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星空の下のクリームスープとパン

「軍学校にいた頃、基礎的な肉体の鍛錬はもちろんやるし、護身術にとどまらない本格的な戦闘訓練もやるし、武器戦闘や銃や弓矢も徹底的に仕込まれるわ」

「やっぱりそうなんですね」

「もちろんよ。なにしろフェンデリオルの正規軍兵は自らが戦うよりも市民義勇兵や職業傭兵を率いて先頭に立つことが要求されるから」


 私は過去を思い出しながらさらに語る。


「一番鍛えられるのは持久力ね」

「持久力? 筋力とかじゃなくて?」

「もちろんでしょ? 先頭を立っている人間が先に潰れたりしたら、後に続いてくる人たちは一体どこに向かったらいいのか分からなくなってしまうでしょう?だから基本的な体力を徹底的に鍛えられるのよ」


 正規軍人は将来の指導者として徹底的に鍛えられる。誰かに依存するような甘い人間は身分がどういうものであろうと一切お断りなのだ。


「そこには男性も女性もない。平民も候族も無い。苦難を乗り越え最後まで戦場に立ち続けることが重要になるの。走り込み、重装備を身につけての長距離歩行、登山訓練なんていうのもあったわね。考え方が甘い候族のご子息ご令嬢の中には辛さのあまり途中で逃げ出す人もいたわ。それくらい厳しかったのよ」

「お姉さまはお辛くはなかったんですか?」


 当然の疑問だろう。アルセラの感覚からすれば到底理解の外だろう。


「辛くなかったと言えば嘘になるわ。でもね、私には軍の学校は理想の場所だったのよ」


 アルセラが私の話を真剣に聞いてくれているのが分かる。


「私と父親の仲がうまくいってなかったのは知っているわよね?」

「はい」

「そんな私にとって、誰にも邪魔されずに自分がやりたいことを徹底的に極められる。それが当時の私には何者にも代え難い大きな幸せだった。その幸せを守るためだったら、疲れたとか痛いとかそんなことは何の意味もないわ」


 軍学校時代の記憶は私にとって何よりも大切な財産なのだ。


「何より試練を乗り越えればそれだけ私は強くなれる。自分を試せば試すほど未来が開けてくる。そう信じていた。そしていつしか私は同学年の中で並ぶものがいなくなっていた。私の素質と才能に気付いた軍学校の講師たちはもっと専門的なことを学ばせるべきだって考えてくれたみたいなの」

「専門的なこと? 例えば?」

「精術学、軍事戦術学、戦略学、情報技術、最新軍事科学、他にも医学とか薬学とか、とにかく上級の指揮官として必要なものを徹底的に学ばせてもらえたの。その結果私は軍学校の頂点を極めることとなったの。それが私の15歳の頃だった」

「15歳……あっ……」


 私の話をそこまで聞いてアルセラは何かに気付いたらしい。


「もしかして失踪したあの――」

「ええ、そうよ」

 

 私は苦笑しながらも語って聞かせた。


「私の居場所は当時、軍学校にしかなかったの。完全に暴君と化していた父親とは一緒にいたくなかった。だからこそ自分が自分として振る舞える軍の世界は天職だった。軍の上層部も私という人間を認めてくれて正規軍入りすること何よりも望んでくれていた。でも――」


 そしてアルセラはあることに気づいてくれた。


「それを台無しにしてしまったのが」

「ええ、無理やりの結婚よ」


 私の話をそこまで聞いていたアルセラは急にお詫びの言葉を口にした。


「ごめんなさい」

「えっ? なんで?」

「だってお姉さまのお辛い記憶を思い起こさせてしまったみたいで」

「うふふ、気にすることないわよ?」

「そうなんですか?」

「ええ。それに私が好きで喋ったことだから」


 私は努めて明るく笑い飛ばした。

 まっすぐにまっすぐに夜の道を歩いていていつしか私たちは目的としていた小麦畑の真っ只中の広い野原へと辿り着いていた。

 目的地にたどり着いたことに気づいて私とアルセラは繋いでいた手を離す。

 手頃な場所を見つけてそれぞれの手に提げていたオイルランプを地面の上に置く。そして肩掛けカバンも地面に置くとその中から地面に敷く厚手の布地を取り出して大きく広げた。

