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戦線崩壊

■トルネデアス軍・第1陣――アフマッド・セメト・カルテズ将軍



「落ち着けお前ら! 隊列を乱すな! 指示に従えぇ!」


 悲鳴のような怒号が上がる。

 散り散りになり、統率を失い、囲みの一部に開けられた隙間めがけて兵たちが流れ始めている。

 それは一部の人間だったが、助かる道があるというのならそれにすがりたいと思うのは人として当然の感情だろう。


 再び悲鳴のような怒号が上がった。


「貴様ら! 逃げるなぁ!!」


 だがもはやそのような命令は何の意味も持たなかった。

 完全包囲、切り込み隊長の敗北、戦略の失敗、そして、


――パオオオオオオッン!!――


 轟き渡る戦象の威嚇音。

 もはや戦闘の士気を盛り上げられる要素はどこにも見つけられない。

 彼らの後方では、敵であるフェンデリオルに鹵獲(ろかく)された戦象たち5頭が、1列横隊になり揃って威嚇をしている。

 自軍側で味方としているのならこれほど心強い存在はない。だが敵に回した時のその威圧感と迫力はそうそう簡単に逃れられるものではない。


「うわ……」

「やべえぞ」

「こんなのやってられるか」


 兵たちの間から、弱音が次々に漏れてくる。


「おい、囲いの一部破れたぞ」

「罠じゃないのか?」

「罠でも何でもいい! 逃げるぞ!」


 そして逃亡が始まった。


「逃げろぉ!」


 誰かがそう叫びをあげるとそれは流行り病のように伝播する。一部が逃げ始めれば、他もそれにつられて戦線から離脱する機運が瞬く間に広がっていく。

 もはや戦闘態勢の維持は不可能になっていた。

 前線部隊を指揮する百人長隊長があちこちで叫んでいる。

 

「逃げるなぁ! 敵前逃亡なるぞぉ!」

「反逆罪になってもいいのか!」


 だがその叫びも虚しいものだ。敗北し、潰走する軍隊においては、命令に従うよりもいかに生き残るかが重要なのだ。

 

――パオオオオオオンッ!!――

――バオオオオオオッ!!――


 戦象の叫びが聞こえる。

 

クヴァーロ(四つの) アゥレオーレ!(光を!)


 フェンデリオルが民族の誇りを象徴する言葉を叫ぶ。 

 

突撃(ストゥルーミ)!」


 戦いの趨勢を決定づけるための突撃の聖句が轟く。

 もはや勝敗は決定した。


 †     †     †

 

「お前ら、逃げるなぁ!」


 そう叫び声を上げているのはトルネデアス軍第1陣の指揮官であるアフマッド・セメト・カルテズ将軍だった。

 騎兵ラクダの上に跨りながら必死に命令を下していた。だがそれは誰にも届かない。

 今、アフマッドは己の視界に信じがたい物を見た。

 それは自らの直接の部下である上級武官のザイドとバドゥルの二人だった。

 

「どこへ行く! ザイド! バドゥル!」


 名を呼ばれて、ザイドだけはわずかに振り返り視線を向けてくる。だが、声を返すこともなく彼らは走り去った。

 そして、アフマッドの周りには逃亡できない者たちだけが残りつつある。

 致命的な傷を負い逃げられない者、

 逃亡を図るには位置的に不利な者、

 有効な武器を持たぬもの、

 残っているのはそう言う手合のものがほとんどであり、武器を持ち最後まで死地を枕に戦う気概の残っている者は数えるほどでしかなかった。

 その様な最後の者たちに囲まれて、どうにか生きながらえている状態だったが、アフマッドには『撤退』の二文字がどうしても口にできなかった。

 それを口にすれば、彼がこれまでに築き上げてきた栄耀栄華(えいようえいが)は砂上の楼閣のように崩れ去ってしまうだろう。

 だからこそ、彼にはカムランのような英断ができなかったのだ。だがそれは、トルネデアスの軍人として腰抜け以外の何物でもない。

 だが今、アフマッドはの前には、命の危機が迫っていた。彼はついに撤退を決意した。

 

「者ども! 撤退だ! さがれぇ!」


 追い詰められての撤退宣言がついに出る。だが、そのような遅きに失した無様な采配を晒す者には、侮蔑と敵意の視線しか向けられる事はない。

 アフマッドは屈辱と恐怖を感じつつも騎兵ラクダを反転させ走らせようとする。一縷の望みにすがるために。

 だが――、その時、裁きはついに下る。

 

――ヒュオッ!――


 風を斬る音を立てながら一本の矢が飛んでくる。青白い炎をたなびかせて大空から飛来する。それはまさに狙撃手バロンが、ベンヌの双角から放ったあの〝神罰の矢〟だった。

 トルネデアス軍の頭上の真一文字に横切りながら、まるで己の意思を持つかのように神罰の矢はアフマッドの存在を捉えた。その飛来軌道を急速に曲げると、矢じりの先をアフマッドへと狙い定めた。そして、急角度で下がりつつ襲いかかってきた。

 

「ひいっ!」


 青白い炎に包まれた一本の矢、

 さすがのアフマッドもそこに恐るべき意思を感じたに違いない。悲鳴と叫び声しか彼の喉からは出てこない。

 逃れようと騎兵ラクダを走らせようとするも――

 

――ブオッ!――


 神罰の矢はアフマッドを許さない。

 

――ドスッ――

 

 鈍い音を立てて神罰の矢がアフマッドの太ももに突き刺さる。それは骨にまで達する勢いだった。

 

「ぐぁあああああっ!」

 

 アフマッドの喉から悲鳴が上がる。苦悶の後に騎兵ラクダの上から転げ落ちる。

 岩砂漠の荒れた台地の上でアフマッドは頭を下にして投げ捨てられた。意識が一瞬にして飛んだ。

 微動だにしなくなった指揮官を尻目に、逃げれる者は皆、逃げていった。

 あとに残ったのは死者と負傷者と敗残者だけだ。

 今、アフマッドに付き従う者はだれも居ない。


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