14話 忠告
翌日、2人は約束した通り、新しくできたレストランに来ていた。
反乱軍として支えあってきた街の人々とは、誰とでも仲良くなれてしまうレノアは特に仲が良い。
国王と、国にとって重要なドームを日々展開しているレノア。そんな2人が護衛もつけずに呑気に街を歩いているなんて、他国ではあり得ないが、ここではこれが通常であった。と言っても、今レノアたちがいるのはレストラン内の個室であり、街の人々と共に食事をすることはないようである。以前、当たり前のように食べ歩きはしていたが………
「レオン!レオンの言ってた通り、ここの料理すごく美味しいね!」
「……あぁ、そうだな」
レノアはいつものように明るく声をかけたが、返ってきたのはどこか暗い雰囲気を纏った同意の言葉だった。
「?………レオン、どうしたの?」
「……あぁ…いや……」
疑問に思い問いかけたが、歯切れの悪い返事のみが返ってくる。
「レオン……?」
こんなに美味しい料理を食べているのに、レオンはどうしてしまったのか。嫌いな食べ物でも入っていたのだろうか。確か、レオンに好き嫌いはなかったはずだが………
様々な事を考えながら、もう1度レオンに声をかける。
「………あぁ、その……レノアってほんといろんな奴と仲が良いんだなと思って」
「そうだけど……それがどうかしたの?」
レノアは今日のことを思い浮かべながら、首を傾げる。
店に来るまで、3歩歩けば誰かから声をかけられる、と表現しても大げさではない程に、本当に様々な人に声をかけられた。
そしてその度にレノアも律儀に立ち止まり、5分程話し込む。
その間、レオンは国王と思えない程影が薄くなり、何もせずまるで銅像のようにそこに佇む。それを何回、何十回と繰り返した。
自分の行動を振り返ってみて、今さら申し訳なくなってきた。
「ぇっと、その………ごめんね。何回もレオンほっといちゃって……」
申し訳なさから“ツゥ”と、レオンから視線を反らしながら言う。
「え!?いや、その!……別に謝ってほしいとか思ってた訳じゃないんだ。ただ純粋に、本当に仲が良いなと改めて認識しただけで」
レノアの謝罪に、レオンが焦ったように言った。
「ほ、ほんと?レオンの存在、すごい無視しちゃったと思うんだけど……」
「そ、存在を…無視……いや、別に、ほんとに気にしてないから、大丈夫だ。仲が良いのは、すごく良い事だと思うぞ」
「そう?……よし、じゃあ、仲直りの印にこの料理を少しあげます!」
「仲直り……?今の、ケンカだったのか?」
「まぁまぁ、細かい事は気にせずに。はい、あ~ん」
そう言いながら、自分のスプーンで自分の料理をすくい、レオンの口元にもっていった。
「あっ!?えっえ!ちょっ!」
とたんに、レオンが顔を赤くし焦りだした。
「?……レオン、、どうかした?」
「ぇっと……レノアが、食べた方が…良いと、思う」
そう言った後、食べないと言った言葉通り固く口を閉ざしてしまった。
「えー。そんな事言わずに食べなよー。レオンって何か嫌いな食べ物あったっけ?」
そう聞けば、相変わらず口を閉ざしたままフルフルと首をふった。
「それなら、なんで嫌なの?」
そう言いながら、もっと近付ければ食べるかとテーブルに身を乗り出した。
「ぁ……」
すると、呆然としたような顔をしてレオンが小さく音を発した。
(今だ!)
