8話 大切
誕生日パーティーの2日後
レノアの心も、少しずつ落ち着いてきていた。
あの時の感情はなんだったのか。
このレオンに対する感情の変化は、いつから始まっていたのか。
レノアは、昨日起きてからそんなことばがり考えていた。しかし、レオンのことをそれほど長時間考えているということ自体、以前ではなかったことだとは全く気付いていない。
レノアは様々な可能性を考えた結果、一ヶ月前にレノアが倒れてしまった時、レオンに助けられたことが1つのきっかけなのではないかと考えた。
あの時のレノアは、悲しみが爆発してしまっていた。
普段、心の奥底でほとんど姿を現すことのない負の感情たち。それが、レノアの中で限界を超えるほど膨れ上がることがある。そうなると、その感情に囚われそれ以外のことを考えるのが難しくなる。
レオンたちに裏切られたときもそうだった。憎しみや怒り、悲しみ。そんな感情たちが爆発し、復讐以外のことはどうでもよくなった。性格も少しだけ変わってしまっていたかもしれない。
一ヶ月前は悲しみが爆発し、それに囚われ過去の苦しみも思い出してしまった。周りの音は全てただの雑音だった。けれど、確かにレオンは必死に自分に声をかけてくれていた。
苦しむ自分のもとへ直ぐにかけつけ必死に声をかけてくれたレオン。そして何より、仕事もあり自分が1番疲れているはずなのに、気を失っている自分の傍にいてくれたレオン。まるで、自分を他の誰かよりも大切に思ってくれているようなその行動を、無意識のうちに喜んでいた。
そして、自分の誕生日を一生懸命準備して祝ってくれた。他の誰かにはそんなことしない。けれど、自分は、レオンにこんなに祝われている。
初めて、自分を1番大切に思ってくれる人を見つけた。どうせ気のせいだけれど、その可能性を考えるととても嬉しくて、そんなことありえないのにレオンが前より愛おしいと感じた。
不思議な気持ちの理由が分かったレノアは、安心するとともに、今までで最高の喜びを感じていた。もしかしたら、自分にも1番大切な人ができるかもしれないのだ。見た目の異常性を嘆くことはやめた。けれど、こころの異常性はどうしても受け入れられない。誰も知らない、父親の死を喜んでしまった自分の心。1番大切な人ができれば、それが変わるかもしれない。
さて、レノアの1番大切な人とは誰だろうか。
「レノアっ」
「あ、ルイ!」
ぼんやりと考え事をしながら歩いていると、前方からルイが駆けてきた。
「…あの、お菓子貰ったんだけど、、庭で一緒に食べない?」
ルイが遠慮ぎみに聞いてくる。
「ほんと!?食べる食べる!」
「じゃ、いこ」
「うん!」
お菓子を持ちながら庭へ行けば、ギルが独り言を言いながら花を見ていた。
「………んですね。では、庭師に言っておきます」
いや、独り言ではなく、精霊と話しているようだ。しかし、精霊の事を知らない人から見れば、完全に頭の可笑しい人である。
「おーい、ギルー!」
「あっ………レノアのせいで逃げてしまいました」
「え!?ごめんっ、ギル」
「別に、そのうち戻って来るのでいいですけど……それで、何かようですか?」
精霊にだけずいぶんと甘いギルが、ふてくされた表情のまま聞いてきた。
「えっとね、これからルイとお菓子食べるから、ギルも一緒にどうかなって」
「……レノアは残酷ですね。。いいですよ。面白そうです」
チラッとルイを見たギルは、レノアのには意味の分からないことを小さく呟いてから、ニヤリと笑って承諾した。
「ねぇ、ギル………大切って、なんだろう」
お菓子を食べながら、レノアはギルにずっと思っていたことを聞いた。
「いきなり何ですか?大切は大切でしょう」
「いや、今まで普通に使ってたけど、どういう気持ちが大切なんだろうって思って」
「…1番大切かもしれない人でもできたんですか?」
「え!?いやいやいや。別にそんなんじゃ……」
レノアは直ぐに否定したが、ギルはそれを全く信じずに答えた。
「別に大切だと思ったら大切なんだと思いますが、、、大事な人とか、重要な人とか、優先順位が高い人とか、そんな人が大切な人なんじゃないですか?」
「そっかぁ……って、人じゃないし!」
「はいはい。分かりました」
「絶対信じてないし………。いるかな。大切な、人。。大事で、重要で、優先順位が高い人…」
反論するも、再びぼんやりと考え始めるレノア。周りの声は耳に入っていない。
「レノア、何があったんでしょう。ルイは何か知ってますか?」
「…知らない……何にも話されてない……」
どんよりとした雰囲気で答えるルイ。
「一途ですね。せっかくモテるのに、もったいない」
次の日
「レノア」
「うわぁ!!」
目を覚ましたレノアはいつものようにボーっとしていたが、突然目の前に表れた顔に大声をあげながら大きくのけぞった。
「今日の21時、庭に行ってみろ。面白いものが見られる」
「へ?に、庭?」
「では、さようなら」
「は!?ちょっ!……な、何だったの?今の、アラン様だよね。21時に庭って、どういうこと?」
目の前に現れ、言いたいことだけ言ってどこかへ消えてしまった男。その男は、確かにアランであった。心底楽しそうな笑みを浮かべ、心の中心に直接響くような声で言ってきたアラン。
意味の分からない言葉に従う義務はない。けれど、なぜかその通りに動かなければいけないような気がした。
21時2分前。
レノアは1人庭に立っていた。
「来ちゃった……」
なぜかきてしまった。しかし、来てしまったからにはアランの言う“面白いもの”とやらを見てみよう。レノアはそう考えた。もっとも、アランの言う“面白いもの”がレノアにとって“面白いもの”とは限らないが。
しばらくその場に立っていたレノアは、遠くに見える人影に気づいた。
「…レオン?と、、誰?」
見えたのは、レオンと見知らぬ女性だった。
声は聞こえないが、随分と近い距離で会話していて、レオンの顏は真っ赤だ。
「………え?…え?」
レノアは何故かひどく動揺して、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。