天使の小羽根亭の喧騒と凱旋の宴
ブレンデッドの街の中を二人で並んでそぞろ歩く。
通りがかりの見かけた顔の職業傭兵の人たちが冷やかしの声をかけてくる。
それに対して私は軽い悪態で返しながら一路天使の小羽根亭への道を歩いた。
空は夕暮れを過ぎて薄暗がりに入り始めている。早めの夕食どきと言っていいだろう。
歩いて行くその先に見慣れたあかりがある。
度々世話になっていた〝天使の小羽根亭〟の灯だ。
入り口のスイングドアから中の灯りとともに人々の喧騒が聞こえてきた。もうすでにたくさんの人々が集まり酒宴は始まっているかのようだった。
「おぉ、やってるな」
プロアがそう声を漏らす。私の耳にも聞き慣れた声がたくさん聞こえてくる。
「行こう!」
「あぁ」
二人で声を掛け合いながら入り口のスイングドアを押し開いて店の中へと入っていく。
――ギイッ――
スイングドアが揺れて軋む音を立てれば皆の視線が一斉にこちらへと集まってきた。
先手を打ってこちらから声をかける。
「みんな! ただいま!」
その声と共に帰ってきたのは大きな歓声だった。
「おおお! 一番の功労者ようやく帰還だぜ」
「お帰り! ルスト隊長!」
「いよっ! 旋風のルスト!」
「無事帰還、おめでとう!」
「英雄少女のご登場だ!」
拍手とともに割れんばかりの歓声が鳴り響く。店の中の席は満杯状態。そこには普段からこの店の常連の職業傭兵の男たちの他に、以前にも度々言葉を交わしたことのある女性傭兵や傭兵ギルドの事務員の人達の姿もあった。
「あ、やっと来た!」
「遅ーーい!」
「ちょっと何二人で揃って来てんのよ!」
やっぱりと言うかプロアといっしょに現れたことにやっかみと冷やかしの声が浴びせられている。
「熱いね!ご両人!」
「どこまで行ったんだ?」
――と、おじさん丸出しの冷やかしの声もあれば、
「ルスト! 気をつけろ! そいつ手が早いぞ!」
「宿屋に連れ込まれないように気をつけろよ!」
かつてのモテ男ぶりを冷やかす声もある。そんな声にプロアが切り返す。
「やかましい! ただのエスコートだよ!」
冷やかしてくる声の主たちに私は笑顔で手を振って返した。
別の方から聞き慣れた女性の声がする。
「お似合いだよ。お二人さん」
声の主は親友のマオだった。
「ただいま!」
「おかえり!」
マオもすでに酒を傾けていた。
また別の方からも声がする。これも聞き慣れた声だった。
「そのドレス似合ってるわよ」
この店の女将さん、リアヤネさんだった。
「ありがとうございます」
「こっちおいで。席開けてあるから」
リアヤネさんが手招きする方へ歩いて行く。大きめの丸テーブルがまるまる一つ開けられていてそこに席が五つほど設けられていた。その中の一つへ私は手を引かれていく。
プロアが椅子を引く動作までフォローしてくれる。
彼のエスコートで私は用意された主賓席へと腰を下ろした。席に座るタイミングでエール酒の注がれたグラスが用意された。何気なくそれを手にした瞬間、宴は始まった。
職業傭兵の男性の一人が大声で呼びかける。
「それじゃあ行くぞ!」
皆が一斉にグラスを手にして上へと掲げる。
皆の声が一斉に響く。
「旋風のルスト!」
「凱旋おめでとう!」
「乾杯!」
乾杯の掛け声とともに皆が一斉にグラスを飲み干す。私の無事の帰還と、勝利と、武功を讃えて。
私も遠慮なくグラスを口へと運び酒を喉へと流し込んだ。
そしてついで沸き起こるのは割れんばかりの拍手。
心から喜びあう宴の始まりだった。
色々な人が私の所へと挨拶に現れた。
まずは普段からこの店でよく顔を合わせる、たくさんの職業傭兵の人たち。顔なじみということもあって気軽に話し合える間柄だった。
その中には出発前に餞別を集めてくれたあの人たちの顔もあった。
「皆さん!」
私が喜んで声をかければ、彼らからも声が返ってくる。
「凱旋おめでとう」
「よくやったな!」
「おめでとう!」
「ありがとうございます!」
私がそう答えればさらに声が返ってくる。
「こちらでも色々な噂が飛び交ってたんだが」
「虚偽任務で連れてかれてたんだってな」
「そしたら、西方国境での大規模戦闘だろう?」
「みんなで一体何があったんだって話してたんだよ」
話はどうしてもそこにいってしまう。やっぱり私が指揮権を強引に持ってきたことへの質問攻めが始まるのか? と思ったのだが――
「でもまあ、そこであれやこれやほじくり返すのは粋じゃねえやな」
「そうそう」
「行った、勝った、無事に帰ってきた」
「それでいいやな。なあ?」
「ああ、そういうことだ」
「今日は嫌なことは全て忘れて楽しんでってくれ」
彼らのその言葉を聞いていると、この人たちは本当に【心意気】という言葉の上で毎日を生きているのかよくわかる。
そして思う。私はこの人たちの思いやりの中で生かされてきたということを。自然に私の口から感謝の心が漏れた。
「皆さん本当にありがとうございます!」
「おう!」
「楽しんでってくれよ!」
「はい!」
彼らが私の所から離れて、次に現れたのは女性傭兵たち。何もこれまでの任務や、傭兵ギルドの事務局などで顔を合わせたことのある人たち。
あるいは、傭兵ギルドの事務局でいつもお世話になっている事務員の人たちだ。
そして彼らの中の一人が進み出てくる。短く刈り込んだ頭の女性ベテラン傭兵。彼女が語りかけてくる。
「お久しぶり、覚えてる?」
「あなたは――」
「覚えててくれたんだ」
「はい」
私が今回の任務を手に入れる前になかなか仕事が見つからず迷っていた時にアドバイスをくれたあの人だった。
「大任成功おめでとう」
「ありがとうございます!」
「よく頑張ったね」
「はい!」
彼女がくれた何気ないアドバイス。それがあったからこそ私は道を間違えなかった。そして集まった女性たちから次々に声がかけられてくる。
「それにしても驚いたわね」
「そうそう。女性なのに最前線で指揮をとるなんて」
「普通はなかなかそういう機会、巡り会えないからね」
「よく言うじゃない〝運〟も実力のうちってね」
「何言ってるのよ。運もあったろうけど、それを見事にこなしきったのは間違いなく彼女の実力の範疇よ」
「そうよね」
「絶対、2級の枠で収まるような人じゃないわよ」
「ええ、そうね」
そして最後をまとめるようにあの短い髪の人がこう言ってくれた。
「ルスト、もっと上を目指して。あなたなら絶対にできるわ」
私にはその言葉が心の底から嬉しかった。
「はいありがとうございます!」