小さく開かれた口に、無理やりスプーンを突っ込む。
「ん!?」
「ふふっ、私の勝ち!どう、こっちも美味しいでしょ?」
「……あぁ」
レノアは得意気に言ったが、レオンはレノアの胸の辺りに視線を注ぎながら、心ここにあらずといった様子で答えた。
「えっと……レオン?」
そんなに嫌だったのかと申し訳なく思い、そっと窺うようにレオンの名を呼ぶ。
「それ……」
「ん?」
レオンが、今だに胸のあたりを注視したまま小さく呟く。
レオンにならい、レノアも自分の胸のあたりに視線を向けた。しかし、何かおかしな部分があるようには思えない。心の中で首を傾げつつ、もう1度レオンに視線を向ける。
「そ、そのっっ、ネックレス!!」
レオンが、掠れた声で言った。その声も、表情も、狂気と驚喜を孕んでいるように感じられた。
「…あ、、うん。レオンに貰った誕生日プレゼントだけど……」
それに気圧され、テーブルに乗り出した体を元に戻しながら答えた。
「それ……着けてくれてたんだ」
レオンがまるで、感動して今にも泣いてしまいそうに見えるような、歪んだ顔で、声を震わせながら言った。
「え?だって、レオンがくれたものだし、すごい可愛いし……、貰ってから何回も着けてるよ」
「そっ……、そっ、か……ありがと」
驚きつつも答えれば、レオンの消え入りそうな返事が返ってきた。
「よっ、よし!食べよう!ここの料理は全部うまいからなっ」
何か言おうと口を開いたが、レオンが突然不自然な大声を出し、音を出すことは出来なかった。
レオンが無理やり元に戻した空気中を、もう1度あの微妙なものに変えることは出来ず、レノアは少しもやもやとした気分のまま食事を終えた。
◇◇◇◇
2人は、レストランを出ると城への道をゆっくりと歩いていた。
レノアはまだレストランでのレオンの態度が気になってはいたが、レオンはなんだか必死になかった事にしようとしているようなので、忘れることにした。
そんな時、ふと、見知った影を見付けた。
「レイっ!」
嬉しくなって駆け出した。
近づいていくと、レイの手が誰かとつながれているのに気が付いた。
「あれ、レノアじゃん。久しぶり。この前一緒にお酒を飲んだ時以来だね。帰ったらまた飲むとか言ってたけど、酔わなかった?」
「酔っちゃったけど大丈夫だよ!記憶はないけど、レオンがしっかり見てくれたみたいだから」
振り返って言ったレイの言葉に、レノアはレオンの腕を掴みながら答える。
けれどレノアは、それより気になる事があった―
「そんな事より、その人ってもしかして……彼女!?」
―レイと手をつないでいる女性についてである。
無表情で少し冷たい印象を受ける美しい女性だった。
「うん、そうだよ。僕の彼女。そして、、もうすぐ結婚するんだ」
レイが幸せそうな笑みを浮かべ答えた。女性は、無表情のまま無言で頭を下げる。
「結婚!?わぁ!いつの間に!?おめでとう!」
レノアも友人の幸福を喜び、幸せな笑みを浮かべた。
「それじゃ、僕たちはこれで」
「うん、またねー!」
「……うん、じゃあね」
レイが立ち去ろうとしたので、レノアも引き止めることなく手を振った。けれどその時、女性がレノアのすぐ側まで来て、耳もとでぼそりと囁いた。
「横の男に、気を付けて……」
「え……?」
どういうことか聞き返そうとしたが、女性は何かに引っ張られたかのようにレイのもとに戻り、人混みの中に2人は消えていった。
「レノア、どうかしたのか?」
ぽかんとするレノアに、レオンが声をかける。
「なんか…、横の男に、気を付けてって……。横の男って、レオンのことだよね?どういうことだろ」
「…………まぁ、そんな気にしなくて良いんじゃないかな。それより早く帰ろう。ギルに怒られる」
「あははっ、そうだね。ギルに怒られちゃう!帰ろう帰ろう!」
レオンのことばにレノアは簡単に誤魔化され、女性の最初で最後の忠告は、受け取られることはなかった。
□□□□
人混みの中、2人の男女がのんびりと話をしていた。
「ミサ、突然あんな事をしないでよ。僕は友人を殺したくはないんだ」
「相変わらず心の狭い。女の子に忠告しただけじゃない」
レイの言葉に、ミサと呼ばれた女性が呆れたように答えた。
「それでも、嫌なものは嫌なんだよ」
「レイ、いい加減少しは私を信用して?こんなものまでつけて。あっ、そうだ。さっき引っ張ったよね。転びそうになるから止めてって言ってるでしょ?」
そう言いながらミサが手を上げれば、袖の下にその細い手首には不釣り合いな黒々とした手錠が見えた。それから伸びる鎖は、レイの手首まで伸びている。けれど、それが2人以外に見えることは決してない。
「それはごめんね。つい、嫉妬して引っ張っちゃったんだ。でも、僕、ミサを信用してはいるんだよ。ミサが僕以外を選ぶことはない。だからこそ手錠をつけているんだよ。ミサは僕のもので、僕はミサのもの。それを目に見えるもので示したいんだ」
