領主さまの憂鬱
『にゃ~ん、にゃ~ん、にゃ~ん』
マイホームの猫リフォームも無事に終わった次の日、頭の使いすぎで疲れてたのか、いつもと違う時間の猫電話着信音で目を覚ました。
春の陽気に誘われたのか、昼過ぎまで寝てしまったようだ。
すでに着信音は途絶えてるので、屋敷に向かわないとダメだなぁと思いつつ、二階に移設した洗面室で顔を洗う。
リフォームの関係で二階のトイレを無くして、寝室に隣接していた無駄に広いクローゼットスペースの一部も足して洗面室にしたんだ。
どうせ俺しか使わないしね。
残りのクローゼットスペースは、ベランダスペースと洗濯場にしておいた。晴れていたらベランダで、雨なら室内乾燥できるような感じ。
男の独り暮らしで、そこまで服の収納スペース要らないし。
着替えをしてから、一階に降りて楓と紅葉のカリカリフードを補充して、ついでに猫トイレの掃除もしておいた。
リビングへ行くと二人が南の猫窓から街道を眺めていたけど、寝てるだけかもね。
「ちょっとお屋敷いってくるから、留守番しててな!」
遅めの朝ごはん兼昼ごはんを食べて二人に声をかけたら、しっぽだけ振ってくれたんだけど、ちゃんと聞こえてるんだろうか……まあいいや。
二階の猫部屋から、領主さまの屋敷にあるセカンドハウスへ転移する。
「うぉ!」
転移が完了して最初に目の前に飛び込んできたのは、ベッドで眠るソフィーさまと、ミカエルだったので思わず声が出てしまった。
ミカエルはともかく、ソフィーさまが無防備過ぎて色々とヤバイ!
首筋とか見えそうで見えない胸元とか、チラッとのぞく太ももとか!!
あとプラチナブロンドの髪の毛も一層艶々と輝いていて、やっぱり心の健康は身体に反映されるんだなぁ。
「失礼致します、お嬢様。お目覚めになら……」
俺の声に反応したのか、お付きのメイドさんが部屋に入ってきて目が合う。
「失礼致しました、ごゆっくりどうぞ。旦那さまには黙っておきますので、ご心配には及びません」
そう言って再び部屋を出るメイドさん……いやいや違うから、何もしてないしするつもりもないから! 見てるだけだから!
急いで部屋を出てメイドさんを探すが、一階へ降りたようで見当たらない。一階へ降りるとちょうど家を出ようとするメイドさん!
俺の気配に気づいたのか振り返ってくれた、どうやら間に合った、誤解を解こう。
「タケルさま、いくらなんでも早すぎませんか?」
ナニガデスカ……。
「いや、誤解ですよ、何もしてませんから!」
偶然ですよ、たまたまですよ! 見てたけど!
「ただのヘタレですか」
「え……」
「そういえば、旦那さまが先ほどこちらへ来られて、猫電話されてましたのでお呼び出しでしょうか?」
何だか酷いことを言われた気がしないでもないが、気のせいかな?
「そうですね、お電話頂いていたようですが出れませんでしたので、直接お伺いに参りました」
「そうでしたか、申し訳ございませんが、私はお嬢様のお側を離れるわけにはまいりませんので、お屋敷へご案内はできませんが、よろしいでしょうか」
今さっき、家から出ようとしてましたよね?
「もちろん、邪魔だと仰るのでしたら二時間ほどお暇を頂くのも、やぶさかではございません」
「ダイジョウブデス、一人でお屋敷へ行きますのでお構い無く」
「承知致しました、お気を付けていってらっしゃいませ」
何だかとても疲れたよ。メイドさん恐るべし!
直接お屋敷に一人で入るのも気が引けたので、門へ向かい領主さまへ取り次ぎをお願いすると、程なく案内のために執事のお爺さんが来てくれた。
「お電話いただいていたようなのですが、何かございましたか?」
「はい、旦那さまがご相談があるとのことでしたので、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「時間はありますので案内して頂けますか? 勝手にお屋敷に入るわけにもいきませんし」
「はい、もちろんでございます、ご案内致します、どうぞこちらへ」
案内してもらっている範囲の場所だけしか確認できていないが、ミカエルによる家具や柱などへの被害は今のところ無さそうだ。
爪研ぎの柱が役に立っていればいいんだけど。
「失礼致します、旦那さま、タケルさまをお連れ致しました」
「入りたまえ」
執事さんから領主さままで話が伝わっていたのか、待たされることもなく領主さまが居る部屋へ案内された。
執務とかで忙しくないんだろうか?
「わざわざ出向いてもらってすまないな、タケル君」
「いえ、そのための猫電話ですので。それで何か問題ですか?」
領主さま自ら電話してくるんだし、急ぎか大問題かそんな気がしたけど見た感じだとそうでもないか?
でも何となくだが寂しそう??
「そうだな……とりあえず掛けたまえ、お茶を淹れさせよう。タケル君から仕入れさせてもらっているお茶を気に入っていてね、同じものでよいかな?」
「はい、同じものでかまいません。気に入っていただけて幸いです。他にも違う香りの茶葉がございますので、今度試供品をお持ちしますね」
「そうか、それは楽しみだ」
まあそんな感じでソフィーさまの件で改めてお礼などを言われて、お茶が来るまで雑談となり本題はまだ出てこない。
お茶が運ばれてきて、メイドさんにお礼を言って、再び室内には領主さまと俺の二人だけ。
「それで領主さま、ご相談とはなんでしょうか?」
「うむ、その件だったな……」
どうも歯切れが悪いなぁ、何があったんだろうか。
お茶を飲みつつ、領主さまが切り出すのを待つ。
「娘がな……あまり屋敷に帰ってこないのだ」
はい?
