重い湯船と形になる想い
突然流れてきたアナウンスの内容を見て、一瞬フリーズしてしまった。
なんだよ都市機能って、マイホーム通り越してマイシティって、箱庭系ゲームでもしてるのか俺は……。
「とりあえず、お屋敷は下準備ができましたのでもう、入ってもらっても大丈夫です。次は使用人さんの寮へお願いできますか?」
アップデートされた内容はあとで確認するとして、今やらないとダメなことを先にやってしまおう。
領主さま、ソフィーさまとお付きのメイドさんに、執事さん、そしてヘンリーさま以外はお屋敷に入り、仕事へ戻るようだ。
「本当にすぐ終わってしまうのだな」
「準備だけですからね、あとで水場の相談などはしないといけませんが、設置する場所さえ決まればそれもすぐ終わります」
領主さまと話している間に使用人寮に到着したので、同じように管理者権限のアカウントを発行して許可してもらう。
ピロ~ン
≪異世界住居(従業員寮)が解放されました≫
はい、今回は予想してましたので驚きません。
「こちらも下準備は完了しましたので、お屋敷へ戻ります」
そしてまた、ゾロゾロとお屋敷へ戻り、建前上の第一目的であるお風呂の改造に着手することにする。
ミカエルはソフィーさまのお部屋に戻ってもらいお留守番だ。ずっと抱っこしてるわけにもいかないからな。
お屋敷のお風呂場に入ると、なるほどこれは水をためるのが大変な作業になりそうなサイズだった。
「ソフィーさまが遠慮されるのがよくわかりました。このサイズだとかなり重労働ですね」
「ですので一度水を入れた場合、洗浄魔法を使い、何度か利用することにしております。水を捨てる日は使用人の入浴許可をいただいております」
執事さんが説明してくれたけど、重労働のご褒美としてお風呂を解放してるのね。
「ではちょっと改造しますが、私のセンスでデザインしてしまっていいでしょうか?」
「猫になるのか?」
と領主さま。
「猫にしましょうか?」
と俺。
「猫以外で頼む」
再び領主さま、即答ですか……。だが、あえてネコ科で行こう! どうせ分かるまい。
と言うわけでお風呂のパーツに、よくありがちなライオンの口からお湯が出るのがあったのでそれを選択、浴槽の素材に一番高価な鋳物ホーローを選択。
この時点で風呂場とは思えない金額となったけどまあいいや。ガス給湯にして温度設定と湯量設定パネルを追加。
それに見合うシャワーなんかの浴室設備も一式用意して、浴室自体を魔改造。ついでに脱衣場も忘れずに。
そして予算は気にせず、さっそく設置しようとしたらエラーメッセージ
≪重量過多のため設置場所の強度がたりません。設置場所を自動調整しますか?≫
重いのかよ! 自動調整できるのかよ! もちろん頼むよ!
≪自動調整モードで浴室設備を更新します。浴室から直ちに退室してください。退室後、更新完了まで浴室をロックします≫
「改装の準備ができましたが、一度浴室から出なければなりません、その間にトイレも済ましてしまいましょう」
またゾロゾロと浴室から出て、いくつかあるトイレへ向かい、それぞれを更新していく。こっちは簡単に作業が終わった。あ、水洗用のトイレットペーパーが必要になるな。
決して安いのは選ばない、あれは痛い場合がある。というわけで肌触り重視でペーパーも設置。
ミカエル用のトイレ周辺も整備して、自宅と同じように新鮮な水が飲めるように一緒に水場も作って、換気扇を設置しておいた。
「トイレは終わりましたので浴室に戻りましょうか。改装も終わってますので設備の説明を致します」
更新自体は最初のトイレに到着する頃には終わってたんだけどね。
「では、生まれ変わったお風呂をご覧下さい!」
まずは空調を完備した脱衣場である。大きな姿見とドライヤーも用意しておいた。ふかふかのタオル類も各種とりそろえております。
「こちらは温風の出る魔法具となりますので、ソフィーさまの美しい髪を乾かすのにご利用ください。タオル類も肌触りがよく、吸水性のよいものをご用意しました」
実際にドライヤーのスイッチを入れて、メイドさんが試している。領主さま、ソフィーさまは、タオルの手触りを確かめている。
「向こうのお風呂にあるタオルも素晴らしいものでしたが、こちらのタオルは数段品質が上な気がするのですが……」
ソフィーさまがその肌触りに若干うっとりしてる。
「こちらは高級品をご用意しましたので、あちらの一般的な品質に比べるべくもございません」
「あれで一般的であったのか……」
そんな頻繁に使うと思ってなかったからね、当たり障りのない普通のタオルでしたよ領主さま。
「まあこちらは前座でございますので、どうぞメインの浴場をごらんください!」
ババーン! っと効果音が付きそうな感じで、浴室へと続くすりガラスの扉を開け放つ!
