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かんきつ葬送 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ミカン死すべし。今でも俺はそう思っている。

 厳密には、ミカンをいじる連中だな。ミカンにすべての責任があるわけじゃない。

 ミカンをひとふさしゃぶったら、「ぶしゃっ」と飛び散って、服を汚したことだってある。食い方次第では厄介なしろもの。

 だがそれ以上に、ミカンの皮で射撃をしてくる輩がいるのが、どうにも我慢ならん。この間も、「おい」と声かけから、汁の目つぶしまでスムーズにやられて、少し腹が立っている。

 いや、俺もいつもだったらこんな怒らねえよ? でも、よりによって「ミカン畑に、ドローンで農薬散布」のニュースがあった日に、皮から発射する精神が理解できねえの。

 下手したら、他人様の目に農薬汁をシュウウウッ! ってわけだろ? 少なくとも俺は、全然エキサイトしねえ。まさか、知っててやったわけじゃないよなあ?

 バカとはさみはなんとやら。くだものの皮ひとつを取ったって、こうして人の機嫌をいじくれちまう。かつては、もっとへんてこな使い方をしたことがあったらしいぜ。

 お前、この手の話が好きだったと思うが、興味はないか?

 

 むかしむかし。虫を愛でるひとりの男がいた。

 人より虫と接する時間の多い彼は、たとえ多くの人が忌み嫌うごきかぶりが相手でも、命を奪うことをよしとしなかったという。

 生きている限り、いかなる生き物もこの世に益をもたらすと、彼は信じていた。今でなくとも、将来なにかしらの役にたつ。その機会をわれわれの勝手な都合で奪う必要はない、と。少なくとも彼は、自分の目と手が届く範囲で、虫たちを自然の中に置き、人為的な脅威からは守り続けたらしい。

 そんな彼が変人として見られるのに、さほど時間はかからなかった。

 

 やがて彼の命へのこだわりは、死にざまへも向けられる。

 頑張って生きた固体に、安らげる終わりを提供したい。そうかんがえた彼は、力尽きた虫たちのための墓を用意し始めたんだ。

 彼は想像する。自分ならばどのような場所で、永遠に横たわりたいと願うか。

 暗い土、冷たい石に囲まれる骨。海や山に巻かれる灰。そのような最期は、彼としてはご免こうむる。

 自分が心安らぐものをはべらせ、囲まれながら過ごす。それが死後にあっても、何より嬉しいことではないか?

 

 そう考えた彼は、自分の家と近辺に寄りつく虫たちを、丁寧に観察した。無理に籠へとらえて、保護を試みることはしない。彼らの生きざまに余計な手は出し、本来なら生まれたであろう価値の芽を摘むのは、だ。

 と、彼は思っていたらしいな。はたから見たらおかしな話だ。生きている間は勝手を許しながら、死んで後は「墓」という自己満足をおしつける。個々を尊重するなら、いかに朽ちようと放っておけばいいのに。

 すでに彼は、周囲の虫に対する理解のなさ。それゆえの目立ちたがりをこじらせていたのかもしれん。

 

 彼は家の庭にいくつか果物の樹を植えており、虫たちがそれを食べに来るのを歓迎していた。中でも虫たちに気に入られていたのは、「タチバナ」の果実だった。

 知っての通り、日本固有のかんきつ類だ。のちに大きなシェアを持つ、ウンシュウミカンと形状は似ているが、強い酸味ゆえに生で食べるのには適さないとされている。

 ところが、庭に一本だけ生えるその樹の果実は、ほおがとろけてしまいそうなほど甘かったという。鳥が種を落としたのか、十数年以上も前にふと生えてきたものだが、4,5個にひとつは虫たちのエサと化していた。

 まるでチョウが花にするように、果実の表面で羽を休める虫たちの仕草。そしてやつらが、その樹の下に躯さえ転がす姿もまれに見られることから、白羽の矢が立ったんだ。


 彼なりの葬送。それはタチバナを用いるものとなる。

 もいだタチバナの皮をはぎ、それぞれの虫たちが、横たわることのできる大きさに切り分け。その皮にやつらの遺骸を乗せ、今度は皮を上から被せて挟み込む……かんきつの棺をもうけたわけだな。


