プロローグ
「レノア。反乱軍の所ヘ行こう」
「…え?」
それは、突然だった。
ある日の早朝。そのルイの言葉は、朝の冷たい空気の中にやけに大きく響いた。
訪れる静寂。
先ほどまで感じていた、微かな人の動く気配は消え去り、2人きりの部屋に、痛いほどの静寂が広がる。2人の小さな息遣いだけが、部屋の空気を震わせる。
どのくらいたったのか、やけに長く感じられる静寂の後、レノアはゆっくりと、震える声を出した。
「な、んで。私は、あいつらに裏切られたんだよ。憎くて、憎くて、復讐するために、ここにいるんだよ。それなのに、なんで…どうして……」
純粋に戸惑った表情で、ルイに尋ねるレノア。
そのレノアの表情に反して、ルイは無表情だ。しかし、その全ての感情を消し去ったかのような瞳の奥の奥には、怯えの感情が見え隠れしている。
「レノアは本当に、今もみんなが憎いと思っているの?」
ルイは淡々と、決められたセリフを話すように、レノアに尋ねた。
その言葉にレノアの中の怒りが溢れだし、ルイを強く睨み付ける。
「なんで!なんでそんなことを言うの!私はあいつらに裏切られたんだよ!誰にも信じてもらえなくて、なんの説明もないまま責められて、それで、憎くて、憎くて……」
言っているうちに、レノアの怒りはあっという間に消えていく。
「あ、ルイ……ごめ「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!もう、もう言わないから、言わないから、お願い、嫌わないで。嫌だ、レノア。嫌わないで。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
突然、ルイが狂ったように喋り始めた。その目は虚ろで、レノアの腕を爪が食い込むほど強くつかんでいる。
「え?ちょっ、ルイ?……あ、えっと、謝らなくていいから、話の続き聞かせて。お願い」
そう言って、ルイの目をまっすぐに見つめる。すると、だんだんと手から力が抜けていき、少ししてルイと目をあわせることができた。
「い、いの?続き、話しても」
「……うん!」
この話は聞かなければならない。なぜだかそんな気がしたレノアは、心の中の何かをふりはらうように、元気よくうなずいた。
「……じゃあ、もう一度聞くね。レノアは本当に、みんなを憎いと思っているの?」
「もちろん。憎くて憎くて、復讐したいと思ってる」
レノアはできるだけ冷静に答える。
「…レノアは……最初は、本当に心の底から憎いと、復讐したいと思ってたんだと思う。でも、今のレノアの中に憎しみはないよ」
「………なんで、そう思うの?」
ルイの淡々とした言葉に、少しだけ声が震える。
「レノアは、そういう人だから。いつまでも人を憎むなんて、できない人だから」
「そんなことない。今、私があいつらを憎んでないっていうんなら、この気持ちはどう説明すれば良いの?」
「それは、全部偽物だよ。レノアが自分を守るためにつくった偽物の感情。ねぇ、みんなのこと、ちゃんと思い浮かべてみて」
そう言われ、頭の中で彼らとの思い出をふりかえる。溢れるほどの優しい思い出。それは突然に終わり、激しい憎しみのこもった、しかしどこか虚ろな目をした顔が、レノアの頭の中に浮かんでくる。それに対してレノアは--
なんの感情も浮かばなかった。
「……!そ、そんなわけない……」
レノアは激しく動揺する。そんなレノアに、ルイはゆっくりと、説得するように話す。
「…………なにも、思わなかったでしょ。レノアにとって、もう、みんなは他人なんだよ」
「い、いや。いやだ。なんで、なんで、なんとも思わないの?どうして?」
「私は、みんなが大切だった。大好きだった。だからっ、裏切られて、信じてもらえなくて、憎くて、苦しくて、悲しくてっ!大好きだったからこそ、それは強くて………なのに、こんな簡単に、消えちゃうものなの?みんなが、どうでもいい存在に、なっちゃうの?私は、みんなのこと、その程度にしか思ってなかったの?」
「レノア……」
レノアは、今まで無意識に目をそらしていた苦しみを、すべてはきだすように話す。感情のままに、誰に話すわけでもなく、ただただ感情をはきだす。
「なんでもう、悲しくないの?憎くないの?」
自らに、問いかける。
「私は……私はやっぱり、化け物なんだ」
苦しみが、苦しみを呼び、幼い頃の苦しみが蘇る。
深く闇い苦しみに、呑み込まれていく。
化け物、化け物、化け物化け物ばけものばけもの--
「違う!!」
突然ルイが、今までにないほどの大きな声を出した。
「……え?」
意識が、苦しみの海から引き上げられる。
「レノアは化け物なんかじゃない!」
レノアの目をまっすぐに見つめたルイは、泣き出しそうな、苦しそうな顔でレノアに向かって叫ぶ。
「化け物っていうのは、もっと狂ってる。レノアは化け物じゃない!化け物っていうのは、あの人たちみたいな人のことをいうんだ!」
「……ルイ?」
「レノアは化け物じゃない!レノアは、苦しんでるでしょ。自分の感情に、ずっとずっと苦しんでる。本当に化け物だったら、自分の異常を気にしない。気付きすらしない」
「ル、イ」
「僕は絶対に、レノアを化け物だなんて思わないから」
ルイの言葉に、レノアの意識に穏やかな光が差す。
「わ、たしも、ルイを化け物だなんて、絶対に思わないっ」
「……っ!………………ありがとう」
ルイの心からの言葉は、レノアの苦しみを以前よりずっとやわらげた。そんなレノアは、ルイの心に気づかない。
“僕はレノアと違って、あの人たちと同じ化け物だよ”
“あの時、僕は化け物を受け入れた”
“異常を気にしない僕は、あちら側だ”
“どうか、化け物になった僕を、嫌わないで”
“レノア。ずっとずっと、愛してる”