 次にアルセラがその上にバスケットを置く。敷き布の片隅にオイルランプを置き、私たちはその上に腰を下ろした。横座りに座ると持参した毛布を広げて二人の体を同時に包んでいく。

 私達は毛布の中でお互いの体を寄せ合いながら頭上を見上げた。


「綺麗」

「満天の星空ね」

「はい! ここは周りに明かりが何もないから夜空がどこまでも見渡せます」

「そうね」


 そしてアルセラはあることに気づいた。


「お姉さま」

「なに?」

「月明かりの下って想像していたよりもずっと明るいんですね」

「もちろんよ。見てあの星空」


 私たちはふたりで夜空を仰いだ。天上には銀細工を振りまいたような輝く星々が無数にきらめいていた。

 それを目の当たりにしてアルセラは思わず声を上げた。


「うわあぁ! すごい!」


 まさに降り注ぐような星空の輝きを目の当たりにしてアルセラは感動していた。私は言う。


「あなたにこれを見せてあげたかったの」


 その言葉にアルセラは私の横顔を見つめた。


「昔から軍学校時代の野営訓練とか、傭兵としての野営とかでこういう星空は度々見ているのよ。いつ見ても心が洗われるようなこの輝きでしょ? これをあなたにどうしても見せてあげたかったのよ」

「それで私をここに?」

「うん!」


 にこりと笑って微笑みかける。アルセラの嬉しそうな顔が見える。でもちょうどその時、アルセラは寒そうに震えた。


「大丈夫?」


 そう声をかけながらアルセラを抱き寄せる。その小さな体は私の腕の中に収まってしまう。


「はい。暖かいです」

「そろそろ何か食べようか」

「はい!」


 そしてノリアさんが用意してくれていた夕食の入っているバスケットを開ける。その中にあったのは意外なものだった。

 バスケットの中に薄く平たい金属の箱が敷かれている。そこから暖かい熱気が立ち上ってくる。食べ物を冷やさないためのフードウォーマー、箱の中に熱湯が入れてあるものだ。

 フードウォーマーで暖められていたのはスープカップの上にパイ生地で蓋をしたスープポット。その中に熱々のスープが入っている。

 食べ物は丸パンを水平に半分に切り、その間に厚焼きのハム肉やピクルスや青野菜を挟んだもの。私たちが出発する直前に時間を合わせて作ってくれたものだった。


 私とアルセラ、それぞれの膝の上に小さなマットを引き、さらにその上に調理した丸パンと、スープポットを置く。スープポットをいただくための小さなスプーンも添えられていた。


「いただきましょう」

「はい」


 私たちはこれを作ってくれたノリアさんに感謝しながら味わった。ふわふわの丸パンの間に挟まれた食材は肉の味わいと野菜の風味とがマッチして何よりも食べ応えがあった。

 そしてスープポット。

 中に入っていたのは濃厚なクリームスープ。川魚の身ときのこ、それと人参が入っている。熱々のスープはこの寒空の下では体を芯から温めてくれる。

 それはまさにご馳走といえた。私たちの顔に自然に笑顔が漏れてくる。


「美味しいです」

「そうね」


 アルセラがさらに言う。


「懇親会でのどんなご馳走よりも、今この時の一杯のスープが一番美味しいです」

「私もよ」


 それから静かにスープとパンを食していく。ほどなくして私たちは夜食を食べ終えた。空になった食器をバスケットの中にしまう。腹を満たした私達はあらためて頭上を仰いだ。


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