#1「日常」
蘆薈台学園の最年長クラスに所属するのは僕を含めて2人しかいない。だから朝の出席確認もすぐに済む。
「熊埜御堂知真輝」
「はい」
先生の呼び掛けと僕の声。
「柳猫屋敷」
「はーい」
そしてもう1人の男子生徒の柳。
先生はすぐに出席簿を閉じ、隣のバインダーに目を向ける。
いつもの光景。何ら変わりない。
「よし。今日は水曜日なので午前は高等部のグループ学習に、午後は高等部のメンバーと一緒に中等部、小学部の手伝いに行くぞ。最高学年として間違えないように」
蘆薈台学園は九州の田舎にある小さな学園で小学部54人、中等部12人、高等部たったの8人の学園。
月曜日と水曜日と金曜日はほとんど学生同士のアクティブラーニングに費やされる。全校生徒をもってしても100人に満たないから顔を知らない生徒はまずいない。
終わりの挨拶が済み、柳は固い椅子に思い切り座り込んだ。
「三途川先生」
僕は教室を出ていこうとする三途川先生を慌てて呼び止めた。先生はロボットのように顔色ひとつ変えない。決められた表情のように。
「どうした、熊埜御堂」
「あの、今日、高等部2年生に欠席はいました?」
「通りすがった時はいないように見えたから、全員出席していると思うぞ。お前は東三条のことが本当に心配みたいだな」
「…保育士を目指すのなら、上京する必要なんてないですよね?保育士免許を取得できる大学なんてその辺にもありますよね?」
三途川先生はしかめ面をにこやかに緩ませた。
「ほとんどの過程が同じだったとしても教える教師によって変わってくるものがあると先生は思う。それに、こんな辺鄙な田舎よりも東京のような新鮮で華やかな場所で大切な時間を過ごすことに東三条が魅力を感じているんじゃないか?先生は東三条にそこまで聞くほどの仲ではないから、わからないけどな。引き続きよろしく頼む」
胸がずくん、と強く跳ねた。
心臓が重くなってお腹へ落ちそうになる感覚と、びりびりと麻痺する顔の痺れを抑え込み、僕は三途川先生に向かって「はは」と乾いた笑いを流した。自分の気持ちを誤魔化すため。
背後では柳が携帯電話をいじりながら今か今かと僕を待っている。
「知真輝ぃ、はやく会議室行こうぜ」
しびれを切らしたのか、僕に向かってリュックを投げ渡しながら彼は言う。眼鏡の奥で眉をひそめていた。
気の抜けた返事を返すと更に機嫌を悪くしたのか、会議室までずっと上履きの踵を踏んできた。