5話(選択肢2) マルセル
5話その2です。 4話の続きです。
レノアは、この国を案内してもらいたいと思い、マルセルの部屋を訪ねることにした。
案内なら、王子であるマルセルではなく、他のこの国の者にしてもらった方がいいのだろうが、何故かレノアは、マルセル以外のこの国の者にほとんど会ったことがない。
なので、この国の王子であるマルセルに頼むことにしたのだ。
“コンコン”
「マルセル。いる?」
出会った日から数日、それなりに仲良くなったマルセルとは、お互い呼び捨てで呼びあうようになっていた。
「あれ、レノア。どうしたの?」
マルセルがドアの隙間から顔をだし、そう尋ねる。
「あのさ、暇ならでいいんだけど、この国の案内してくれない?」
「もちろん。いいよ」
レノアがいうと、マルセルは快く案内役を引き受けてくれた。
◇◇◇◇
その後、レノアはマルセルと共に城下にきていた。
城下は、初めてこの国にきたときと同じようにとても穏やかな雰囲気に包まれており、争いとは無縁の場所のように思える。そして、そんな国の王子であるマルセルも、とても穏やかで優しい人物だ。しかし、そのマルセルは当たり前のようにレノアたちの争いに協力すると言った。その答えに驚き、あまりにも簡単に言うものだから思わずマルセルを疑ってしまったが、今ではすっかりマルセルを信用している。
マルセルは、今もとても柔らかく微笑み、穏やかな雰囲気に包まれた街を幸せそうに眺め、時折街についての説明もしてくれる。
そんなマルセルの横顔を見つめていると、レノアもなんだか幸せな気持ちになってくる。“彼ら”への憎しみも、悲しみも、様々な思いを忘れ、穏やかな心で過ごすことができる。マルセルの雰囲気がそうさせるのか、マルセルといると不思議と心が軽くなり、いつもの息苦しさが少しだけ和らぐのだ。
「レノア、どうかした?」
向けられる視線に気付いたのか、マルセルがレノアの方を向く。
「ううん。何でもない」
レノアは首をふり、視線を前に戻す。
「ねえねえ。それより、あそこに見えるのは何?」
そして、誤魔化すように遠くに見える物を指差し、それに向かって走り出そうとする。
しかし――
「あっ」
走りだそうとしたレノアは、足元の小石に躓いてしまう。
「……っ」
転んだレノアの膝からは、深く傷ついてしまったようで真っ赤な血がでていた。
「!……レノア!」
マルセルがすぐさまレノアにかけより、傷に手をかざし治癒魔法をかける。
「-----」
治癒魔法のかけられた膝の傷はすぐにふさがり、痛みも徐々にひいていった。
「マルセル、ありがとう」
レノアは顔を上げ、マルセルに向かってお礼を言う。
「う、うん。どういたしまして」
そう言ったマルセルの顔は、ひどく蒼白だった。
「…マルセル?」
そんなマルセルの様子に不安になり、レノアは声をかける。
「あ、うん。行こっか」
マルセルはそう言い、レノアの手をひいてずんずんと歩いていく。
それからのマルセルは、常に何かに怯えたような表情をしていた。そして時折、怯えたような、不安そうな表情でレノアの方を向き、レノアの姿を確認してはひどく安堵した顔をしていた。
その姿は、普段のマルセルからは想像できないものであり、レノアはどう声をかけていいかわからず、その日はその後一言も喋らないままに終わった。