚き、言葉が出ないんだろう。
いつも従順にしていたんだもの、これくらい足掻いたって良いでしょう。
私はそのまま言葉を続けた。
「その婚約破棄、喜んでお受け致しますわ」
「「「!!」」」
私の言葉に、会場中が息を飲む。
私はそんな馬鹿王子、失礼、元婚約者様に背中を向けると、私達の様子を見ていた方々に向かって、淑女の礼をして言った。
「私の元婚約者様が、大切なこの場をお借りしてとんでもないことを言い出したことをお詫び申し上げます。
私はこの場を去りますので、後のこの貴重なお時間を、どうかごゆっくりとお過ごし下さいませ」
「「「……」」」
会場にいた皆が、何を考えていたか分からない。
ただ、私は言葉とは裏腹に、酷く虚無感を抱いていた。
私が今まで努力して来たのは、何の為だったのだろうと。
血の滲むような努力を自分で言うのもなんだが、して来たと思う。
他の御令嬢方がパーティーやイベントで盛り上がっている中、私はその裏方である生徒会の仕事をしていることの方が多かった。
(……あぁ、本当に)
悔しい。
私はそう思いながらも、一度も振り返ることなく前だけを向いて、その会場を後にしたのだった。
「ははっ、やるねえ」
そんな私を見て、そう呟いていた方が居たことになんて無論、気が付く由もなかった。




