#5「複雑」
1日中、愉嬉歓の事を考えていた。そして僕の彼に対する感情について。これが「好き」という感情なのかはまだわからない。でも、この考えが「好き」ということではないのなら何と呼ぶのか。それも僕にはわからない。
1日はあっという間に終わり、柳の1番好きな時間がやってきた。僕は流れ作業のように1日を過ごしたせいか、柳のテンションに付いて行けないでいる。
「そうだ、知真輝」
2人で昇降口まで向かう途中、柳がグレーの布の長財布からオレンジ色のチケットを出して見せた。ただオレンジ色の紙に茶色のペンで文字を書いただけのチケット。オリジナリティが溢れている。
「バイト先で割引チケットもらったんだ。作ったばっかでまだ出回ってないやつ。選べるクリームソーダが半額!3枚あるから、愉嬉歓も誘おうぜ」
愉嬉歓の名前が耳に入り、心臓に突き刺さった。柳にばれているはずがないけれど。
「あぁ、えっと…愉嬉歓、今日は別の人と帰るらしいからさ、また今度にしない?」
咄嗟に嘘をついてしまった。
でもあいつが1人で帰っているところなんて見たことがないからばれないだろう。こんな他愛もない嘘、全く怖くないのに。柳の残念そうな顔を見ると胸が苦しくなりはじめた。
「そっか、残念だなぁ…でも俺明日からまたしばらくバイトなんだよね。できれば今日行きたいから、今から2人で行かね?」
僕の返事もろくに聞かないまま彼はスマホを鞄から取り出し、夢中で操作し始めた。授業中もすきを見てこっそりいじっているくせに。靴を履いて外へ出ると予想通りの凍える風が体に叩き付けられる。
蘆薈台学園の校門を通り過ぎると、右にはすぐに急な上り道が姿を現す。その上り坂を上り左へ曲がると、虫の羽音ばかりが聞こえる草木でできたトンネルのような道とまちまちの住宅が現れる。
道中にはこの街を一望できる展望台がある。生活感溢れるスーパーマーケットやパチンコ店、温泉宿。その生活を包むように、至る所から湯けむりが上がっていることがこの街の特徴だ。僕と柳と愉嬉歓、花如の4人でここから景色を見た今年の夏は最高だったっけ。
しばらくすると鋭いカーブの先端にこの集落からは浮いた、なかなか最近気味の木材でできた暖かい雰囲気のカフェが現れるのだ。そこが柳のバイト先のカフェ「almond」。
店主の趣味で花壇があり、普段はパンジーやガーベラが咲く。今は花壇に花はなく、代わりにスノードロップという札がさがった白い花が別のプランターで咲いていた。
彼が無言でスマホをいじり続けている間、隣で僕は直面している非日常を忘れようと必死だった。