4話 白い髪の化け物
図書館へ行った日から数週間後、久しぶりに仕事のなかったレノアは、1人で散歩していた。
周りの景色をぼんやりと眺めながら、いつもよりずっと遅い速さで歩く。
今のレノアは、国境付近を歩いていた。国境は魔法により分かるようになっている。
「♪~~~」
誰もいない静かな場所に、レノアの呑気な歌声が響く。実に平和である。
「♪~~…っ!………」
歌声が止まる。どうやら何も無い場所で転んでしまったようだ。
「いった-ー!今、ちょうどサビ始めるとこだったのに。サビに向けて盛り上がってたのに-!」
レノアの叫びが、晴れ渡った空に虚しく響く。
「……った!」
ちょうど起き上がろうとしていたレノアの顔面に、どこからか跳んできたボールが直撃がした。平和の中にも、小さな不運は存在する。
「うー、鼻いたい」
鼻を押さえながら立ち上がったレノアは、ボールを手に取り辺りを見渡す。その時、国境の向こう側からガサガサと草を掻き分ける音がした。
「……あ、僕のボール!」
「あ、これ君のボール?はい。あまり遠くに跳ばしすぎちゃダメだよ」
「うん!ありが、、と、ぅ」
「……どうしたの?」
レノアの腰ほどの身長の少年は、ボールを受け取り、顔を上げてレノアに礼を言った。するとなぜか、少年はそのまま固まってしまう。その瞳は、レノアを……正確にはレノアの髪を見つめている。笑顔だった顔を、だんだんと恐怖が侵略していく。
その表情と、少年の視線の先に気づいたレノアは、顔を微かに強張らせた。
「…………」
「………………」
2人の間に、張り詰めた静寂が満ちる。
「あ……」
静寂の中やっと発されたその怯えた声は、どちらの口から出たものなのか。
今はどちらの顔も、濃密な恐怖で彩られている。
「し、、白い、髪………あ、の、ぼく……こ、殺さない、で……しあわせ、、しあ、わせだから………ぅ、、あ、ぁ……おか、さん……お母さん!助けて、天使がぁ!!」
少年が大声で泣きながら、レノアに背を向け走り去っていった。
“ドサッ”
全身から力の抜けたレノアが、その場に倒れる。
「あ、あ…あ」
口からは、ただ意味を成さない音だけが発される。
『白髪なんて、気持ち悪い。お前が私達の家族なんて絶対に認めない。2度と私の前にその醜い姿を見せないでちょうだい』
『あいつの髪は白っぽいから、近づかない方が良いよ』
『白髪なんて、こわ~い。殺されちゃう』
『珍しい髪色だな。……気味が悪い(ボソッ』
『なんであんな子がアラン殿下の婚約者なのかしら?あんな、人殺しが』
「ぅ、あぁ…やめ、やめて………あ、あ、、ごめっ……ぅ、ぁ、、ちがっ、ちがっ、の…私……殺さっ、ない…そなこと、、しないっ、…なんでみんな……みんな、そんなっこと、言う、のぉ?わ、私、なんか悪い、こと…したの?……髪、の色がぁ、違うだけ、、じゃんっ………っ、ぁ……もぅ、いやぁ。イヤだ、、よぉ……だ、れか…助けてぇ」
「レノア!!」
髪を隠すように頭を手で覆いながら、地面に蹲り苦しむレノア。
しばらくして、切羽詰まったようにレノアの名を呼ぶ声がその場に響く。
しかし、過去の幻影に囚われた今のレノアに、その声は届かない。
「おい、レノア!レノア!しっかりしろ、レノア!!」
「わたし、化け物なんかじゃっ、人っ殺しなんか、、じゃっ、ないっ……みんな、なんでそんな、ことっ、言う、の?そんな目、で……見るの?」
《そんなこと、自分が一番分かってるでしょ?》
頭を覆い泣き叫ぶレノアの脳内に、誰かの声が響く。
「ぅ、あぁ…わかん、ない!そんなの、、わかんない」
《嘘つき》
心の奥底から、冷たい声が響く。
「嘘なんかじゃっ……」
《あの時のことを、忘れたの?》
自分自身の、壊れた部分が冷たく言う。
「あ、あ、あ、、」
『お前の父親は、死んだ』
『……お父様が、死ん、だ……?』
『そうだ。だから今日から、お前は私の娘になる』
『おじ様の、娘……お父様が、死んだから………お父様が、死んだ、、それは……』
『(それは、幸せなことだ。死ねるなんて、お父様は幸せ者だ)』
その時、自分の脳内に自然と浮かんできた感情に、自分自身に、心の底から恐怖した。自分は、周りが言うように化け物なのだと、理解した。
「あ、あ、あ、、あ………
ーーーーーー-!」
「レノア!!」
今まで心の奥底に無理やり仕舞い込んでいた記憶が、少年の言葉や表情と共にレノアの心を深く傷つける。それに耐えられなくなったレノアは、声にならない悲鳴をあげ、そのまま意識を失った。
□□□□
意識を失ったレノアを、レオンが優しく抱き締めた。
レオンの声は、全くレノアに届いていなかった。
“もし、ルイだったら……”そんな考えがレオンの脳内をよぎる。しかし、そんな事を考えている場合ではない。レノアを、早く城に連れ帰らなければ。レオンは、レノアを軽々と抱き抱え、今日2回目の瞬間移動の魔法を使った。