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抱拳礼

 だが彼への疑問はもう一つある。


「――それともう一つ」

「革マスクの襲撃者の一団についてですね」

「はい」


 そうだ。あの暗殺者集団だ。彼らの語る言葉の源流を考えるとパックさんとの関連は疑いようがないのだ。


「アレもパックさんにゆかりのある方たちですね?」

「――はい。おっしゃるとおりです」


 パックさんがはっきりとうなずく。


「彼らの正体は『黒鎖(ヘイスォ)』――本来はフィッサール国内において逃亡奴隷の捕縛と処罰を目的とした秘密結社です。フィッサール連邦は自国の外に裏社会の結社が手を伸ばすことを望んでおりません。国威に関わるからです。それゆえ彼らに限って言えば、フィッサールの国外までは追ってこないはずなのですが――」

「それが追ってきたと言うことですね?」

「えぇ、本来はありえない事です。だがそれが今回はフェンデリオルにて活動しているのみならず、フェンデリオルの地方領主へと加担して、さらにはトルネデアスとつながっている可能性もある」

「そうですね、たしかに憂慮すべき事実です――」


 たしかに異常な事態だ。単なる地方領地間の領土争いでは済まされない。恐ろしく特別な事情が起きているとしか考えられない。


「――ですがこれで全て腑に落ちました。あなたが敵国内通の疑いをかけられたその理由も含めて」


 彼に関する答えは出揃った。ランパック・オーフリーと言う人物の真の姿がはっきりと浮かび上がる。だが、その彼から出てきた言葉は消え入りそうな詫びの言葉だ。


「申し訳ありません」

「なぜ謝るのですか?」

「私のような疑惑を向けられる余地のある者が居たばかりに皆様を巻き込んでしまいました」


 彼らしい一言だった。彼は決して他人へと責任転嫁をしないのだ。だが、今回ばかりは間違っている。

 私は毅然として言う。 


「その謝罪は間違っています」


 強い視線でじっと見つめながら言葉を続ける。


「本当に悪いのは他人の過去や居場所を踏みにじりながら、我欲を押し通そうとする黒幕の者たちです。あなたは彼らに付け込まれているだけに過ぎません。ですがパックさん――」


 私は彼を勇気づけるかのように。彼の誇りを護るように私は告げる。


「――あなたには素晴らしい技がある。命を救う知恵もある。だからあと少し、もう少しだけ、その力を私達に使っていただきたいのです」

「はい」

「そして貴方の汚名をそそぐ機会を作りたいのです――」


 汚名をそそぐ――その言葉を耳にしたとき彼の表情が変わった。すべての責任を背負ってしまう無意味な責任感の強さから、己の意思を頑なに貫きながら、その使命を果たそうとする武人としての姿だった。

 私の声が彼に響く。


「――時に〝象〟と言う生物はご存知ですか?」


 それに対する答えの言葉は力を帯びていた。それまでの弁明とは明らかに違う。


「風聞と書物で見聞きしたことはあります。巨躯の生き物で二階家に比するほど大きく、最大の武器として牙と長い鼻を有していると」

「はい、そのとおりです。おそらくトルネデアスの侵略軍は間違いなく戦争用に転用した〝戦象〟を投入してくるはずです。視覚的にも絶対に敵わないと言う絶望的な威圧をおしたてながら――」

「そして、こちらの市民義勇兵の部隊を潰走させようと言う筋書きなのですね?」

「間違いなくそうでしょう。そのうえでお聞きしたいことが」

「はい」


 さぁ、いよいよ核心だ。彼をこの場へと呼出したことへの――


「あなたの技で〝戦象〟を倒せますか?」


 私の問いが彼へと届けば、彼は静かに微笑みながら力強く告げてくれた。


「すべての生き物は、頭部の脳髄と、胸部の心臓とを、停止させれば死に絶えます。それは人でも熊でも犬でも、無論、象でも何ら変わりはありません」


 そして彼は、フィッサールの礼儀である水平にした右手に左手を重ねる拱手(ゴンシュ)と呼ばれる仕草で――

 

「ルスト隊長――『そうあれかし』とご命じください。かかる結果をご覧にいれて差し上げましょう」


 それはまさに武術家である彼の誇りであり覚悟。私が聞きたかった言葉だった。

 思わず私の顔から笑みが溢れる。 

 

「ありがとうございます」


 ならば彼のその覚悟を信じよう。隊長として、人間として。私は毅然とした表情で告げる。


「ランパック3級傭兵に命じます。先行して西方平原にて単独で待機。トルネデアス軍の戦象部隊を壊滅させなさい」


 命令は下した。

 それを耳にしたパックさんは、右拳を力強く握り、それに左手を重ねるように添えて武術家としての最高の礼儀である抱拳礼(ボウチェンリィ)を示す。

 

「御意――、確かに拝命承りました」

「御武運を」

 

 彼の覚悟の言葉の後に、私の彼への言葉がかけられる。そこには満足げな笑みを浮かべつつも、鉄の意志で使命を果たそうとする武人の姿があった。

 彼は、野戦行軍用のマントコートをあらためて羽織ると、人目を避けてそのまま去って行ったのだ。


お願い:☆☆☆☆☆を★★★★★にして、ルストたちの戦いを応援してください!


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【旋風のルスト正当続編『新・旋風のルスト 英傑令嬢の特級傭兵ライフと、無頼英傑たちの国際精術戦線』】
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【旋風のルスト・アフターストーリー『それぞれの旅路』】


旋風のルスト外伝
『旋風のルスト・2次創作コラボ外伝シリーズ』連作集

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