シックな装いのシャワー周辺設備に、ピカピカに輝く鋳物ホーローの浴槽。そして定番のライオン!
「こちらのパネルで温度調整が出来ます。シャワーと浴槽の温度は別に設定できます。お好みになりますが、四十℃ぐらいから調整してみてください。お湯はあちらの動物の口からでます。ライオンと言うとても強い、獣の王者です」
四十三℃で設定して給湯を開始する、とりあえず最大で。中々の湯量である。
「お湯の量はこちらで調整してください。一定量以上になるとある程度は排水されますが、最大供給だと溢れるかもしれませんので注意してください」
「獣の王者か、猫好きの君にしては上出来ではないか、気に入ったぞ」
え、領主さまにさりげなくディスられてる?
「お父様の好みにはぴったりかもしれませんが、わたくしは猫がよかったです。それにしてもこちらも材質が、かなり違うように思えるのですが?」
費用の桁が違いますからねソフィーさま。
「これも最高級の品質でご用意しましたのでやはり、比べるべくもございません。さっそく今日にでもお楽しみいただいてご堪能ください。用意も清掃もご要望通り、今までより楽になりましたので毎日でも大丈夫ですよ」
よし、ミッションコンプリートだぜ!
この後、メイドさんたちにお風呂場の説明を、除湿用の換気扇とか、冬場の脱衣場暖房とか、浴室暖房とか、あとトイレのお尻シャワーの説明などなど行いました。
料理人さん、使用人さんと相談して水道設備の設置も行った。この辺は実際使ってみないとわからないこともあるだろうから、数日使ってみてからもう一度相談することにした。
魔石を使う魔法具の調理器具関係はそのままにしておいた。この辺は使い慣れているもので問題ないでしょう。
そしてお屋敷をあとにして使用人さんの寮へ出向き、トイレを改装。使っていない部屋があったので、男女別で浴室を新設しておいた。こっちの素材はアクリル製の人工大理石仕様にして給湯方式も単純にしておいたよ。
説明はしてないけどエアコンを設置しておいた。夏はともかく冬場は辛いでしょ。また寒くなったら説明に来るよ。
賄いもこっちで作って交代で食べる人が多いようなので、ガスコンロとフライパンや鍋などをプレゼントしておいた。こっちまで魔法具は用意されてなかったからね。
水道設備も相談の上、設置して、俺の仕事は一応の終わりを見た。
下水とかもそうだけど、重量は制限あるのに配管や配線関係は一体どうなっているのだろうか?
そして俺は考えるのをやめた! 猫神さまから頂いた能力だし、勝手に都市管理とかの機能まで増えるし、深く考えたら負けだ。ダメなときはきっとまた警告が出て、自動調整してくれるでしょ。
初めての作業に満足しつつも一部疑問は感じたが、領主さまへ一連の作業がすべて終了したことを伝える。
「これでお風呂やトイレに付随する作業はすべて終わりました。水場の設備に関しては、実際に使ってみないとわからない部分もあるかと思われますので、後日ご相談いただければ調整致します」
「うむ、ご苦労である。連絡の手段なのだが、あの『猫電話』は屋敷で使うことは出来ないのか?」
あ、忘れてたよ、使えるようになってるよ。シャム猫仕様の電話機も確保してあるのも、すっかり忘れてたよ!
