躾とご褒美と連絡手段
せっかくなので異世界生活一年で培った手料理でもご馳走しようと思ったんだけど、よくよく考えると、すでにお屋敷の料理人さんが準備をしていることに気づいたんでやめておいた。
ソフィーさまの目が治ったあたりから執事さんが気を利かせて、俺と、ヘンリーさまの昼食も追加で用意してくれていた、グッジョブ!
よく考えたら初異世界料理だったよ! 不味くもないけど美味しい! ってほどでもない、いたって普通の料理……。
お野菜は甘味があって美味しかったから、市場で買って帰ってもいいかな? お屋敷と市場と素材が違ったりするかな……機会があれば聞いてみよう。
昼食が終わり、再び最初の応接室みたいなところでお茶を飲んでいる。茶葉はさっき建てたマイホームで飲んでいたのと同じだよ。
メイド長さんにお願いされたのでワンセットプレゼント。ソフィーさまお付きメイドさんからはクッキーを所望されたので、これもお徳用サイズでプレゼントしておいたよ。
そして目の前では嬉しそうに、それでいてお上品にクッキーを食べるお嬢様。お上品だが食べるペースは早い……普段と違うカロリー摂取を激しくするとぽっちゃり――
――そんなことを考えると突然寒気が襲いかかってきた、ミカエルさんそんなに睨まんといて、加護が漏れてるよ! 俺も加護持ちのはずなのに何故だぁぁぁ。
ちなみに俺は猫鑑定ができるようになりました! と言っても年齢と、性別に、大まかな品種が分かるだけです。年齢わかるのは助かります、保護された猫とか年齢は推定するしかないからね。
ミカエルさんは一歳半のお嬢様でした。
「本当にお元気になられて……爺はもう思い残すことはございません!!!」
って目が治ってからマイホームでミカエルの話をしてたり、自分でカトラリーを使って食事をしたり、久しぶりに顔を見る使用人たちに声を掛けてびっくりさせたりする、元気なソフィーさまを見続けて我慢できなくなった執事さんの涙腺が崩壊した。
それに釣られてお付きメイドさんも、
「私のお役目も必要なくなってしまいました……」
とポツリと思わず呟いてしまって、まずいと気づいたメイドさんに
「これからはミカエルのお世話を手伝ってくださいね? まだまだ増える予定ですから、暇になんてさせませんよ」
とフォローするソフィーさまたちを眺めつつ、お茶の時間を過ごした。
ミカエルは初めて入る部屋なんかはスンスン、スリスリしてるけど、応接室はマーキング終わってるようなので、今は美少女の膝上でおやすみ中だ。
美少女と猫! 眼福です!
しばらく猫雑談していたが、そろそろトイレの準備をしてやらないとダメだね、相談した結果、領主さまやソフィーさまが利用するトイレの近くに設置することにした。猫が増えたら専用スペースとか考えないとね。
なおトイレ後のブツは使用者が洗浄魔法を穴に向けて使い、溜まったブツにも毎日洗浄魔法をかけて、集めたものを焼却処分してるそうだ。
執事さんにこっそり聞いたんだよ、さすがに女性には聞けない話題だ、危険すぎる!
美少女とトイレと洗浄魔法の組み合わせで、一瞬変な考えが浮かんだがまた寒気がしたので霧散した!
設置が終わると我慢してたのか、早速、猫トイレで用を済ますミカエル嬢。みんな微笑ましくみてるけどセクハラや!
固まった猫砂に洗浄魔法をかけてもらい、専用スコップで掬って、人間用の穴へポイして終わりです、魔法便利だねぇ。
ちゃんとお利口さんに初めてのトイレを済ませたミカエル嬢には、ご褒美をあげないとね!
「ソフィーさま、こちらは猫用のおやつです。いい子にしていたり、お願いしたことを、ちゃんと守ったりしたときに与えてください」
「おやつですか!?」
いやいや、そこに反応しないで!
「猫用なので甘くはないですし、美味しくもないですよ。匂いも強いですが、猫が大好きな匂いと味なのでご褒美として最適です。ちゃんとトイレを出来たご褒美に、いま食べさせてみればどうですか?」
細長い袋に入ったペースト状の最強猫フード、『ハイ!ちゅ~ぶ』を一本ソフィーさまに渡して、先っぽを切り、ちょっと押し出す。
すでにミカエル嬢は匂いに釣られて興味津々、後ろ足で立ち上がって、ソフィーさまの膝を前足で掴んでいた。テンション高すぎぃ!
「ミカエルの口許へどうぞ、袋まで噛んで食べたりしないように、注意してくださいね」
二人はお互いにサファイアブルーの瞳を輝かせて、ひとときの幸せを堪能!
俺も堪能! 何度でも言おう、眼福であると!
「お皿に入れて与えるのもいいですが、こうやってスキンシップを取りながらというのも楽しいですよね。あとでフードや、おやつ、トイレの備品などはメイドさんにお渡ししますので、管理をお願いします」
「色々と準備してもらってはいるが、あとでちゃんと支払うので金額を伝えてくれたまえ。髪飾りや、解呪の報酬と含めて用意させよう」
「必要経費はともかく、報酬とかはいいですよ。私がしたいように行動した結果の副産物ですし、最初から期待はしていません」
「貴族にも、貴族の面子というものがあるのだよ少年、受けとるのもまた礼儀というものだ。受け取っておきなさい」
ヘンリーさまからのフォローもあり、領主さまもそういうことだしよろしく! みたいな顔をしてるので頷づくしかなかったよ!
貴族面倒くさい!
