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閑話 とある少女の出会い

「おはよう、ソフィー」

「おはようございます、お父様」


 とあるお屋敷での、いつもの朝の風景が今日も繰り返されている。

 お父様と呼ばれた男性は、彫りの深い顔立ちで、ブラウン色の切り揃えられた髪と、強い意思を宿し鋭いけれども慈愛に満ちた瞳には、ソフィーと呼んだ少女が映っていた。

 ソフィーと呼ばれた少女は、光沢のあるプラチナブロンドの長い髪をメイドがうしろで軽く括り終わると、テーブルに並ぶカトラリーを掴む。

 そのプラチナの髪に映える、透き通るような白い肌は朝日を浴びてとても儚げで、今にも消えてしまいそうな印象を受ける。


 メイドから本日のメニューについて説明を受け、その手を取られてスープの入ったボウルへ導かれる。彼女の瞳は閉じられたままで何も映さず、うっすらとした光すらも感じることはない。


 いつもの風景ではあるが、ここ最近で少し変わったことがあった。少女の髪を彩っていた、銀色に輝く髪飾りが今はない。


 数日前に少女は庭の一角でお茶を楽しんでいた。優雅な午後のひとときは、お付きのメイドが所用で席を離れたとき、少女への柔らかい日差しを遮る大きな影と、鳥の羽ばたきで壊された。

 お屋敷の使用人たちが駆けつけたときには、乱れた髪やその白い手の甲から流れる鮮血にも気を止めることなく、必死に何かを探る少女がいた。


 幼いときからその髪を彩っていた、銀色の髪飾りはどこを探しても見つからず、少女は数日塞ぎ混んでしまった。


「今日はヘンリーに頼んでおいた、新しい髪飾りが届く日だ。朝食が終わったら部屋で準備をして待っているように」


「ヘンリー叔父様がいらっしゃるのですか?」


「そうだ、直接ソフィーに渡したいということだったのでな。会うのも久しぶりだろう」


「アンナも来るのですか?」


 少し喜びを見せた少女の顔は、アンナと呼ばれた少女の友人が来れないことを聞いて落胆を見せた。

 それでも、叔父と久しぶりに会えると言うことは、少女にとって楽しいイベントではあったのだが。


 少女を産み、少女が物心ついたころにはすでに病床にあった彼女の母親を治療すべく父や叔父は方々を廻り、薬や薬草を探して、王都から回復魔法を得意とする宮廷魔法師を借り受けるなどしたが、その甲斐もなく母親はまもなく息を引き取った――


『出会うこと、愛することを恐れないで。避けられない別れの未来を悲しまないで。私はソフィーとパパに出会えてとても幸せだったわ』

 その言葉と髪飾り、そしてその身に宿る呪いを少女へ残して――


 母親が亡くなったあとも叔父ヘンリーと、その娘アンナは、頻繁に屋敷を訪れ、母親をなくした少女のそばに寄り添った。特に娘のアンナは年も近いこともあり、とても仲のいい姉妹のように過ごした。

 母親から受け継いだ呪いで、少女の瞳から光が消え去っても二人の仲は変わらなかった。


 朝食が終わり、少女は部屋に戻りお付きのメイドの手を借り、叔父を迎える準備を整えて到着を待っていると、不意にとても温かな気配を感じ始めた。

 神聖で温かく、どこか母親を思い出させるかのような気配だった。


「お嬢様、ヘンリーさまがご到着されました。旦那さまがお呼びです」


 使用人が部屋をノックして用件を告げると、少女とメイドは部屋を応接室へ移す。


「ソフィーさま、お久しぶりでございます」

「叔父様もお元気そうで何よりです」


 久しぶりに会う叔父のかわらぬ優しい気配に感謝しつつも、少女の関心は屋敷の外にある別の気配に向けられていた。


「この度は、髪飾りをご所望と言うことでしたので、いくつかお持ちさせていただきましたが、その前に少しお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 ヘンリーは叔父という立場であっても、商人としての立場を崩していなかった。父親や少女にとってはいつまで経っても家族なのだが、裕福な商人の一人娘へ婿入りしたヘンリーとしては、余計なやっかみを受けるような危険は出来るだけ避けたいため、内心とは裏腹に外面は貴族に対する平民の商人そのものである。


「いつも言っているが、家族なのだからそう畏まらなくていいぞヘンリー。で、何が聞きたいんだ?」

「そうですよ、叔父様!」

「用があれば呼ぶのでここはいい、外で待っていてくれ」

 メイドや、執事も、その意図を汲んで用意したお茶のセットを残して退室する。

 応接室に家族三人だけになったことを確認して、ヘンリーは言葉を紡ぐ。


「今日の髪飾りの件だが、いつも身に付けていたあの髪飾り、ひょっとして失くしたのか?」


「ソフィーが庭で鳥に襲われたようでな。幸い傷は浅く、痕も残らなかったのだが、その時に失くしてしまったのだ。ショックでしばらく塞ぎ混んでいたのだが、怪我も癒えて元気になったので、新しいものをと思ってな」


