第11話 謎の男子生徒
不敵な笑みを浮かべ、卵サンド二個をつまみ上げている男子生徒。
そんな男子生徒は確かに、圭の行動を推理してみせた。卵サンドを買おうとしたこと、二人分のパンを買おうとしていたことだ。
まあ、当てられたからといって、何かあるわけでもないし、どうでもいいこと。むしろ、勝手に推理などしだしたこの男子生徒に対する、謎めいた存在感が気になる。この男はなぜ、そこまでのことをする?
こちらが反応に困っていると、男子生徒はさらに、言葉を続けた。
「わたしの推理に対して、何か疑問点や文句があったら言ってくださいね。なんなりと答えてあげましょう」
本当だったらもうさっさと無視して適当なパンを買ってその場を離れていた。だが、どうしても五百円玉を拾ってもらった義理によって、蔑ろにしづらいものがあった。
ならば、本当に疑問に思っていることでもぶつけてやるか。
「そうですね……じゃあ……。俺が財布を取り出した件についてですけど」
「はい」
「別に、お釣りをきっちり払うために財布を取り出した、と考えることもできませんか? やっぱり、小銭をジャラジャラ増やしたくはないですし」
一応、別の可能性もあるよ、と言ってみたが、男子生徒は得に考えるまでもなく、指一本を圭が握る五百円玉に向けてきた。
「もし、お釣りを綺麗にするようなタイプなら、そもそも最初から五百円玉を握っていることなんてしないですよね。買ったそばで財布を漁るはずです。
それに君、財布を取り出したのは、購入するパンを選ぶ前でしたよ。
物を買う前に、金額を聞く前にお釣りを綺麗にして払うために、金を出すなんて……、よっぽど暗算に自身があって、尚且つそれを自慢するような目的でもなければね。
実に苦し紛れな可能性じゃないですか、それは?」
一層、口角を釣り上げて見上げるように、圭の顔を覗き込んでくる。背丈は圭よりも高いはずなのに、ぐっと腰を落として、圭を見上げるその仕草。
まるで、煽ってきているよう。
でも、この男の言うことに間違いはなかった。
「確かに……その通りですね」
そう言うと男は不敵な笑みから自然な笑みへそっと表情を変えてきた。だが、そこに対して圭は突っ込んでみた。
「でも、なぜ最初から卵サンドを持っていたんですか?」
「ん?」
「俺が売店の前についたときは、卵サンドが既に売り切れ。先輩はそれより先に買っていたんですよね。俺の目当ての品、もっと前から分かっていたんですか?」
さっき、この男は圭の視線から卵サンドが目当てだと推理していた。だが、この男が卵サンドを持っていたのは、もっと前だったはず。
「別に、それは簡単なことです。わたしも卵サンドが大好物だからですよ。ここの卵サンド、美味しいですよね」
そう言いながら、男子生徒は二つある卵サンドのうち、ひとつを圭の前にこれでもかと突き出してきた。
「ですから、同じ卵サンド好きとは仲良くしたいんですよ。受け取ってください。その代わり、このパンの代金、二百二十円はいただきますから」
仲良く……ね。正直、圭は別にこの人と仲良くなるつもりはない。だが、こうもまっすぐ向けられてくる好意を無碍にはできないか……。
「……分かりましたよ。その卵サンドは喜んで買取りましょう」
「まいどありです」
男子生徒から卵サンド一個を購入。そしてもう一つ、次郎のために餡パンを選んでおいた。
隣で、あの男子生徒もまた、同じく餡パンを購入する。この人はひとりで二個食べるのだろうか……どうでもいいが。
パンを選び終えて、ひとりさっさともうすでに、座る場所あるかどうかもわからない、フライハイトに向かおうとする。
「あ、そうそう」
そんな中、まだ横を付いて歩こうとしてきた男子生徒が急に振り向いた。両手に卵サンドと餡パンをぶら下げたまま、圭の方をじっと見る。
「実際、ここまで仲良くなれましたから、自己紹介しておきます。わたしは三年の田村零士です。よろしく」
「……小林圭です」
この男子生徒の行動はいつだって唐突だ。自己紹介のタイミングも含めて。だが、こっちも礼儀だと思って名前だけは紹介しておいた。
「また、いつかゆっくりお話でもしましょう。君……小林くんとは、非常に楽しい時間を過ごせそうです」
そう言ってその田村零士と名乗った男子生徒は餡パンの袋を破り、一口かじりつく。そのまま「では」と言うと、フライハイトに向かうのとは逆方法へ歩いて行った。
そんな奴の背中を見ながら、内心かなり安堵している自分がいた。
かつて戦ったネイティブは、心理を読むのに長けた人物だった。それは観察眼によるものだろう。
だが、田村零士もまたとてつもない観察眼を持っていた。それも、心理を読むのではなく、圭の行動パターンから、論理的に推理してみせた。
敵に回ったら……間違いなく厄介だ。