「そうですね、毎回あちらへ出向くのも面倒だと思いますので、お屋敷に設置しますね」
忘れていたことを悟らせないように平然を装うが、お付きのメイドさんから鋭い視線を感じた!
「設置場所はどういたしましょう? 領主さまの執務室と、お屋敷の受付用に一つあればよいですか?」
受付用にミカエル仕様の猫電話でいいだろう、領主さまのはどうしようかな。
「タケル君、わたくしの部屋を忘れてますよ?」
忘れてないよ、忘れてる振りをしていたんだよ。大人になるって悲しいことなのさ。助けを求めるように領主さまへ視線を向ける。
「私の執務室、ソフィーの部屋、受付用、三つ頼めるか?」
援軍は来なかった……。
まず、執務室へ設置することにしたがデザインで揉めた。
「普通のはないのか?」
と色々な種類の可愛い猫柄を、一通り説明したあとの台詞がこれですよ!
仕方がないので猫シリーズデザインではなく、アンティーク調の貴族っぽい電話機を用意した。同一メーカーなので猫デザインとの内線機能も付いている。
続いてソフィーさまのお部屋へ向かう、やはりいい香りがするような気がするので軽く深呼吸したら、またお付きのメイドさんから今度は蔑むような視線を感じる。
なんだか段々とこのメイドさんからの視線に、快感を感じつつあるのはきっと気のせいだろう。
「ソフィーさまのはこちらでよろしいでしょうか?」
ミカエル仕様の猫電話を取り出し確認してもらう。
「まあ素敵ですね、ミカエルそっくりです!」
とまあ、予想通りに喜んでくれたのでこちらは問題ない。
あとは執事さんに受付用の場所を決めてもらって、そこにはクロネコ電話を設置。そして内線を実際にやってみながら説明した。面倒なのでもう一台を説明する場所に繋いで、その場でやり取りしてもらった。
「こんな感じで、わざわざ出向かなくても呼び出して、電話を繋ぐことが出来ますので楽になりますよ」
と、どや顔で機能の説明をしたが執事さん筆頭に、使用人さんたちの反応が芳しくない。
「お呼びだし頂くのはともかく、私どもが旦那さまや、お嬢様を呼び出すというのは……」
うわぁ……貴族社会面倒なんだね。結局、受付に電話が来る、領主さまやお嬢様へ電話が入ったことを伝えに使用人が向かう、お付きの執事やメイドさんに伝える、また使用人が受付に戻り内線で呼び出す、お付きの人が内線を受け取り、主人へ渡すというなんとも遠回りな方式になりました。
まあ使っているうちに非効率だってことに気づくだろう。非効率こそが貴族的って可能性もなくはないが。
スマホタイプの持ち運びできる電話端末だってもちろん用意はできるが、あれを導入しちゃうと便利だけど、二十四時間呼び出し可能な社畜製造機械になっちゃいそうだから、こっちの世界には持ち込まないぜ!