「今朝、ギルドの業務が始まると同時に一人の少年がやってきたのだが、街の外で髪飾りを拾ったらしくてな。どうも鳥の巣の下で見つけたらしい」


「本当か!?」

「叔父様!」


「馬車で待たせてあるが、こちらへ呼んでもらってもよいか? 俺が預かって持ってきても良かったのだが、手柄を横取りするのも悪い気がしたからな。タケルという名の少年だ」


「もちろんだ!」

 テーブルに備え付けてある鈴を鳴らして執事を呼び、ヘンリーの馬車で待っているタケルという名の少年を、ここへ案内するように指示を出す。


「手間をかけてさせてすまないな。商人としての勘もあったが、不思議な雰囲気の少年でもあったから、二人に会わせてみたいというのもあった」


 失くした髪飾りが見つかったかもしれないという喜びと、先ほどから気になっていたあの気配が、どんどんと近づいてきていることへの戸惑いで、少女はどこか落ち着かない。


「失礼いたします」

 ノックと共に執事の声がする。


「旦那さま、タケルさまをご案内しました」


 父親が何やら話をしているが、少女の耳には入ってこない。その気配を前にして、少女の胸の高まりは少年の声だけを拾っていた。


「初つにお目にかかります、猫商人のタケルでございます、以後お見知りおきください」


「お父様……」

 生と、聖を、生き生きと感じさせるその声に胸を踊らせ、父親の社交辞令的な会話など邪魔でしかない少女は、さっさと本題を切り出せと父親を急かす。

 何やら父親が話しているが、少女にはもう聞こえていない。


「はい、こちらです。洗浄魔法は掛けてあります」


 少年のその声だけははっきりと聞こえ、そのたびに心は軽くなっていく。髪飾りを失くした悲しみも、目が見えなくて父親や使用人たちに苦労を掛けさせてしまう息苦しさも、早くに母親を失くした深い悲しみも、決して消えはしない。

 けれど、その少年からは生きる喜びを感じ、出会いへの恐怖を薄れさせる何かを感じた。


『出会うこと、愛することを恐れないで』


 ふと、母親の言葉を思い出したとき、少女の手は父親の手に導かれて、冷たいけれど懐かしい金属の感触に触れる。


「……お母様……よかった……」

 その感触が失くしてしまった大切なものと同じことに安堵し、再び父親の声をさえぎり、少女は急に恥ずかしくなり小さな声になってしまったが、はっきりとその願望を口にする。


「――あの、お父様、わたくしからもお礼と、あの……お顔を……よろしいですか?」

 少年に触れたい、その温かさを直接感じたい、そう願ってしまった自分の心に気付き、とても恥ずかしくなるが、それよりも願いは強く、少女の透き通る肌を火照らせていく。


「だめでしょうか?」

 なかなか少年からの返事が聞こえないことに焦れた少女は、さらに言葉を紡ぐ。今の少女が少年の声を聞き逃すことはない。


「お嬢様、どうぞ」


「ソフィア・ディップです、タケル……君。ソフィーと呼んでください」

 少年の肯定を聞き、少女の心は踊る。そして少女は名乗った。その手で触れて欲しい、この手で触れたい、その声で名前を呼んで欲しい、その名を初めて呼んだ時の幸せを、きっと少女は一生忘れることはないだろう。


「失礼します」


 少女が差し出したその手は少年に包まれ、白い手は少年の頬へ導かれる。

 頬から始まり、鼻や、口許、唇、顎、瞼や、耳、髪の毛の細部に至るまで少女は手を滑らせる、何も映すことがなくなったその瞳に代わって少年を心に刻み込むように。


「ソフィー、もういいだろう?」


 存分に少年を感じることができ、やっと少女は二人の世界から帰ってきた。父親の声が届く。


「本当にありがとうございました、タケル君。お母様の形見だったの……」


 心からの感謝を少女は少年に送る。その手に残る感触と温かさが少女を包んでいる。


 褒美の話になり、少年はその思いを熱く語る。だが、父親や叔父はその話が進むにつれ警戒を強める。その警戒を感じ取ったのか、少年の熱意が消えそうになるのを少女は良しとせず、言葉を紡いだ。


「タケル君、なぜわたくしなのですか? それほど自信のあるものなら猫そのものを持ち込んで、街で売れば良いだけだと思うのです。なぜそうしないのですか?」


 少女は少年と出会った。少年はきっともっと確実な方法があるにも関わらず、少女に会いに来た。そこに答えはあった。


「それは猫がソフィーさまを望み、ソフィーさまもまた猫を望んでいるからです。その縁を! 運命を! 俺は繋ぎに来たんです! 信じてもらえませんか? そしてその手を俺に託してくれませんか?」


 答えを手にした少年は、その答えを受け止めるべき少女へ問いかける。

 父親の静止を遮り、少女は、少年へ、答えとともにその手を差し出す。


「――わたくしはタケル君を信じます!」


『――保護猫召喚!!』


 少年は少女の手を取り、少女は少年の思いを受け止め、運命の歯車が音を立てて回り出す。


 少年と少女の未来が猫の肉球のように柔らかく温かく、幸せなものになるようにと祝福するように黄金色に輝く肉球が二人を包む。


 その輝きが消える時、四つのサファイアブルーが再び輝きを取り戻し、光溢れる世界が幕を開けた。



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