21話 記憶『監禁2ヶ月目』
また遅くなりました
ごめんなさい
レオンが戻ってきてから、約1ヶ月が経った。
今でもまだ、レオンが側にいないと不安になってしまう。けれど、以前よりはずっと落ち着いてきている。
初めは、レオンに触れていないと怖かった。また消えてしまうんじゃないかと、そんな想像ばかりして、触れていないと安心出来なかった。
その後、触れていなくても、側にいれば安心出来るようになった。けれど、側にいなければ激しく取り乱してしまっていた。レオンが帰ってこなかった日々の苦痛を思い出してしまうからだ。
少しの間なら、側にいなくても不安になるだけになったのが、つい最近のことだ。それも、レオンが用を告げ離れた時だけで、朝起きた時などにいなければ、以前のように取り乱してしまう。
そのやって、最近は過ごしていた。
レノアも、この生活は良くないだろうということは分かっていた。頭の冷静な部分は、このままではダメだと、以前のように隙をみて逃げ出さなければいけないと、そう考えることが出来る。けれど、心も、体も、それを拒否していた。レオンが側にいないと、あの日々の記憶が蘇り、心が悲鳴をあげる、体が震え、レオンに縋り付く。
レノアの胸中には、逃げなければと思う冷静な気持ちと、レオンと離れたくないという歪んだ気持ちが、同じくらい存在していた。
◇◇◇◇
そんなある日の夜、レノアはなかなか眠れないでいた。
レノアを抱きしめるレオンは、既に穏やかな寝息をたてている。
レノアはゴロンと寝返りをうった。ぼんやりと部屋の隅を見つめる。
「……ん?」
そこに、何かが見捨てられたように落ちているのを見つけた。なんだろうと気になって、目を凝らしてみる。
「…………あれは、リボン……?……あっ!」
それはリボンだった。銀色のリボン。ルイがくれたリボン。誕生日にくれたリボン。
それを認識した瞬間、レノアの中の逃げなければという気持ちが大きくなった。
逃げないと、逃げないと。
みんなに誕生日を祝ってもらえて、プレゼントを貰える。そんな楽しい日常に戻らないと。
怯えていてはいけない。怯えて縋っていれば、悪い結果にしかならない。
逃げないと、逃げないと、逃げないとっ
自らを奮い立たせるため、レノアはそっとベッドから降り、リボンを手に取った。
銀色のリボンを優しく握りしめ、勇気を貰うためみんなの顔を思い浮かべようとして、凍りついた。
「ぇ………?…………な、んで、、?……なんでなんでなんでぇ!?」
レノアは全身を震わせ、悲鳴をあげた。
「………ん……レノア?…レノアっ、レノアっ?どうした?何があった?」
目を覚ましたレオンが、レノアの顔をそっと覗き込む。人の温もりを感じ、動揺していた気持ちがほんの少し落ち着いた。レノアは必死にレオンに縋り付く。
「レ、レオン。。どう、しよう……どうしよう!」
「落ち着け、レノア。何があったんだ?大丈夫、大丈夫だ。俺に話してみろ。苦しいのは全部俺に吐き出して良いから」
「ぅう。。レオン、私、みんなの、顔、が、、思い出せないのっ……どうしよう。どうしよっ、私……わ、たし、最低だよぉ。。私、酷い人だぁ……」
レノアは、今の苦しみを全て吐き出した。
顔を思い浮かべようとして、レノアは、上手く思い浮かべられなかったのだ。大切に思っている人たちの顔を思い浮かべることが出来ないなんて、なんて最低な人間なんだろうと、自分が信じられなかった。
「レノア……っ!……レノア、大丈夫だっ。レノアは最低なんかじゃない」
「で、でも……」
「…レノア、目をつぶって」
「?、ぅ、うん……」
「そして、俺の顔を思い浮かべてみろ」
「?……分かっ、た………」
レノアの言葉を聞き、不思議なことを言うレオン。けれど、気持ちがぐちゃぐちゃになっているレノアはそれに素直に従った。
「…どうだ?思い浮かべられたか?」
「うん。出来たけど……」
「ははっ。なら、良いじゃないか」
「……ぇ?」
目を開いたレノアは、嬉しそうに笑っているレオンに首を傾げた。
「だって、俺の顔は思い浮かべることが出来るんだろ?唯一俺の顔だけを思い浮かべることが出来る。つまり、俺がレノアの1番だってことだ。1番大切な人を思い浮かべることが出来るなら、他の奴らの顔を思い浮かべることが出来なくたって大丈夫だよ」
「え、でも「良いんだ。大丈夫だ。レノアは最低じゃない。酷くない」
「そう、なの?「そうだ。そうだよ。レノアは俺が1番なんだ。そんな俺の顔を思い浮かべることが出来るから、レノアは酷いやつじゃない。絶対違う」
「う、ん?「大丈夫、大丈夫だよ。レノアは良いやつだよ」
「そっ、、そっかぁ……レオンが1番大切だから、最低じゃないんだね。うん、そっか、そっか……」
「そうだ。だから大丈夫だ。今日は落ち着いて、もう寝ろ」
「うん。そう、だね……」
レノアの目を真っ直ぐに見つめ、レノアの言葉を少し遮るように言葉を重ねるレオンの勢いに呑まれ、レノアはなんだかそんなような気がしてきた。
いや、そう思い込みたかったのかもしれない。
“自分が最低な人間”だというのは、きっと誰だって認めたくない。出来るだけ、良い人間でいたいと、そう思うはず。
だから、レオンの無理やりな言葉にも、自分が酷い人間でいたくがないために自分で自分を納得させたのだ。
そんなレノアの様子が、レオンの中のなにかを変化させていたことに、レノアは気がついていなかった。