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閑話 とある姉妹の旅立ち

≪飲食店同僚Aさん≫

『……突然……、仕事……放りだして、閉店までには帰ってくるって、言ってたんだけどなぁ……真面目だったし、ずっと一緒に働いてきたから残念です』


≪ご近所のBさん≫

『何日か前から捨てられていたみたいですよ。鳴き声がしてましたし。朝っていっても十時ぐらい? そのおじさんが餌をあげてたみたいです』


≪男性が前で倒れていた民家の奥さん≫

『なんかねぇ、すごい音がしたから気になって外に出てみたんだけど、男の人が倒れててね、あわてて駆け寄ったけど、返事もなくて急いで救急車呼んだんですよ。あとから子猫に気づいて、とりあえず一晩預かったけど、餌も、水も飲まなくて困っちゃったわ』


 テレビでインタビューされている人々の、映像と音声が流れていた。


「今回、犠牲となったこの男性は、何日か前から捨てられていたと見られる子猫の世話をしていたようで、気になって戻ってきたところを、増水で流れてきた何かで背中を強打して、そのまま亡くなった模様です」


「他にも全国で多数の犠牲者を出した、今回の台風十九号ですが……」


 チャンネルが切り替わる


≪保護団体のボランティア職員≫

『ええ、すごく問い合わせが増えたんですよ。里親になってくれる人もたくさん見つかって、とても喜んでます』


「この施設だけでなく、全国の施設でも同じように里親に関する問い合わせは増えているようで、たくさんの保護猫たちが、新しい家族として迎え入れられています」


「一方で、病気であったり、ひどい怪我をしている猫たちの、里親希望者は依然として少なく、保護施設での負担ともなっています」


「寄付金なども今回の報道でかなり増えたということですが、保護される猫たちは後を絶たず、動物を飼う際は命を預かるということをしっかり意識して、多頭飼いなどで不安があれば、すぐにこう言った施設などへ相談して欲しいということです」


 テレビの電源が落ち、室内には二人の女性が見守るなか、たくさんの猫たちがゲージの中でジャレあっていた。


「でもよかったですね、たくさんの里親さんが見つかって」

 とあるボランティア保護猫施設の一角で、二人の女性が沢山の猫の世話をしていた。


「そうね、寄付金もたくさん頂いたし助かったけれど、人ひとり亡くなっているのだから複雑な気分だわ」


 強い勢力を持ちながら、ゆっくりとしたスピードで日本列島を襲った台風十九号は、各地に大きな爪痕を残していた。

 各地で犠牲者が出ていたが、その中でも話題になっていたのは台風の中、捨て猫を保護しようとして台風の犠牲になったとみられる、一人の中年男性だった。


 増水の中、二匹の子猫の入った箱を抱えて避難している際に、流されてきた流木で背中を強打し、そのまま意識を失い死亡した男性は、最後の力を振り絞ったかのように、民家の軒先へ子猫たちを残していた。


 このニュースは美談としてたちまち全国で報道され、保護猫や保護犬などの話題も改めて見直され、ちょっとした里親ブームとなっていた。


「でもねぇ、この子猫たちはまだご飯食べてくれないのよ」

「あの男の人が持ってた最後の缶詰を、食べたきりですよね?」

「そうなのよ、せめて水だけでも飲んで欲しいのだけど」


 そういって女性二人の視線の先にあるのは二匹の子猫だった。

 白地に茶色が混ざった何処にでもいるミックス猫。それぞれ右耳と、左耳が茶色くなっているのが特徴だ。

 鳴くこともせず、ただうずくまっている。


「テレビで有名になってるから、里親希望はたくさんいるのだけど、このままじゃすぐ死んでしまうだろうし、送り出せないわよね……」

「ですね……」


 全国区でニュースなっているため、里親の問い合わせは多い。混乱を避けるため、施設の場所や名前などは伏せられているのが幸いだった。多数の人間が押し掛けられるような広い施設でもないし、猫も怯えてしまう。