「はいはい、そうだったね。でも、忠告くらいは良いでしょ?あの王様、あなたより暗い目をしていたじゃない。あの子、あのままだと今日が最後の外出になっちゃう。レイもそれが分かってたから、“またね”、じゃなく“じゃあね”と言ったんでしょ?」
「あはは、そうだね。けど、ミサが忠告してもしなくても、レノアが忠告の意味に気付いても気付かなくても、結局結末は変わらない。おーさまをあんなにしたのは、レノアが殆どの原因だ。レノアは鈍感で、悪い意味で平等。他人との距離も近い。それに人タラシだ。レノアに恋したら最後、その人はまともではいられない。ねぇ、それよりミサ、僕以外に話しかけたんだから1週間外出禁止だよ」
レイが最後ににっこりと笑みを浮かべた。
「それは別に良いけど、レイもずっと家にいてね。1人は嫌だから」
レイの言葉に、ミサも美しい笑顔で答えた。
「そうだよね。ミサは1人が怖いんだよね。」
「そうしたのはレイでしょ。嬉しそうに言わないでよ」
「嬉しいよ。ミサの性格に僕が影響しているんだから」
レイが心底嬉しそうにそう言う。
「はぁ。本当、物好きだね」
ミサが呆れたように、けれど嬉しそうに答えた。
そうして2人は、人混みの中から姿を消した。
これから1週間、少々歪なカップルが人々の前に姿を現すことはない。
□□□□
2人に会ったあと、レノアたちはまっすぐ城に帰ってきた。
そうしてレノアは、呑気に日常を過ごした。
『欲しいんだろう?』
悪魔が、そっと囁く
『欲しいんだろう?奪いたいんだろう?我慢する必要はない。心のままに動け』
レオンを、闇の中へと堕とすために
コンコン
「レノア……」
「ぅん?レオン?あっ、やっぱりレオンだ。こんな時間にどうしたの?」
レノアがドアを開ければ、そこにはレオンが
「………」
「……レオン?…わぁ!?」
無言のレオンが、半ば無理やり部屋に入り、ドアを閉める
「レ、レオン……?」
「………だ…………ノア………もの」
「……ね、ねぇ、レオンっ、どうしたの?」
「……レノア」
「…うん、なに?」
「レノアはさ、、俺のものだろ?」
「え…?………う"っ」
ドサッ
レノアが意識を失い、倒れる
それをレオンが抱きしめた
「レノア、レノア……我慢しないで良いって、言ってくれたのは、レノアだよな。だから俺、気付かないふりをやめたんだ。なのに、なのにさぁ、レノアの1番はルイでさ。分かってたよ。ずっとずっと、見てきたんだ。1度裏切った俺なんか嫌だよな。俺は、裏切り者だもんなっ。そんな奴が1番に、ましてや唯一になんて、なれるわけなかったのに!レノア、全然気にしないじゃん。前の変わらない態度で。もしかしたら、もしかしたらって、いっつもいっつも思って、期待して、勝手に悲しんで。嫉妬ばっかりして。1番になりたくて。1人占めしたくて。もう、そんなの全部全部嫌で。諦め、ようとっ、そう思って!今日が最後だって、最後にして、後はどんなに苦しくたって、無理やり忘れよと。。だって、レノアはいっつもルイが1番じゃないか。誰とでも仲が良くて、特別だと俺が思ったのは全部、レノアにとっては普通で。レノアは何とも思ってない、何とも思ってないって、そう何度も言い聞かせて、今日だってっ、そうしてっ!でもっ、でもさっ!レノアっ、ネックレスつけてた!つけてくれてないって、そう思ってて!ルイのプレゼントつけるレノア見て、嫉妬しか出来ないの、必死に抑えこんでっ!レノアへの気持ち、全部全部必死に抑えこんでっ。。ネックレス、つけてもらえないの辛かったけど、、それがっ、抑えになってたのに!俺の手紙、、受けっ入れてっ、、もらえなかった、証だって。受け入れて、もらえなかったから、だから、我慢しようって!忘れようって!頑張って、頑張ってっ、抑えてきたのに!裏切り者なんか、、レノアは受け入れないって!そう、言い聞かせてっ、抑えてきたのに。どうしてだよっ!?どうして今日、ネックレスつけてたんだよ!?……ほ、んとは、、ほんとはずっと、嫌だった。。1番がルイって聞いた時、閉じ込めて、、ルイにも、他の奴らにも、会えないように閉じ込めて、……そうすれば、1番になれるかなって………でも、必死に我慢して、、それからも、必死に我慢して、我慢して……………でも、さぁ……我慢、しないで良いって言ったの、レノアじゃん。。レノアの、1番になりたいんだ。唯一になりたいんだ。………ねぇ、レノア。俺、レノアを愛してる。レノアだけを愛してる。。レノア、レノア。ごめん。愛してるんだ。だから、お願いだからレノアも、俺を愛して……」
レオンはそっと、眠るレノアの唇と、自らの唇を重ね合わせた。
レイは、“2話 酔った”に登場しています