捨て猫との出会い
今日もまた一日が始まろうとしている。
「おはようございます!」
いつもと変わらない同僚と、
「いらっしゃいませ!」
どんどん増える海外からの観光客、
「まいどおおきに!」
いつもと変わらぬ常連客。
そんな毎日を、今日も繰り返す。
「お疲れさまでした!」
今日も、一日が終わる。
何が言いたかったのかと言うと!
俺は、猫が好きなんだ!!!
明日は休みだ! 仕事はない!
早起き? 何それ、美味しいの?
朝までネットの海にモフり、いや潜り、愛しい猫画像や動画を堪能する。
愛らしい耳、鼻、口元!
宝石のような瞳!
ぷにぷにの肉球!
しっぽ、しっぽ、しっぽ!
ほんとはリアルな猫に会いたいんだけどな。ペットショップへ冷やかしに行くにしても、こんなおっさん一人は流石に迷惑過ぎるし、保護猫の譲渡会なんかも、ほぼ週末だ。
週末なんて、休めるか! 飲食店を舐めるな! 本当は暇だし、今なら休めないこともないんだけどな。何となく休みづらいんだよ。
それに引き受けるつもりもない譲渡会なんて、参加できないさ。ボランティアっていう手もあるんだが、おっさんだしな。休みも不定休で、なかなか難しい……という自分への言い訳をしつつ、近所の野良猫をちょっとモフる、いつもの休日です。
そういえば、恒例オータムなんとか宝くじが、売り出されていたな。前後賞合わせて十億円か。仕事やめて、マイホーム買って、猫飼って、モフモフできるな、それだけあれば。
夢だね、ロマンだね! 買わないと! 夢も、ロマンも、夢のままなんだよね。買うしかないね、三千円だけ。買ってしまいました。
食欲の秋、読書の秋、台風の秋!
台風が近づく秋の最中、いつもの通勤途中に見慣れぬダンボール。そしてかすかに聞こえる猫の鳴き声!
駆け寄って、ダンボールを覗くと、可愛らしい二匹の子猫! 白がメインで、所々に茶色の混ざる、どこにでも居るようなミックスだろう。俺の存在に気づいたのか「みーみー」鳴いている。お腹、減ってるんだね。
後ろ髪を引かれつつ、ダンボールから離れる。今は出勤途中で時間がない、すまん子猫たち! それだけ可愛ければ、きっと拾ってもらえるさ!
そう自分に言い聞かせ、俺は店に向かったのだが、子猫たちの鳴き声が耳に残る。そんな状態で仕事も若干上の空、気がつけば休憩時間だ。
二時間ある、家まで地下鉄で往復三十分! ペットショップで子猫用の餌を買い、百円ショップで雨をしのげそうなビニールと、餌用の紙皿を見繕い、子猫のもとへ急いだ。
ひょっとしたら、もう誰かに拾われているかもしれない。買った餌も、無駄になるかも知れない、それはそれで、いいじゃないか。
でも現実は、残酷だ、そこには朝と同じくダンボールがあり、か弱く鳴いている子猫二匹。
ペットショップで買った缶詰めタイプのベビーキャットフードを、紙皿に移してダンボールの中へ。缶詰を開けた瞬間に、匂いに気づいたのだろうか? 二匹のテンションがマックス最高潮!
さあ食え、貪れ! 水も置いておくぞ。缶詰で水分は、十分かもしれないがな。
お腹が減っていたのか、買ってきた猫缶をすべて平らげて満足したのか、子猫たちは眠ってしまった。
起こさないように、雨避けのビニールを被せていく。台風が近いし、いつ雨が降るか分からないからな。
ここまでするなら自分で保護しろよって言われそうだが、アパートはペット不可だしさ。小中学生の頃に飼っていた猫が死んでしまった記憶が、保護出来ない言い訳の一つになっているかも。
そんなこんなで子猫たちに餌をやりつつ二日後、台風は直撃コースに入っていた。もっと早く行動しておけばよかったと、後悔しても遅い。保護団体に連絡したが、台風の影響で施設もギリギリな状態だった。
『施設まで連れてきてもらえば、何とかなるのですが……』
そう提案されたが、休憩時間に行ける距離ではない。台風だけど、仕事も何故か休めない、先に休まれたからだ! 何人かは店に行かなければならない。
店で保護する?