「そろそろ今日の里親希望さんが来る時間よね」

「はい、お爺さんで、お孫さんが家を買ったらしくて、一緒に住むのに念願の猫も飼いたいって話です」

「羨ましいわね、うちの孫もそんな甲斐性あればいいんだけど、老後が心配だわ」


 女性二人の笑い声のなか、ずっと動かなかった二匹の子猫の耳が、ピクリと反応する。


「ごめんください、約束していた猫田じゃが……」

 扉を開けて、一人のお爺さんが施設にやって来た。白髪の混じった灰色の長い髪を後で括り、長い真っ白な顎髭を蓄えた、杖をついた和装姿のお爺さんだった。


「ようこそ、いらっしゃいませ!」

「猫田さん、わざわざありがとうございます」


『『ミーミー! ミーミー! ミーミー!』』

 女性がお爺さんを出迎えている時、先程まで死んでいるかのように静かだった二匹の子猫が騒ぎだす。ゲージから今すぐ出さんとばかりに、前足をバタつかせていた。


「ほっほっほ、元気な子たちじゃのぅ、これでも食うか?」

 お爺さんが取り出したのは、ベビーキャットフードの缶詰だった。それはニュースで取り上げられていた中年男性が、二匹の子猫に与えていたのと同じ物だった。


「この子たち、ちょっと事情がありまして、ずっと元気がなかったんですけど、急に元気になってどうしたのかしら?」


「猫田さん、その缶詰め、食べさせてあげてもいいですか?」


「ほっほっほ、構わんよ、そのために持ってきたようなものじゃからなぁ。

どれ、なにか適当な皿でも貰えんか、ワシが食べさせてみたいのじゃが?」


「あ、はい……こちらでどうぞ」


 女性から手渡された二つの皿に、お爺さんはそれぞれ缶詰の中身を取り出して盛り付けている。

 その間に、もう一人の女性が騒いでいる子猫たちのゲージを開けて、広い場所へ二匹を移動させる。その間も子猫たちは、ミーミー騒いでいるままだ。


「ほれ、ゆっくりとお食べ」

 お爺さんが微笑みながら、子猫たちの目の前に皿を置くと、二匹は一気に食べ出した。


「よかったわぁ、ずっとご飯も食べなくて、お水も飲んでくれなかったんですよ。どうしようか悩んでいたんですけど、ちょっと安心しました」


「私たちも同じ猫缶買ってきてみたんですけど、だめだったんですよね……何が違ったんでしょう」


 女性二人はやっとご飯を食べてくれた、二匹の子猫に安堵しながら不思議な出来事に首をかしげていた。


「さあのぅ、猫の気持ちは猫にしかわからないとも言えんが、この子たちなりに理由はあったのかもしれんのぉ」


 必死に生きようとするかのごとく、猫缶を食べる二匹を、三人はしばらく黙って見つめていた。


「ところで、この子たちはもう里親は見つかっておるのかのぅ?」

 お爺さんが問いかける。子猫たちはご飯を食べ終わり眠そうだ。


「いえ、ご飯も食べてくれない状態だったので、また見つかっていません」

 女性が答える。子猫たちはアクビをしている。


「では、ワシが引き取っても構わんか? これも何かの縁じゃろうて。なあお主たち、ワシのところで暮らすことになっても構わんか? ワシのところと言っても孫の家じゃがな、ほっほっほ」

 お爺さんが手を差し出しながら子猫たちへ語りかけると、返事をするかのように一声鳴いて、その手をペロペロと舐めている。


 女性二人はともに頷き合うと、

「いいと思いますよ、その子たちもお爺さんに懐いたみたいですし」


「では決まりじゃな! 手続きみたいなものはあるかのぅ? あと家に連れ帰るのにケースも欲しいんじゃが、無論、金は払うぞ。あといくらか寄付もしておこうかのぅ」


 こうしてまた、二匹の子猫たちが新しい家族のもとへ旅立っていった。

 もっとも、この地球ではないかも知れないが。




お読みいただきありがとうございます

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