2話 酔った
夜、森が不気味に暗い影を落とすなか、街には煌々とした明かりがそこかしこに姿を現し始めていた。そして同時に、人々の賑やかな声が増えていく。そんな街のなかの、とある店。他の店に負けず劣らずの賑わいを感じさせる音を出しているその店の中には、現在レノアがいる。レノアは、幼ないころ何度もこの店にこっそり来ていた。そして、この店の常連客達と短い時間だが話をしていたのだ。成長するにつれて、だんだんと行く回数が減っていき、やがて行かなくなった。久しぶりに来た店で、久しぶりに会った年上の友人達と、初めて長い時間を過ごしていた。
「「「かんぱーい!」」」
「みんな!ほんとに久しぶりだね!」
「あぁ、何年ぶりだ?」
「5年ぶりくらいじゃない?」
「うん、たぶんそんくらいだね。ちゃんと覚えてないけど」
「俺も覚えてねぇや。まあ、とりあえずすげー久しぶりってことだな」
「あぁ、そういうことだな」
「そうだね!とにかくすっごい久しぶり」
レノアと4人の友人は、互いに再会を喜ぶ。しかし、誰も最後に会った日を覚えていない。残念ながら、全員記憶力は悪い方だ。
「にしてもレノア、変わったなぁ」
「そうでしょそうでしょ!体中から秀才オーラがにじみでてるでしょ!」
「それはない」
「えー」
「見た目が変わったよな。髪もめっちゃ伸びたし」
「うん、会わないうちに、少し大人っぽくなったよね」
「そうそう。あと、髪の色も相まってなんか神秘的だな、って最初は思った」
「最初は?」
「口開いた瞬間、その雰囲気は見事に霧散した」
「跡形も無く消え失せた」
「ちょっと!酷くない!?」
「いや、でも俺らバ、、元気なレノアが好きだから」
「ねぇ今の“バ”って何?“バ”って言ったよね。なんて言おうとしたの?」
「さぁ?気のせいじゃないか?」
「うん、俺そんなの聞いてねぇ」
「俺も」
「お前らごまかすなー!」
4人で楽しい言い合いが始まる。言葉では怒りながらも、その顔は笑顔だ。
「まぁまぁ、レノア、これでも飲んで落ち着いて」
今まで静観していた残りの1人がレノアに話しかけた。
「ぼくは、今のレノアが話しやすくて1番好きだよ」
「うー。私の味方はレイだけだー!」
そう言いながら、レノアはレイという青年に抱きついた。
これが毎回のパターンである。
「なんか俺ら、レイの引き立て役みたいになってねぇか?」
「「確かに」」
このような感じで、5人はわいわいと騒ぎ続けた。
しかし、時間が過ぎるのは早いもので、あっという間に閉店の時間に。
5人は、別れを惜しみながらゆったりとした足どりで各々の家に帰っていった。
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「あ、レオン!」
深夜、帰ってきたレノアが城の廊下を歩いていると、仕事を終えたレオンに出会った。
「レノア。帰ってたんだな」
「うん!レオンは今仕事終わったの?」
「あぁ、一段落着いたとこだ。レノアは楽しかったか?」
「うん!めっちゃ楽しかった!これからまた1人で飲むんだ!」
「……まだ飲むのか?」
「もちろん!」
「…………俺も付き合う」
しばらく考えてから、レオンはそう言った。
「え!?ダメだよ!レオンはちゃんと寝なきゃ」
年中寝不足のレオンには早く寝てもらわなくてはと、レノアは慌てて断る。
「いや、気にするな。俺が勝手に付き合いたいだけだ」
「いやいやいや!気にするよ!レオンいっっつも寝不足だもん!国王が倒れたら一大事だよ!」
「…………なら添い寝してくれ」
またしばらく考えてから、レオンは言った。
「なんでそうなった!?ダメだよ、添い寝はルイだけ」
今のレオンの心は、愛情と友情の区別がつかないレノアには理解できない。だから、笑顔で、少しの悪気もなく残酷な言葉を放つ。
「……じゃあ、膝枕」
レオンがひそかに落ち込んでいることには、レノアは全く気づかない。
「それなら良いよ!じゃあ、レオンの部屋行こっか」
「あぁ」
レノアは、レオンの部屋でレオンに膝枕しながらお気に入りの酒を飲んでいた。
飲み始めてから数十分、レノアは酔っていた。
「れお~ん。もうねたぁ?」
「…いや、まだだ」
酔ったレノアは、レオンに絡み始めた。
「ねぇ、れおん~」
「レノア、酔ってるのか?」
「ふぇ?れのあはよってないよ」
レノアの一人称は‘私’から‘レノア’に変わっていた。
「絶対酔ってるだろ。俺、レノアが酔ってるとこ始めてみた」
「だからー、よってないもん!」
舌足らずで幼ないレノアの喋り方に、起きあがりながらレオンが酔っていると指摘するが、レノアは認めない。
「れおんは、れのあとちゅーするの!」
「………………はぁぁ!?」
突然のレノアの発言に、しばらくしてようやく意味を理解したレオンがそれはそれは大きな叫びをあげるが、レノアは全く気にせずレオンにせまる。レノアは酔うと幼児化するうえにキスをせまるという厄介な性質を持っているようである。
「れおん、しよぉ?」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待て!」
「れおん、れのあとちゅーするのやなの?」
「違う違う違う違う!いやな訳ないじゃないか!むしろ嬉しい……って、そうじゃなくて、いや、そうじゃない訳じゃないんだけど、あの、なんだ、その、えっと…」
「いやじゃないなら、ちゅーしよ?」
「いや、そういうのは両思いになってから、、って、それじゃあ一生できないじゃん」
「ちゅーがだめなら、ぎゅーってする!それなら、いいでしょ?」
そう言って、レノアはレオンにおもいっきり抱きついた。
「それは、全然良いけど……(キスは、もう良いのか?もう、終わり?)………………あの、レノア……?」
「…………」
レノアは何も言わない。
「……レノア?」
「……スー、スー…」
レノアから、穏やかな寝息が聞こえてきた。
「え?……ね、寝てる、のか?この短時間で、寝たのか?」
「スー、スー」
「…………」
「スー、スー、スー」
「……はあぁぁぁーー…………」
「……キス、しとけば良かった」
暗い部屋に、レオンの大きなため息と、少し遅かった本音が、むなしく響いた。
翌日
「レオン、いつもより隈が濃いわりに、興奮した目してますけど、どうしたんですか?気持ち悪いですよ?」
「………気にするな」