5話(選択肢1) 謎の少年
レノアが向かったのは、海だった。
海はレノアにとってとても心安らぐ場所だ。
まだ幼かったレノアにとって、たくさんの悪意に満ちた社交界も、繋がりの薄い家族と暮らす家も、とても窮屈で、息苦しい場所だった。
それに耐えきれなくなったとき、こっそりと家を飛び出し、1人海に来ていた。
同じように家を抜け出し平民の人たちと話すのも好きだが、気持ちを落ち着けたいときは、海に行った方が穏やかな気持ちになれたのだ。
-ただただ、海を眺める-
そうすると、誤魔化し、隠して、気付かないふりをしていた悲しみに、少しだけ素直になれる
そして、ゆっくり、ゆっくり、少しずつ、その悲しみが薄れていく
-海を、じっと見つめる-
そうすれば、自分の悲しみも、悩みも、それが大きくても小さくても、すべてが海に呑み込まれて消えていく、そんな風に感じる
-海に行き、自分の悲しみをさらけだす-
そうすれば、まるで誰かが励ましてくれるような、“大丈夫だよ”と言われているような、そんなわけないのに、なぜだかそんな気がする
“ざっ”
ふと、波の音に、別の音がまじった。
それは、誰かの足音だった。
レノアは音の聞こえた方向へ顔を動かす。
「!」
レノアは思わず目を見開いた。
そこには、15歳ほどの少年が立っていた。
その少年の髪は、まるでここにある海の色をそのままうつしとったかのように、青のような、緑のような、時々色がないようにもみえる、不思議な色をしていた。
その髪色のせいかは、少年からはどこか人とはかけ離れた形容しがたい雰囲気を感じ、思わずその姿をじっと見つめてしまう。
そして少年も、まるで幼い子供のような純粋で無邪気な瞳で、レノアをじっと見つめ返す。
その瞳は、本当に純粋に、まるで幼い子供が宝物を見つけたかのように、キラキラとレノアを見つめており、おそらく15,6くらいだろう少年の年齢を考えると、幼すぎると感じるものだった。
「………あ、あのぉ、こんにちは?」
少年の独特な雰囲気に戸惑いながらも、レノアはそっと声をかける。
「………………うみ」
「…え?」
少年は、暫く黙ったのち小さく声をだすが、その声は波の音にかきけされ、レノアの耳には入らない。
「……うみ、すき?」
少年は、先程より大ききな声でもう一度きく。
「海?………うん。好き、だけど…」
突然の質問に、レノアは戸惑いながらも答える。
「やった、僕と一緒!」
すると、少年は本当に嬉しそうな、幸せそうな笑みを浮かべ、その場で飛びはねる。
「…あ、えっと………うん」
レノアは完全に混乱し、ただ頷くだけしかできない。
「ね、ね。海のお掃除、したことある?」
そんなレノアにいきなり顔を近づけ、少年がきいてきた。
少年のキラキラとしたエメラルドグリーンの瞳に、困惑したレノアの顔が映る。
「掃除?…えっと、ゴミ拾いとか、だよね。…うん。したことあるよ」
「ほんと!?」
少年のエメラルドグリーンの瞳がよりいっそうキラキラと輝く。
「あ、うん」
レノアは、少年の勢いにまたも頷くだけしかできない。
「やったぁ!!嬉しいなぁ」
少年はそう言い本当に嬉しそうに笑う。
「じゃあ、お姉さん、また会おうね~」
そして、突然そんなことを言いながら去っていた。
「な、なんだったの。今の」
残されたレノアは、呆然としながらそう呟く。
その後、暫く固まっていたレノアは、吹いた風の冷たさに我に返り、急いで城に帰っていった。
-この少年との出会いにより、ある者たちがレノアに強い関心を向け、やがて、彼らの闇に呑み込まれていく-そんなことも知らずに。