そんな理由で使用人寮には猫電話は設置しなかった。話題にもならなかったしね。
「電話が入ったとしても全部、私からなのであまり難しく考える必要はないと思いますよ」
そうなのだ、これはあくまでもトイレや、お風呂などの消耗品発注や、設備に対してのアフターサービス的な相談用として設置するだけで、ほぼ一方通行なんだよね、俺から連絡することなんてほどんどないし。
トントン、と肩を叩かれ振り向くとそこにヘンリーさまの笑顔。笑ってるけど笑ってない笑顔。見なかったことにした。
今度こそ仕事は終わったけど、それでは仕事は終わりましたので帰ります! というわけにも行かず、いつものお部屋で、バリエーションの増えたお茶をみんなで楽しむこととなりました。
「君のことだから、途方もないことになるとは覚悟していたが、予想以上であったな。庭に建てた家の設備からある程度は予想していたのだが、あれが最上ではなかったことに驚かされた」
新しい香りのお茶を楽しみながら、領主さまはご機嫌である。設備にご機嫌なのか、可愛い娘が無事手元に帰ってきたのが嬉しいのかは定かではないが、野暮なことは聞くまい。
「ご満足いただけて何よりです」
「使用人たちの浴室まで作っていただいて、食堂もたいへん便利になったと聞いております。使用人一同大変感謝しております」
執事のセバスチャンさんにも、さっきから感謝されっぱなし。
「私はただソフィーさまの想いを形にしただけです。感謝であればソフィーさまと、快くその想いを形にする許可をだされた領主さまへお願いします」
「タケル君以外に、その想いを形にする力を持っている者がいるとは思えんがな。今後とも娘の力になってくれると期待しているぞ」
「不束ものでございますが、よろしくお願いしますね、タケル君! あとお電話もお待ちしておりますね」
なんか違う意味になってませんかソフィーさま……。俺から電話するのも何か確定事項になっているっぽいんですが。
「セバスチャン、あれをタケルくんへ」
「かしこまりました」
「本日使用した魔力に対する経費としての魔石となる、受け取ってくれたまえ」
必要以上に豪華な箱に入った魔石を受け取ってしまった。さすが貴族さま、見映えを気にするんですね。
「謹んで頂戴致します」
まあ貰っておきます。これで報酬の受け取りも終わったし、さっさと帰りますか!
「これとは別に、本日の褒美をギルドを通じて用意しておいたので、受け取ってくれたまえ、娘のわがままということがことなので、少ない報酬であるが許してほしい」
要らないですぅぅぅぅ! せっかく貰いすぎな前回の報酬を、浴室改造メインで還元したのに何してくれてるんですか領主さま!
「報酬は魔石で十分いただいておりますので……」
「もう手配が終わっておるし、返されても受けとれぬぞ」
なんてこったい……。
「前にも言ったが貴族には貴族の面子があるのだよ。なくて困ることはあっても、貰って困ることはないだろう、諦めて受け取っておきたまえ少年」
ヘンリーさまの追い討ちで敢えなく俺は討ち死にしたのであった。
夕食のお誘いはいつもの通り丁重にお断りした。帰る間際に、
「リーナ君が少年を心待にしていたぞ。あまり女性を待たせるのは良くないよ、私からも相談があるので明日にでも顔を出したまえ」
と、ヘンリーさまからありがたい情報をいただきました!
全然ありがたくないです! ヘンリーさまの相談も出来れば遠慮したいです!
女性を待たせるっていうところに、何で反応してるんですかソフィーさま、目のハイライトが一瞬消えた気がするのは気のせいですよね!
とても疲れた一日だったけど、自宅に戻った俺は猫トイレの掃除とか水場と餌の片付けをして、ミカエルの匂いが気になるのか、スンスンしてくる二人にお留守番ご褒美の『ハイ!ちゅ~ぶ』をあげたあと、存分にモフモフして、お風呂にゆっくりと浸かって疲れを癒した。
「なんか、自分の家よりどんどんお屋敷が豪華で、快適になってる気がする……あと、何か忘れているような気がするけどまあいいか」
いや、贅沢は敵なんだ、俺は庶民で十分さ。
ご飯も食べて今日は二人のご褒美もなくて、ちょっと寂しいけどゆったりとベッドに寝転び、俺の意識は吸い込まれていった。
翌朝、アップデートされたマイホーム機能のことを思い出すまでという、束の間の休息ということを、その時、まだ俺は知るよしもなかった。
お読みいただきありがとうございます。




