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ろかいの華  作者: 牛蒡
第一章 熊埜御堂知真輝の華
8/31

#8「大事」

今回は残酷な描写を含みます。

苦手な方はご注意ください。

思考がうまく巡らない。またあの碇草(イカリソウ)の光景が浮かんだ。

左手……?ストラップ………?

何もかもが

予測不可能だと感じる。


僕が愉嬉歓(ゆきか)にプレゼントした

僕と、愉嬉歓を繋ぐたった1つの物。

それを……

……返すって…………

えぇと、なんだ…なんだ?なんだ?なんだっけ?

…………………

「だからこれ、大切に持っていて………知真輝(ちまき)?」

愉嬉歓が僕の顔を覗き込む。あの曇りなき眼で。

胸がぎゅうぎゅう締め付けられて、血が滲む痛みと思いが込み上げてくる。

富士見(ふじみ)さんに腕を掴まれた時の鈍い痛みを彷彿とさせるような。

なんて返せばいい。

どうすればいいんだっけ、確か、今って

…?

「ち…ちまき?どうしたの?気分悪いの?大丈夫?立てないのか?」

やけに視線が低いと思ったら、僕は膝から下の力の入れ方を忘れたみたいだ。

脚がぶるぶる震える。

おかしいなぁ、雪や冷たい風には慣れたはずなのに。

なにか


怖い………?

…………なにが?

確か、そう、失うことが……

愉嬉歓との時間を、その存在を失うことが怖い。


大切にしなきゃいけなかったんだ………?

大切に………今を……。

僕の永遠ってなんだっけ。

そういえば、愉嬉歓を……止めないと……。

ずっとそばに居てほしい。


愉嬉歓が踏み割った枝、枝、枝………

僕は差し出された愉嬉歓の手首を必死に掴んだ。

彼を失ってしまうような気がしたから。

「好き」だなんて、あんな事を言っておいて、やっぱり僕はここに置いて行く気なんだ。

僕はただ、愉嬉歓に居てほしいだけ。

ストラップは薄く積もった雪の上へ落ちて

雪に穴ぼこを作って。

愉嬉歓は驚いた顔で僕を見つめていた。

「ちま……え?」

……………?

なぁ、これで合っているよな。愉嬉歓。

そうだよな。

うん……そうだ!!!

答えはそう、「はい、僕から離れないで」


「ぃ…ッ…痛い!!痛いッ!!いたいいたいいたいッッ!!」

聞いた事も無い声が耳を(つんざ)いて、まるで僕が間違ったことをしているみたいな感覚に陥った。

けど、その考えこそが

間違いだと

すぐに胸の痛みが()げる。

枝の欠片を愉嬉歓の左腕に何度も突き立てる。

その度に愉嬉歓は新しい悲鳴を上げる。

何回も、何回も、なんかいも!!!

とまれ、とまれ!!!

そう心で願うと、自然と鼻息が荒くなる。破壊の限りを尽くす様な、それでいて、

大切な人を必死に守る様な。

………。

ゆきかを…………。

…。

「やめてッ!いたい!!いたい痛い!!いたいッッ!ごめんなさいッ!!やめて、ちまきやめて!!いたいぃい!いたいぃぃいッいぃぃいッ!ちまき!!ふざけんなッ!!離せクソがァッッ!!やめろ!!痛いッ!!いたい!!いたいッ!!いたいいたい!!痛いッてぇえぇぇえぇッッ!!」

大切。

に………。

愉嬉歓を………。

彼は僕の肩に爪をくい込ませながら必死に両脚でもがいていた。

転がって逃げようと何度も試みている様子だったけど、1年の力の差は大きいみたい。

ダメだ、ここで逃がしたら、大切にできない。ここでとまってもらわないと。

愉嬉歓の腹を右脚で思い切り蹴り飛ばすと、愉嬉歓は血まみれの左腕を我が子の様に抱きしめて雪の上に転がった。

叫びながら痙攣してる。

手を使わずに慌てて立とうとして、もう一度雪の上に転がる愉嬉歓。

もうちょいだから。

待ってくれ。

あ、

少し痛いかも。


雪まみれの彼の上に馬乗りになって、

ボロボロの左腕を地面に固定するように掴む。

わぁ、肘から下はもう刺すとこないな。

………多分治せるから、

(てのひら)…………

「あぁあ゛あ゛!!うわぁああ゛あ゛!!誰か!!誰か助けてッ!!たす、助けて!!助けてくださいッ!!

殺されるッ!!殺されるッ!!死にたくないッッ!!!!ごめんなさいッ!!ごめんなさいッ!!やめてッやめてぇええ!!!!」

誰かって誰だよ…

僕以外の誰だよ……

知らないだろ。

枝を武器みたいに

刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて

同じことの繰り返し。

途中で枝から引いた赤い糸が僕の腕に絡まって、美しい曲線を描いた。

昔のロマンチックな映画のなんとやらの様で、嬉しさがこみ上げる。

「あ…ぁ゛………ちま…き………やめて…くださ……も…う……………もうね、もう……ひだりて…かんかくないの………やめて…やめてよぉ……いたい………ぃ……いたいよぉ…おねがい、しま…す……やめてくださ……ぃ…」

待てよ。

だいじにするのって

ゆきかだよな。

ゆきかをだいじにするために

どこかにいかれると

こまるから。

こうやってとめているけど、

それって…?

あたまがうまく回らない、

まわらない、まわらないなぁあぁぁあぁあぁ

たしか…だいじにすんのは…

ゆきかが…さいしょだったような………

「……ち…まき…」


………!

愉嬉歓の声が聞こえた。

ふと、視線を奥へずらす。

僕から逃げ惑った愉嬉歓が雪の上に描いた大きな赤い地図。虚構を見つめる愉嬉歓の瞳。

「…すげぇ…赤い雪だァ」

間違えた。ここに止めないといけないのに。

間違えた。

僕も追いかけないと。

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