#1「放課後」
真冬の放課後は特別な気持ちになる。
学校は明るいうちに友達や先生と過ごす場所だと、ほとんどの季節でそう思うからだ。
12月や1月の6時間目まで続く日のホームルームはもう周囲が暗くなる。それが特別な時間に思えるんだ。修学旅行で家に帰らず、次の日まで血の繋がらない人たちと過ごすような楽しい感覚。こんな感覚になれるのも呑気な学生の内なのかなと思う。本当に、些細なことだけれど。
今年の秋から、俺にはもう1つ特別な時間が出来た。
3人だけの教室だと外の景色がよりうるさく見える。上の空のままホームルームを聞き流す。
担任の三途川先生は生真面目で厳格で、何より多くを語らない寡黙な人間だった。いつも丁寧に撫でつけられた黒髪にきっちり絞められたネクタイをトレードマークとしている。生徒が2人しかいないというのに学級日誌を毎日つけろと言うのはこの学園でも三途川先生だけだと思う。
クラス通信や配布物を配り忘れることなんて滅多にない。その日の流れを毎日A4のプリントにまとめて、朝に必ず俺たちに配るのだ。もちろん、俺達のことはおろか自分のことでさえ手を抜かない。
1個下の学年担任の蛇籠先生とは黒と白のような違いだ。
「それじゃあ帰りのホームルームを終わる…柳、今日はバイトだったな。暗くなるから気を付けて行くんだぞ」
バイト先のカフェ、almondへの道は木々が生い茂っており、歩道のない道に沿って建っている。バイト許可を取ってない生徒のバイトまで管理する…
「はーい、キヲツケマース」
「…帰りの挨拶をしよう、熊埜御堂」
「はい」
名前を呼ばれた知真輝は俺に目配せし、ニヤニヤして見せた。
「ばっかお前!三途川先生に適当な返事すんなよ!笑ったら僕まで怒られるだろうが」
小走りに校舎を後にし、小さな拳で俺の鞄を叩く知真輝から逃げる。言葉は怒っているがぼんやりしている知真輝にしてはなかなか珍しいニヤニヤ笑顔のままだった。俺もきっとそっくりの表情をしていただろう。
「ごめんごめん!そう怒んなって!」
2人で校門を飛び出し、そのままalmondまで競争になった。ルールもスタートの合図も、誰も言わないおいかけっこ。
俺の吐いた白い息は空へ消える前に知真輝の体にぶつかって壊れ、周囲を包む冷たい空気が2人の体に入っては温かくなってまた寒い世界に出て行く。こんなに夢中で走っているとそんなこと冷静に感じることはないけれど。2人の声と足音しか聞こえない世界になっていた。
前方にalmondが見え、速度を緩めた。すると、俺のそばを一瞬で知真輝が通り過ぎ、「勝った!」と叫ぶ。目の下も鼻の頭もかじかんで真っ赤に艶めかせていた。ずっと灰色にくすんでいる空とのコントラストが綺麗だ。
「競争じゃねーだろっ!」
感情任せにそう叫ぶと、知真輝は口を空に向けながら大きく笑う。口から漏れて行く白い息は、満開の花から飛び出て行く花粉のようだった。
「冗談だってー!バイト頑張れよぉーっ!」
そう叫ぶと彼はalmondを通り過ぎ、坂道を住宅地の方へ走っていった。俺たちが住んでいる何もない住宅地の方へ。あいつは今日も家でオンライン三昧なんだろうな。じゃないとこんな退屈な田舎と離れることなんてできない。
通った場所にほんの一瞬だけ、白い息を残して。
今年の秋から始まった俺のもう1つの楽しみ。それはカフェでのバイト。富士見さんという男性が1人で営んでいる。
…というのは、俺以外の人間が知っている情報である。