飲食店だし無理だ!
連れて帰る?
大家さんに怒られる!
ガチで動物嫌いなんだよ、大家さん。
どうすることもできず、餌だけ置いて、俺は出勤した。
店にあるテレビは台風のニュースばかり、激しい風と、雨が、画面を揺らす。それを見るたびに、心は揺らぐ。
夜になって、この前に買った宝くじの抽選会の様子に、テレビが切り替わった。外は完全に大雨暴風状態だ。店にもお客さんは居ない。
宝くじが当たっていれば、今すぐ駆け出して、君たちを迎えにいくんだけどな。優しい誰かが保護してくれているさ、きっと。
「おやっさん! ちょっと、休憩いいですか? 宝くじ買ってたのを思い出したんで、確認したいです!」
すごいくだらない理由だか、状況も状況だったので、許可してくれた。十億当たったら「店に投資してくれよ」と、茶化されたが。
宝くじは鞄にいれたままだったので、取り出して、スマホを起動。宝くじのサイトを開き、番号を確認する。
一等 XX組 ○○△▽◎■●○▲七
まず第一関門の組数だな。お、XXやん! そして手持ちの番号を確認する。連番で買ったし、最後の桁が七だから、残り九桁一致したら前後賞で十億だな。
XX組 ○○△▽◎■●○▲一
二度見する。
XX組 ○○△▽◎■●○▲一
めくっていく。
XX組 ○○△▽◎■●○▲六
XX組 ○○△▽◎■●○▲七
XX組 ○○△▽◎■●○▲八
当たったのか! マジかよ! いきなり過ぎて、どう反応したらいいか、わからねえよ! 心臓やばい、手が震えてきた!
嬉しいぞ、嬉しいけど、そうじゃない、猫、猫、子猫たちだ!
十億あったら明日にでも、仕事なんて辞めてやる!
大家に追い出されたって、ペットオッケーなホテルなんかもあるはずだ!
何とかなる!
急いで私服へ着替え、宝くじは大事にしまい、傘と、鞄を持って、休憩室を飛び出した。
「おやっさん! 急用なんで、ちょっと出ます! 閉店までには戻ってきます!」
言いたいことだけ叫んで、振り向かず、俺は地下鉄の駅へと走り出した。
強風で、傘なんて意味はなかった。打ち付ける大粒の雨で、すでにパンツまでビチャビチャだ。
地下鉄に乗って、降りて、全力疾走。濡れた服が重くて気持ち悪いし、寒いが気にせず、子猫たちのもとへ。
スマホからは緊急警報がなっている。いつものことだ、どうせ山奥に避難警報が出てるんだろう。
地上へ出る階段に、水が落ちてきていた。地上に出ると、道路が冠水している。
この地域でここまで降った記憶がないぞ。
水の流れが重いが、なんとか子猫たちのダンボールにたどり着く。
「良かったのか、悪かったのか、誰かに保護されていれば、一番だったんだけどな。でも、もう大丈夫だ、帰ろう……家に」
独り言のように子猫たちへ語りかけ、ダンボールを持ち上げる。もう濡れてクチャクチャになりかけているが、子猫たちは元気なようだ。
気が緩んでいたのだろうか、勢いを増した水の流れに足元を掬われ、バランスを崩す。一気に増えた水量は膝を越え、腰まであと半分というところまで来ていた。
慌てて水の来ていない所を目指した。必死に進んだ、もうちょっとだ。
ガッン! と、背中に大きな何かがぶつかり、衝撃と共に骨が折れるような嫌な音が体に響く。
「おやっさん、すんません……」
子猫たちのダンボールを、なんとか雨の当たらない民家の軒先へ、倒れこむように置いた記憶を最後に、俺は意識を手放した。
お読みいただきありがとうございます。
2019/12/11
大幅に改稿しました。全体の流れには影響はありません。