22話 キス『監禁2ヶ月目……』
あれからほんの数日、レノアの思考はレオンで満たされていた。そうして、ルイ達に対する思考にも変化があった。
今までは、様々な感情でぐちゃぐちゃでルイたちのことを考える余裕がなかった。考えたくても、レオンが側にいる時は恐ろしくて考えられなかった。
けれど今は、考えるのを自分の意志で、やめていた。
考えたくない。考えたらまた罪悪感に支配されてしまう。だから、考えたくない。
そうして、思考の外に自ら追いやった。
レオンに、レオンが1番大切なのだと言われて、その言葉に必死に縋り着いた。
“レオンが1番大切だから、他の人が霞んでしまうだけ。顔が浮かばないのも仕方がない。レオンという1番大切な人が出来たから、だから、他の人のことがどうでも良くなるのは普通なんだ。決して酷い人じゃない”
それに縋って、縋って、酷い人でないとひたすら言い聞かせた。酷い人でないということは、レオンが1番大切であるということ。レオンが1番大切だから、他の人のことは考えない。考えたら、自分は酷い人になるから……
そしてすぐに、その1番は唯一になった。
レオンが、唯一大切な人になった。
◇◇◇◇
レノアは今日もレオンにくっついて過ごしていた。
レオンが側にいないと、どうしても不安になってしまう。それに、レオンがいないとつまらない。1人ぼんやりしているのは、とても退屈に感じる。
だからずっと、レオンにくっつき、外に出ているらしいレオンのいろいろな話を聞く。
レノアの中で、レオン以外の人に関する記憶は確実に薄れてきていた。
考えていないということは、その人たちのことを思い返していないのだ。思い返していなければ、細かい事、印象の薄いことから徐々に、忘れていってしまう。
そうして、思い出されることのなくなった記憶は、レノアの中から1つずつ、完全に消えていくのだ。
◇◇◇◇
ある日、レオンがレノアのためにと持ってきた1冊の本を読んだレノアは、不安を感じていた。
レノアが読んだのは、恋愛小説だった。
その中では、主人公の少女が自分の恋心を語っているシーンがあった。
“いつもその人のことばかり気にして、その人以外のことを考える余裕が無くなっちゃうの。その人が笑ってると私も嬉しいし、悲しんでると私も悲しい。出来ることならずっと側にいたいって思うの”
このセリフを読んだレノアは思った。
これ、自分のレオンに対する想いと同じなんじゃないかと……
つまり、自分はレオンに恋心を抱いているんじゃないかと………
そう思ったらなんだかしっくりときて、そうとしか思えなくなった。
自分はレオンが好き。恋愛的な意味で好きなのだ。
それが分かると、レノアの中に不安が生まれ、それがどんどんと大きくなっていった。
“レオンは自分をどう思っているんだろう?”
そればかりを考えるようになっていた。
なんだか何度か、レオンに愛していると言われた記憶がある。
つまり、そういうとこなんだろうか?
けれど、小説を最後まで読んだレノアは思った。
“好きならキスをするんじゃないか?”
レノアは、今まででレオンにキスをされた記憶はない。キスはしないということは、レオンはレノアが好きじゃない?
1冊の小説の偏った知識で、レノアにとって好き=キスになっていた。
だから、レノアはレオンの気持ちが分からず、何日も悩んでいた。
◇◇◇◇
そうして悩んでいたレノアは、ある日ついに我慢出来なくなった。
不安で不安でたまらなかった。
レオンが自分をどう思っているか分からない。もしかしたら、愛してるというのは嘘で、本当は好きじゃないのかもしれない。そうだとしたら、レオンに、捨てられてしまうかも……
でも、聞くことも出来ない。
聞いてそうじゃなかったら、きっと捨てられてしまうから。好きな人に捨てられるなんて、絶対に嫌だ。
ただ、不安で
捨てられることが、ひたすらに怖くて
そんな思いが、ある日爆発してしまった。
少しレオンが側を離れた。日に1回はあること。けれどその日は、いつもよりレオンが戻ってくるのが遅かった。そのことに気が付いた瞬間、レノアの瞳から涙が溢れ出した。
もしかしてレオンは、自分を捨ててしまった?もうこの家にいない?レノアをおいて、出ていってしまった?
ネガティブな考えばかりがレノアの頭を支配した。
涙が溢れて止まらない。
「…ふ、ぅっ。レオン、レオン…、、」
「……え?レノア?……どうしたっ?大丈夫かっ?」
「ぁ、、レオン……?」
「あぁ、そうだ。俺だ。どうした、レノア。何があった?」
レオンの声が聞こえたことで、気持ちが少しずつ落ち着いてきた。優しく問いかけてくれるレオンに、涙も少しずつとまっていく。
「ぅう。私、レオンに、捨てられたっ、かと、、思ってぇ……」
「なっっ。俺が、そんなことする訳ないだろ!」
「でも、だって、、レオン、いつもより戻ってくるの、遅かったじゃん……」
「あぁ、いや、それは、、ちょっと手が滑って……」
「私、レオンが好きなのにぃ。レオンだけなのに…、なんで、なんでぇ?」
「!……す、好き?レノア、今、俺のこと好きって言ったか?」
「!」
レオンの言葉に、自分がいつの間にか想いを伝えていたことが分かり、レノアは顔を青ざめさせる。
「ぅ、あ……」
「あぁ!嬉しい!嬉しいよレノア!まさか両想いになれるなんて!」
「え?……両想い……?」
「あぁ、両想いだ!……え?違うのか?もしかして、レノアの好きの意味って、違かったか?」
「…………」
「レノア?」
レノアはポカンと口を開け、レオンを見つめた。レオンの言っている言葉が、上手く呑み込めなかった。
“両想いって、なんだっけ?”
「りょ、両想いって、レオン、は、私が、好き、、なの?」
「っ、あぁ、当たり前だろう!」
「でも、でも、、レオン、私にキスしてくれないじゃん!」
「…………え?」
またもや勢いで言ってしまったレノアの言葉に、レオンが呆然とした顔でこちらを見てくる。レノアはしまったと顔を歪めた。
「ちがっ、レオン、違うの!!」
「………レノア、俺とキスしたいのか?」
「…ぅ、、ぅん……」
誤魔化したいのに、自分の気持ちがレオンに誤って伝わるのは嫌だった。だから、思わず頷いてしまった。
そして、こうなったらもうすべて吐き出してしまおうと思った。
「私はレオンが好きなの!レオンしかいないの!レオンも何回か好きって言ってくれてた気がするけど、私、レオンにキスされたことない!だから、レオンは私好きじゃないんじゃないかって思って!だから、だから、私、捨てられちゃうんじゃないかって、怖くて……」
「レノア……まさか、そんなことを考えていたなんて………ごめん。俺、何故かそこだけは越えられなかったんだ。でも、俺、好きだ。レノアのことを、心の底から愛してる。レノアが許してくれるなら、キスしたい」
「レ、レオン……ほんと?嬉しい…!」
レオンの真剣な表情に、レノアはそれが嘘でもなんでもないと素直に受けとめられた。あまりの喜びに、声が微かに震える。
「レオン、レオン、キスして。すぐして。私を安心させて、お願い」
「あぁ、もちろんだ。レノア」
「---」
そうして、2人はそっと唇を重ね合わせた。
ジャラリと鳴った鎖の音など、全く気にならなかった。