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ろかいの華  作者: 牛蒡
第二章 長者原花如の華
13/31

#4「今日のような日」

私は教室を出ていく愉嬉歓(ゆきか)先輩に急いで駆け寄った。頭の中で何度も考えた”最初に言う言葉”をもう一度思い出す。

「お疲れ様です、愉嬉歓先輩…し、昇降口まででいいので、一緒に行きませんか」

愉嬉歓先輩は私を愛らしい仔犬でも見るような目で見つめて「一緒に行こう、叶音(かのん)ちゃん」と答えてくれた。ちょっと嚙んじゃった…

「今日、学校はどうだった?叶音ちゃんは頭がいいからアクティブラーニングの日はひっぱりだこなんじゃない?」

「いえ、決してそんなことは…」

愉嬉歓先輩は優しくてかっこよくて…良いお兄さんのような存在。

そう思ってた。

でも違う。私の本当の兄は私に手を上げて、勉強の邪魔をして遊んでばかり…もちろん両親の関心や期待は全て私に向く。それでも頑張れば頑張った分だけ両親を独り占めできる環境に慣れていた。

でもその両親はもう逝ってしまった。

本当は愉嬉歓先輩と家まで一緒に帰りたいけど、家を見られたくない。ヘルパーさんを呼んでいるから家族がいないことを悟られるかもしれない。全部秘密にしたい。

「その制服、前の学校の制服だよね。ワンピースが制服って珍しいよね。似合ってると思うよ」

何か言葉を返したかったけど下手くそに笑って見せることしかできなかった。愉嬉歓先輩は教室から昇降口というとても短い道を、ゆっくりと歩き、沢山のことを私に質問してくれた。

とても楽しい時間。

幸せで、少し胸がドキドキして、ちょっとくらい羽目を外して肩を叩いたっていいかなって思ったり…そんなことはしないけど。

昇降口までついても、愉嬉歓先輩は私の靴箱の前まで来てくれた。私が急いで靴を履いているのを見て、黙って待っていてくれた。

そして、私が頭を上げた。これが最後。

「じゃあね、叶音ちゃん」

愉嬉歓先輩はそのままドアの向こうで待っていた知真輝(ちまき)先輩の元へ行ってしまった。その輪の中に、更に花如(はなき)先輩と猫屋敷(ねこやしき)先輩が加わる。

あの4人はいつも一緒の高等部3年生と2年生の仲良し4人組。

いいなぁ…愉嬉歓先輩と一緒に帰れるなんて。

私も花如先輩になりたい。

美人でかっこよくって、人をまとめることが出来て、しゃっきり話すことが出来て。私みたいにうじうじしていなくて、パワフルでエネルギッシュで、

愉嬉歓先輩の隣が似合ってて…




「ごめんごめん、ちょっと"チュンちゃん"に呼び出しくらっちってた!」

(やなぎ)猫屋敷こと猫さんは変な形に変形した通学鞄を握るように手にして小走りで現れた。

多分プリントや教科書をかなり適当に詰め込んでいるんだろう。知真輝君がツッコむ。

「お前なぁ…三途川(みとかわ)先生のことチュンちゃんって呼んでるの、本人にバレたら三途の川に流されるぞ」

「知真輝君、うまいっ!」

両手の人差し指を知真輝君に向ける。私の合いの手に知真輝君はご満悦。

知真輝君と猫さんの担任、三途川先生の名前は"小鳥(ことり)"という可愛いもので、猫さんがよく裏で馬鹿にしている。

「大丈夫大丈夫!バレねぇよ。そんなことより、みんな財布持ってるだろ。寄り道して帰ろうぜ」

「僕またこのイツメンで猫先輩のバイト先行きたいなぁ」

愉嬉歓が提案をする。

almond(アーモンド)だよね。富士見(ふじみ)さんってお客さん大好きだから、僕らが行ったら喜ぶだろうな」

「決まり!な、いいだろ花如!」

猫さんが私の顔を覗き込んだ。私は慌てて「もちろん大賛成」と早口で答えた。

3人が楽しそうにおしゃべりをして、白い息を並べて空へ登らせて行く光景がなぜか寂しく思ったんだ。夕方のくすんだ水色の空。気温はきっとそう低くないが、たまにふきつける風がつめたい。

この寂しくて冷たく響く風景に楽しそうな声が静かに遠く響いているから、かえって虚しく見えるのかな。

…いや、違うな。

きっと、私だけが寂しいんだ。

この憂鬱とした空の下、歩く事さえ億劫な寒さの中で暖かく繰り広げられる"日常"に幸せや喜びを感じている反面、この寒さがどこかへ旅立ってしまえば、このわかりやすい暖かさもなくなってしまうことに既に寂しさを覚えている。

もうすぐ…もうすぐだ。ダメだなぁ、こんな事言っていたら。

猫さんと知真輝君はもうすぐ卒業。愉嬉歓は卒業後に上京を決心している。もうすぐばらばらになってしまう。

下り坂を足早に進む3人の背中をもったいぶって追いかけた。

「あ、富士見さん外にいるよ。花壇をいじってる」

「今客いねぇんだろうな…待って、富士見さん後ろに如雨露(じょうろ)置いてるの忘れて…あーあ、蹴ってひっくり返した」

「見えてるなら大声出して教えてあげろよ…」

3人が顔を見合わせて笑う。愉嬉歓が猫さんの腕につかまって、猫さんが知真輝の背中を叩いて。その中で私もつられて口角が上がった。

笑い声に気付いた富士見さんが、私達に向かって大きく手を振っていた。


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