20話 孤独『監禁1週間目……3週間目』
あれから1週間、枷が外されることもなく、レオンが嬉々としてレノアの世話を焼いていた。
今までと違い、レノアが起きているほとんどの時間、レオンはレノアの側にいる。レオンに起こされ、世話をされ、レノアが眠る少し前に、レオンは家を出ていく。
恐らく仕事に行っているのだろうが、はたしてレオンはいつ寝ているのだろうか。
そんなことくらいしか、考えることがない。レノアの考えを見透かしているかのようなレオンの態度に、いつしかレオン以外のことを考えることさえ、恐ろしくなっていたのだ。だから、無理やりレオンのことばかり考える。
そうしてレオンと2人きりで過ごす時間は、前より息苦しいものになっていた。だから、眠る前の少しの時間だけが、今唯一気を抜ける時間だった。
「じゃあ、行ってくるから、いい子にしててね」
「……うん」
今日もそうして、レオンは出ていった。やっと訪れた気の抜ける時間に、レノアは体の力を抜く。本当はもっとこの時間を満喫したいのに、いつも何故か眠くなってしまう。そうして、レノアは今日も眠りの中に落ちていった。
◇◇◇◇
目が覚めた。今日はなぜか、レオンに起こされなかった。周りを見渡して探してもどこにもいない。
しばらくじっとしていたが、いつまでたってもレオンが姿を現すことはなかった。
レオンが今家にいないことを確信したレノアは、自然と顔がほころぶのを感じた。
あの日、もう以前のレオンはいないのだと認めてから、レノアの中でレオンは、友人から恐ろしい人に変わっていた。
だから、レオンのいない空間は、ただただ嬉しいものだった。レノアは幸せな笑みを浮かべ、ベッドに寝転んだ。
そうしてその日、レオンが帰ってくることはなかった。レノアは、もしもの時には食べてとレオンに言われていた非常食を食べた。
◇◇◇◇
レオンが帰ってこなくなってから、数日。
レノアはレオンのいない生活を満喫していた。けれど同時に、不安もあった。
このままレオンが帰ってこなかったら、自分はどうなるのだろうか。この枷がある限り魔法が使えることはなく、ここからは自力で逃げ出すことは出来ない。だから、誰かに助けてもらわなければいけない。けれど、今までも誰かがレノアを助けにくることはなかった。
「…………」
どうなってしまうのだろうか。
もしかして、一生ここに?
レノアは、枷のせいで行動範囲が限られ、自分で料理は出来ない。だから、レオンが置いていったものを食べるしかない。もし、もし、これが無くなってしまったら。無くなっても、誰もこなかったら……
自分はいったいどうなってしまうんだろうか。
食べるものがないというのは、どのくらい辛いのだろう。
空腹でも、どれだけ空腹でも、何も食べられないというのは、どのくらい苦しいのだろう。
レノアはうまく想像出来なかった。けれど、食べ物が無くなるというのが、恐ろしくてたまらなかった。
だから、レノアは限りあるそれを、少しずつ食べる。幸い、動かなければあまり空腹にはならない。
レノアは今までとは別の恐怖を抱えながら、日々を過ごしていた。
◇◇◇◇
どれくらい経ったか分からない。ただ、食べ物はもう無くなってしまう。無くなるのが恐ろしくて、最後の少しは食べることが出来ていない。だからもうずっと、何も食べていない。まだ残りに余裕がある水を少しずつ飲んで過ごしている。
空腹であることには、もう慣れてしまっていた。だからそれに対しての苦痛はない。
けれど、常に息苦しさを感じている。それに最近は、体の末端が痺れているような気もする。上手く声を出す事も出来ない。
-助けて、助けて-
-苦しいよ-
-辛いよ-
-レオン、どうして帰ってこないの?
私が逃げたから?
私が逃げたから、見捨てられた?
やだやだ、見捨てないで
ごめんなさい
ごめんなさい
もう逃げないから
ずっとここにいるから
だから戻ってきて
お願い助けて
苦しいよ
死んじゃう
死んじゃう
助けて
独りは嫌だ
寂しい
苦しい
お願い、側に来て-
「レノア!」
突然、大きな音が響き渡った。レオンの声がする。気のせいだろうか?
「っ……レ、ォン」
縋るように、かすれた声でレオンの名を呼んだ。
「レノア!ごめん!ごめん、ごめん!」
レオンがレノアを優しく抱きしめた。幻聴じゃない。幻じゃない。その事に、どうしようもなく安堵した。
「…ぁ……」
「ごめん、ごめんな。レノア。俺、全然帰れなかった。あぁ、レノア、頬が少し痩けてる。腕もこんなに細くなって……ごめん。本当にごめん。何か食べないとだよな。ちょっと待っててくれ」
「ぁ……」
レオンが、離れていく。
嫌だった。怖かった。
またレオンがいなくなってしまう。
けれど、声は出なくて、腕も上がらなくて、、レオンは、行ってしまった。
「レノア!いろいろ持ってきた!どうだ、食べれるか?」
しばらくして、レオンは戻ってきた。
レノアを抱き起こし、口の前にフルーツを差し出してくれる。
食べなければと思うのに、食べたいと思えない。体が、食べ物を受け付けていないような、そんな感覚。
「……レノア、食べられないか?スープの方がいいかもな…………これならどうだ?」
今度はスープが差し出された。食べたいとは思えなかったが、食べなければいけないと、小さく口を開けた。
少しずつ液体が流し込まれてくる。少しずつ、ほんの少しずつ、飲み込んでいく。
そうして、何時間もレオンが看病をし続けてくれた。
そのお陰で、レノアは徐々に回復していった。
◇◇◇◇
しばらくして、レノアはほとんど回復した。
レノアは、ずっとレオンに抱きついている。レオンがまたどこかに行ってしまうのが怖かったからだ。
そうして抱き着いたまま、レノアは一生懸命レオンに話しかけていた。
「レオン、ごめん、ごめんなさい。私もう逃げないから、ずっとここにいるから。だから見捨てないで。怖い怖い。独りは怖い。やだやだ、見捨てないで。ずっと一緒にいて。もう苦しいのはやだ。怖い。レオン、離れないで。お願いお願い。ずっと一緒が良い。辛いのは嫌なの……」
「…………レノア、大丈夫だよ。俺はずっと一緒にいるから。ごめんね、独りにして。大丈夫、大丈夫。言ったでしょ。俺はレノアを愛してる。だから、見捨てたりなんかしないよ」
「……ほんと?」
「あぁ。今回は、どうしようもない事情があったけど、俺はレノアを見捨てる気なんて全くないよ」
「そっか。良かったぁ。レオン、お願い、ずっと側にいてね」
「あぁ、そんなの当たり前だ」
そう言って、レオンはレノアを抱きしめた。
レオンの顔には、歪な笑みが浮かんでいた。




