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ろかいの華  作者: 牛蒡
第二章 長者原花如の華
14/31

#5「画鋲」

時計の短い針が5を指す頃。うちは団地を出た。

冬の朝はまだ薄暗く、スカートから伸びた脚や裾から出た手が冷たい空気に晒され一瞬で凍りつく。今日のような日は特に。

その凍りつきを揉みほぐすように歩みを進める。

団地から蘆薈台学園(ろかいだいがくえん)までは歩いて約1時間。うちはその時間を使って頭の中を整理する。

今からうちが起こすことを。


学園についても静まり返っていた。

教員の車が三台ほどあったがどれも事務員のものだ。職員室と昇降口、十字路になっている廊下の一部以外明かりが見えない。青い光と闇で覆われている。

うちは階段を上がり南校舎の3階を目指す。不気味な深緑色の廊下をゴム底の上履きで踏みしめると、きむっきむっと不思議な音を立てる。

明かりがどんどん背後へ遠ざかっていく。つまりうちはどんどん暗闇に向かうわけ。うちはその中で、一層瞳を見開いた。

闇なんて、怖くない。

その気持ちが顔に出たように。

自分の教室に着くと、うちはすぐに鞄の中から画鋲のケースを取り出した。学校ならどこにでもある透明のプラスチックケースに入った金色の丸い持ち手の画鋲。親の仇のようにそのケースを見つめてからスカートのポケットにほうる。

そして、「巡麻薫子(めぐるまかおるこ)」とテープを貼られた席には座らず、まだ誰もいないままの校舎へ出かけた。

階段を降り、渡り廊下をぬけ、また階段を上る。北校舎2階。

他学年の校舎や教室に入り込む罪悪感は、普段ならあっただろう。でも今は無い。全く無い。高等部2年生の教室に入る。たった3つしかない机と椅子。うちは1番窓側の席の椅子に、持ってきた画鋲をばらまいた。あいつの席に。

何かの怨みのように。

プラスチックケースから出ていく画鋲が微かな光を受けててらてらと輝き、その光を手伝うかのようにうちの冷や汗が輝いた。

椅子からこぼれおちた画鋲を拾いケースにしまう。冷静に椅子の上の画鋲を全て針が上を向くように置き直すとうちは何かに弾かれたように教室を走って出ていった。




「ごめんな、時間合わせてもらって」

珍しく焦っている知真輝(ちまき)は、これまた珍しく僕に謝った。

「別にいいよ。それに挨拶週間の当番が僕に回ってきたら、僕だって朝早くに1人で行くの寂しいもんな」

知真輝と僕が住んでいる住宅地は学園からそう遠くはないが道が全て登り坂で歩いて行くには30分はかかる。今日から蘆薈台学園は挨拶週間で学園で決めたその日の当番5人が昇降口で始業まで挨拶をする。

今日の当番の1人は知真輝で、最高学年だから1番についておきたいと張り切っていた。そのやる気も学園の昇降口で尽き、いつもの気だるげな知真輝に戻ってしまった。

愉嬉歓(ゆきか)…頼む…僕の荷物…」

「はいはい。席に置いとくよ」

ありがとう!!と大声を出して、知真輝は昇降口の隅っこの壁に体を押し込んだ。

「気配消すわ」と意気揚々だけど、知真輝の赤毛じゃとても土気色の壁には紛れ込めない。やる気のない挨拶当番に「頑張れよ」と投げかけるように声をかけると僕は北校舎の階段を上がった。

十字路の廊下をまっすぐ進み、ついでに廊下の明かりのスイッチを入れる。自分の高等部2年の教室を通り過ぎ、隣の高等部3年の教室に入る。猫さんの落書きだらけでプリントがはみ出しまくりの机と、知真輝のきちんと整えられた机の2つの席しかない。

綺麗な方の机の上に知真輝の鞄を置き、すぐに自分の教室へ引き返した。教室の明かりをつけたがまだ誰もいない。流石の花如(はなき)もこの時間にはいないか。

だけど、花如の椅子にはたくさんの先客がいた。

「…なんだこれ」

思わず独り言をこぼした。

金色に輝く小さな針。画鋲が椅子の上に綺麗に針を上に向けて置いてある。僕は足の裏に違和感を覚え、右足の上履きの裏を見た。画鋲が深く突き刺さっている。

背中が一瞬で凍てつき、百足が這うような感覚が走った。頭の中でたくさんの考えが駆け巡っていく。

僕が真っ先に疑われるかもしれない。今学校に居る誰かが犯人だ。この画鋲は学校の備品?

誰が花如にこんな事を?

僕は荷物を自分の席に置くと咄嗟に花如の椅子の前に膝を着いた。花如が来る前に片付けないと、花如が悲しむ。

画鋲が手に刺さらないように掻き集めたがきっと間に合わない。掌の痛みに耐えながら僕の机の上に一時置きし、また花如の椅子から画鋲を一生懸命に集める。

誰がこんな嫌がらせを?

突然?

なんとなくのイタズラ?

こんな冗談を年上の知真輝や猫さんはしない。僕だってしないし、このクラスのもう1人の生徒は不登校だ。花如を怨んでいる人なんて想像もできない。その想像も出来ない人にふつふつと怒りがこみあげてきた。たった今思い出したかのように。

握った拳の行き場がないことを自覚し、自分の机の上に広がる画鋲を見つめた。

すると、僕の考えを切り裂くようにスライドのドアが開く鈍い音が響く。


僕を見て一瞬で動きを止めた彼女。

「…愉嬉歓…それ、どしたの…」

花如が血相を白くして立っていた。僕の机の上の画鋲を凝視している。

「これ…これは、」

「待ってて!蛇籠(じゃかご)先生呼んでくる!」

彼女はその場に鞄を落とすとスカートを(ひるがえ)して走って行ってしまった。

「待って…!」

僕の言葉なんてお構い無しに足音は遠ざかっていく。教室の外まで出たはいいものの、僕はどうしても追いかけることが出来なかった。

花如を止めることが出来たところで、何が言える?

間違えてたくさん出してしまった?画鋲のケースも掲示物もないのに。

落ちてたから拾ってきた?こんなに大量の画鋲を、どこで……

考えても考えても良い案は出てこない。

いや…そんな苦しい言い訳せずに、このままにしておけばいい。

朝、登校したら僕の机の上に画鋲がバラ撒かれていた。

それでいい。

花如は傷つかずにすむ。

自然と自分の呼吸が激しくなり、鼓動が胸を叩く。

大丈夫。誰にもバレないはず。

やがて、2人分の早い足音が聞こえてきた。

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