まあ面倒くさい人には慣れてるけどさ。
「こんな感じですね、あとは問題や疑問があればその都度、相談してもらえればいいと思います」
「君への連絡はどうすればいいのかな? どちらへ使いを出せばいいのか、教えて欲しい」
「それはこれから説明します。そろそろ帰りたいので庭へ行きませんか?
先程建てた家で説明します」
夕食までどうだーとか、泊まっていけばーとか、家があるのだから帰る必要ないではないかーとか、誘惑一杯だけど、楓と紅葉のいる家が俺のマイスイートホームだから帰るよ! 帰るったら帰るよ!
セカンドハウス――いちいち庭のマイホームとか面倒なので命名した――へ入り、ニャマゾンで例ものをポチる。ずっと前からチェックしてたけど使い道なかったんだよね。自宅には置くだけおいてあるけどさ。
物が入っていたダンボールに興味津々だったのでミカエルにプレゼント!
取り出したそれを、リビングの壁際にある四角いハイテーブルへ置いてケーブルを繋ぎセット完了!
「まあ、可愛い! クロネコさんですか! ミカエルさんのはないのですか!」
ソフィーさまが反応したそれは、昔懐かしい黒電話である。ただし、受話器は横を向いたクロネコを模してある。前足が耳に当てる部分で、後ろ足が口に当てる部分だ。
ダイアル部分の中央には肉球が配置され、ダイアルを回すと肉球も回る。そして猫の鳴き声が鳴る、数字によって鳴き声も違う。
一応デジタルなので短縮とか設定できるけど、鳴き声が可愛くてもったいないので、その都度ダイアルを回してもらうよ。
「残念ながらシャム猫はなかったかも……探しておきますのであれば、交換しておきますがとりあえず、クロネコを使ってください」
「それでこれはどう使うのだね?」
領主さま、せっかちな男はモテ……ますよね、どうみてもイケメンです、ちょー可愛い娘もいます、本当にありがとうございました!
「この猫の部分、『受話器』を持ち上げて、前足は耳へ、後ろ足は口許へ。そしてこの肉球周辺の数字を順番に、左から右へ回します。回す数字はこの紙に書いてあります」
自宅の電話番号はメモしておいたのを取り出しておく。
「この数字は私の自宅へ通じる番号なので、用事があればこれで連絡してください。必ず繋がるとは限りませんけど、連絡があったことは分かるので、繋がらなくても気づいたらこちらへ参ります」
「これでどうやって連絡できるのだ?」
ヘンリーさまも興味津々ですねー。猫よりも機能としての興味だろうけど。
「この『猫電話』ごとに番号が設定されています。この番号が私の自宅にある別の『猫電話』へ繋ぐ鍵になります。繋がったら、後ろ足へ用件を話してください、相手の前足からその言葉が聞こえるようになってます。相手の言葉はこちらの前足から聞こえるので、普通に会話できます」
「声を伝えられる距離の制限はあるのか?」
顔と声がマジです、怖いですヘンリーさま!
「なんとなく考えておられることは分かるのですが、今のところ私の建てた家同士でないと使えないので諦めてください」
「ならば各地のギルドや、施設を、彼に建て直してもらえれば……」
物騒なこと考えてますよ、無理ですよ、それ以上はダメですよ、猫神様の祟……加護が発動しちゃうよ!
「あまり欲を出しても、ロクな結果にはならんぞヘンリー、そこまでにしておけ!」
領主さまありがとう!!
「つまり、これを使えばいつでもタケル君に会えるってことですね!」
「まあ単純に言えばそうなんですが、ほどほどにお願いします」
電話の説明も終わったし、さっき言われてた必要経費の金額を領主さまへ伝えると、商業ギルドへ手配しておくから受けとるように言われた。
「では、そろそろ帰ります。ここの設備は自由に使ってもらって構いませんが、持ち出しができるのはお渡しした猫資料の入っているタブレットだけです」
「いいのかい?」
「はい、領主さま。土地を借りている代金がわりです。別途必要なものは持ち込んでください」
トイレと浴室も案内しておく、ヘンリーさまがまた何か言いたそうだったけど無視無視! 説明も書いてあるから大丈夫でしょ!
そして二階の寝室兼、猫部屋へ向かう。無論、全員ついてくるが、猫部屋の猫グッズにミカエル嬢のテンションはマックス最高潮で、はしゃぎ回っている。
ソフィーさまはシックな設えのふわふわベッドがお気に召したようだ、全身で堪能している。そういえば家具設定したら一気に建設費増えたから高級品なのかも。
「とってもふわふわです!」
「ソフィーはしたないぞ!」
「大丈夫ですよ、家族しかいませんから!」
いや、いや、いや、いや、俺がいるんですが、ドレスの隙間から白いお御足がチラチラと見えてます、ダメです、眩しすぎて、目が~目が~ぁぁ。
念のため予備のシーツ類を用意して、寝室関係や、アメニティなどの、洗濯が必要なものは持ち出し禁止を解除して、メイドさんに伝えておいた。
「では、今度こそ本当に帰ります。あ、街へ出るのに屋敷の門を出入りしないとだめでした、領主さま、許可をいただけませんか?」
「ギルドカードを出したまえ」
言われた通りに差し出すと、領主さまが何やら呪文を唱えたかと思うと、ギルドカードが輝きだした。
「屋敷への出入りを許可しておいたから、門番へ見せるだけでよい」
「ありがとうございます、それでは失礼します!」
俺は肉球転送陣を発動して、楓と紅葉の待つ自宅へ帰還した。
あ、門番さんへ滞在許可証返してないや、まあ明日でいいか!
ちなみにそれから毎日決まった時間にソフィーさまから電話が掛かってきて、今日のミカエルさん報告が始まることを、俺はまだ知るよしもなかった!
ほどほどって言ったよね!
お読みいただきありがとうございます。