#7「破壊の限り」
「富士見さん、ごちそうさまっしたー!」
柳が元気に叫び、木製のトレーに代金と割引チケットを置いた。富士見さんはにこにこして「またバイト以外の時も来てね」とトレーを手元へ引く。
僕も富士見さんに軽く会釈した。柳が店を出ていき、僕が彼の後ろをついて行こうとした時、
富士見さんは俺の腕をがっちりと掴んだ。
しまった、金欠のあまり割引をしても代金が足りなかったか、僕が振り向くと
富士見さんはいつもの面持ちを消していた。
楕円を横に倒した優しい眼差しは、ライオンのように鋭い目つきに変わっている。普段の柔らかく優しい声色はなくなり、低く唸り声のような声で話す。
「知真輝君。わかっているとは思うけど、どの人だって永遠なんてないよ」
僕の腕を掴む力がさらに強くなる。その万力のように重い力は、その細い体のどこから発せられているのだろうか。指先が腕に食い込む痛みと怪しい恐怖に脚がすくんだ。
「…どうしたんですか?」
「…いや。知真輝君が悩んでいるように見えたから。余計なお世話だったらごめんね。でも、いいかい。幸せな時だって永遠なんてものはありはしないけど、苦しい今だって永遠には続かない。ほら、止まない雨はないって言うだろ」
小煩い奴。一瞬そう思ってしまった。
「…すみません、心配かけて。でも大丈夫です。なんでもないです」
永遠なんてない?そんなの知ってるさ。
僕は奇跡の腕から解放されると、柳の後を足早に追った。
今日も1日は流れるように過ぎていった。昨日、almondで富士見さんに何と言われたか、今日はどんな授業を受けたか、どんな1日だったかこれっぽっちだって覚えていない。
ずっと愉嬉歓のことを考えていた。昨晩からずっと。時間はまるで足りない。
彼に会える喜びと、彼に会わなければならない憂いをを抱えたまま下駄箱へ行くと愉嬉歓の小さい背中が見えた。
「…愉嬉歓、お待たせ」
ふわふわの緑髪を少しばかり揺らめかせて愉嬉歓が振り向いた。途端に僕の視界が華やかになる。
彼は少し疲れた目をしていた。
「待ってないよ!今日も1日長かったね」
また曇った寒空。もう見飽きた。
冷たい空気がひりひりと粘膜を突き破るようだった。
他の生徒はあまり通らない、暗くカーブの多い下り道。民家はあるのにぼろぼろで生きている者の気配を感じない。
僕は何を話せば良いかわからなかったし、きっと愉嬉歓もわからなかった。
僕が砂を靴底のゴムでこする音。
愉嬉歓が枝をわざと踵で折る音。
静かに、静かに2人の隙間に響いた。
ふと、視界の端から愉嬉歓が消える。道中の小高く小さな公園に足を踏み入れていた。僕は彼を追いかけ、隣には行かずその背中を見つめた。
「あのさ」
フェンスに両腕を預けたまま愉嬉歓は切り出した。
「この間は変な事言ってごめんね…でも本当にそう思ってたんだ」
少し恥ずかしそうに俯いて呟くようにこぼした。
そんな愉嬉歓も、失いたくない。
ずっと僕のそばに、なんて思ってしまう。
だからこそ僕は勇気を振り絞った。きっとアニメの主人公だって、こんな具合に言うだろう。
「いや、変とか、そんな…僕も」
「だからさ!」
愉嬉歓は左のこぶしを僕に差し出した。
「これ、返すね。
知真輝が卒業して、僕が東京に行って、離れ離れになるでしょ?僕は知真輝のこと絶対に忘れないし、知真輝がまだ学校にいる時間をもっと大切にするよ。男同士で好きとか、嫌だって思ったかもしれないけど…だから知真輝はこれ見て僕のこと思い出してよ。それだけで僕は充分だから」
締め付けられた脳みそが耐えきれずに爆発したような感覚。
何も考えられない。考えてしまうと僕は…
………?
………………………
………………?
………?…?