「食事の時間などは屋敷で摂っているが、寝ている時間以外、ほぼ君が建ててくれた『セカンドハウス』だったか? あちらで過ごしておる」
ああ、そういうことか!
「淑女としての教育なども今まで出来なかった部分を、本来は始めたいところではある。が、せっかく元気になったのだ、しばらくは好きにさせるつもりではいたのだが……」
「つまり、寂しいと言うことですね」
直球でぶちこんでみたぜ!
気持ちはわからないでもないよ、俺も楓と紅葉が構ってくれないと寂しいもん!
「まあ、簡単にいってくれるとそうなる」
うーん、原因はなんだろうなぁ。ミカエルが猫部屋気に入っちゃったか?
「使用人たちから話を聞いた限りでは、ミカエルと楽しそうに過ごしているそうなので、心配はしていないのだが……。私自身も執務があるので、頻繁に構ってやれないのは仕方ないとしても、朝と、夜以外、屋敷で姿が見れないのも、それはそれで寂しいものなのだよ」
「わかりました、一度お嬢様とお話をして、それとなく原因を探ってみます。あと、この件に関して報酬などは不要です。前回で必要以上に頂いておりますので」
場合によっては失礼に値するかもだけど、マジで貰いすぎ感で申し訳ない上に、宝石転がしでさらに増えてるからね!
「そういったことは後程相談するとして、何か必要なものがあればこちらで手配するので遠慮なく申してくれ。手間をかけさせるがよろしく頼む」
「わかりました、さっそくあちらへ行って話をして参ります」
よし、ちょっくら一仕事してきますか!
「ソフィーさま、領主さまが寂しがっていますので、もう少しお屋敷で過ごされてはどうですか?」
ズバーン! っと、ど真ん中ストレート投げ込みました!
セカンドハウスへ戻り、メイドさんにソフィーさまが起きているか確認をして貰ったんだけど、
「寝ている方が都合がよいのではございませんか?」
とか、
「それでは鐘いくつ分、お暇を頂けばよろしいのでしょうか?」
「やはりヘタレですか」
とか言われたので全部否定したんだけど、あとまた何か酷いことを言われた気がした。うん、気のせいだね!
そんなこんなでちゃんと起きていたソフィーさまと今、猫部屋で対峙している。
持ち込まれたと思われるテーブルとソファーで優雅にお茶を飲みながら、そしてお気に入りのクッキー。
今回はソフィーさまの機嫌を取るため、しっとりクッキー(田舎のお母さんが手作りした風チョコチップ入りクッキー)を投入してある。
が、すでに投入した半分は戦線を離脱している。実際の戦いであれば壊滅状態である! メーデー! メーデー!
「もう、お父さまったら! ちゃんと朝と夜の、キスと、ハグは欠かしてませんのに!」
おう、さすが異世界親娘のスキンシップだぜ!
俺も毎日のモフモフは欠かしてないぜ!
「そうなのですか、それでもまあ執務の合間に、ソフィーさまの姿をまったく見れないというのも、きっと寂しいものなのですよ。目の届く場所に可愛い娘を置いておきたいというのは、親として当然の気持ちだと思います」
と言いつつも、ひょっとしたら何か不満があるのかもしれない。
「もう、可愛いだなんて……タケル君ってば……」
可愛いものは可愛いさ!
「にゃ~う」
部屋に備え付けられたキャットツリーの上から、ミカエルが構って欲しそうにソフィーさまを見て鳴いている。
「もし、何か領主さまに不満があるのでしたら、私からさりげなく伝えておきますので、この際全部出してしまいましょう!」
もちろん、さりげなく伝える気などまったくない、変化球なんて器用なものを俺は持ち合わせてない。あんなもの地球に捨ててきた!
口臭とか体臭なら異世界製品の力でなんとかしてみせるぜ、元おっさんは伊達じゃない!
「そんな不満だなんて! お父さまのことは尊敬してますし、もちろん愛しております」
と、そこまで言って急にモジモジしだすお嬢様。なんかスゲー可愛いんですけど!
「あのぅ……タケル君? お父さまとは関係なく、お願いがあるのですが聞いてもらえませんか?」
おや? ソフィーさまの様子が……!?
「こちらのとてもフカフカのベッドに、このお部屋の色々な猫用家具、わたくしもミカエルもとっても気に入っておりますの」
ああ、なるほどそう言うことね!
「にゃ~う」
再びキャットツリーからミカエル参戦、そうかおまえも気に入ったのか。
「あと、回すと水が出る設備に、素敵なお風呂……お水をお湯にすることは魔法具で簡単なのですが、お風呂一杯にお水を井戸から組み上げるのはとても大変な仕事なのです、あんなに簡単にお水を貯められる魔法具など、まして最初から温かいお湯が出るものなど、爺や、メイド長に聞いても見たことも、聞いたこともないそうです」
確かに大量の水を汲み上げるのは大変かもなぁ。ポンプとかないのか……使用人の仕事のことまで気にするとか、いい娘さんじゃないか。
感心してると、またモジモジしだすソフィーさま。
「……レ……イレが……」
ん?
「お、おトイレが素晴らしすぎるんです!!!」
顔を真っ赤にしながら遂に彼女の本音が出た気がする。確かにこの世界の物と比べれば、あれは良いものだ。
解決の糸口が見えてきた気がする。というか、丸見えである。
お読みいただきありがとうございます。