「終わりよければすべてよし。いかな経緯をたどろうと、死んだのならば安らかであるべき。お前たちも満足だろう? 自分の愛した物に包まれて、送られるのだから」


 そうして準備が整うと、彼は7日間、皮に包まれた遺骸を家の中へと保管する。彼が自分から虫を屋内へ招く、ただひとつの機会だ。

 眠ってからすぐ、誰かに寝床を荒らされるのは、誰だっていい気分はすまい。人より短い命の虫ならば、七日七晩で十分この世に別れを告げられよう。その間だけでも、安穏な時を過ごすべしとね。

 七日が過ぎると、順番にやつらは棺ごと外へ出される。先日までの丁重な扱いはどこへやら。彼は玄関から出て、ひとつずつおもいおもいの方向へ棺を放っていくんだ。

 この世に別れを告げたなら、残るはただの肉のかたまり。これから生きる何かのための、糧となっていくべきだ。大事に抱え、とっておかれるべきものじゃない。

 そうして彼は、何年も何年も虫たちを送り出していったのだそうな。

 

 やがて彼も、老年を迎えようという年齢を迎える。若い時は木に登り、直接果実をもいでいたが、手足がめっきり弱った。下から棒で叩いて落とすようにするも、しっかり受け取れず無駄にしてしまう場合も増えていた。

 そろそろ、このかんきつの葬儀屋も潮時と、彼は思い始める。客足が衰えないのは幸いだが、肝心のタチバナもここ数年、実のつきかたが悪くなっていた。売り物がなくなれば、畳まざるを得ない。


 仕事のないある日。彼は杖をつきながら、少し遠出をする。

 彼の住む小屋は小高い丘の上にある。長いこと樹と虫を眺めながら過ごしていた彼は、ここのところの客が、南東の坂の下からよく飛んでくるのを確認していた。その源を確かめんと、傾斜を下っていって目を見張る。

 そこには家の裏手にあるより、ずっと立派なタチバナの樹が立っていたんだ。周りにはちらほらと短い芝がしげり、バッタの跳ねる姿も見られる。

 なっている果実も、庭のものより数も大きさも上回っていた。それだけで、彼はいよいよ引退の時を感じざるを得なかったという。


 だが、どうしたことか。これほど見事なたたずまいにもかかわらず、「客」となるべき虫たちの姿が見られないんだ。もし、うちの庭にこれほど立派なものができていれば垂涎の的となるだろうに。

 さらに樹へ近づいてみて、彼は首をかしげた。地表へせり出す根の近くには、黒く変色したタチバナが転がっている。落ちて腐ったものもあるかもしれないが、貝合わせのようにぴたりと大きさの合う皮が、並んでうつむいている姿が見られたんだ。


 この不自然さ、疑う余地はない。かつて自分たちが送り出していった棺だ。

 彼は持っていた杖で、頭上の実を揺らす。

 落ちない。もう少し力を込めて揺する。まだ落ちない。

 背伸びをする。大きな実をギリギリで支えているであろう、細い枝を叩いた。二、三度殴ると、その手はあっさり果実を手放す。

 彼がそれを受け止めると同時に、果実のてっぺんの皮が、おのずとめくれ始めた。

 そのすき間から飛び出すのは、とげだらけの黒くて長い突起。続いて指でつまめる大きさの頭と、糸のように細い足が一本、二本……彼にとっての上客である蚊が中から出てきたんだ。これまで見てきたものの中でも、とくに大きい個体だったが。

 やがて全身をひねり出した蚊は、かんきつのしぶきを飛ばしながら、彼の家の方へ飛んでいく。口の中へ飛び込んできたそれは、家のものとはくらべものにならないほどすっぱかったと、彼は語っていたそうだ。

 やがて彼はこの世を去り、庭の樹も後を追うように枯れて倒れてしまう。

 かの大きなタチバナの樹は、自然と数を増やしていったそうだ。ただかなりの確率で、実の中から虫が出続けたんでな。食用はおろか、観賞用にも堪えず、のちの時代に起こった火事に便乗して、燃やされてしまったとか。

 


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