第8話 長考フェイズ
それから、次郎は適当に漁ってきた椅子に腰を下ろすと長考フェイズに入っていった。確かに、制限時間も設けていなかったからな。
いざとなれば一日中粘りたければ粘ってればいい。文句は言えない。それに、いくら時間を伸ばそうが、答えは変えられない。
「お前は確かにガラケーを持っている。それは間違いない、ならば、それを問題にしてしまっては、答えはマルの一択になる、それはどうだろうか?
なら、考えるとすれば、まず手に持っているかどうか、だが、それは一目瞭然だよな」
圭は次郎の言葉に対して答えるように両手を広げた。当然、そこにガラケーはない。問題を出した時も、持っていなかった。
「ならば、持っているの定義が手の中にある、というのであれば、バツだ。
だが、それだとしても単純過ぎないか? ならば問題は、ポケットの中に入っているかどうか、ってことになるのか」
次郎は淡々と思考を重ねて言ってるな……。
「このゲーム、問題を提示するとき、脳内で答えを意識しなければいけないんだよな? そして確か、お前が問題を提示するとき、手に胸を当てた。それがどういう意味か。
すなわち、胸ポケットの中にあるガラケーを意識したか、または、逆に胸ポケットにガラケーを入れていないという意識をしたか……」
圭は黙って、自分の胸ポケットを見た。
「こういうふうに問題を絞れば、胸ポケットにガラケーが入っているかどうか、ってことになっていくよな? どうだ?
これならば、俺がぱっと見たところでは情報がない以上、どちらとも言えることはできない」
次郎はそう言って圭の胸ポケットに指をさした。
「だけど、疑問が沸く。このままだと、俺の直感に頼った答えになってしまう。俺に胸ポケットの中身を知る情報はないのだから、五十パーセントの当たりを信じて、マルかバツかを当てずっぽうで当てるしかない。
それを、お前が望んでいるようには思えない」
圭はここで、そっと俯いた。次郎と目を合わせないように。
「なにか、決定的に俺を騙そうとする何かがあるはず……」
再び長考に入る次郎。
「ん? 待て……そもそも、契約してないのだから、これをやっても良いってことじゃないのか?」
そう言って次郎は手に持っている自分のスマホに指先を当て始めた。そして、見せ付けられるのは圭のガラケーの電話番号が表示された次郎のスマホ画面。
「あっ!?」
「お前、言ったよな? 別に問題に提示された関係のものを見つけ出す行為を禁止された覚えはないぞ。これに電話をかければどうなるのかな?」
圭はとっさの判断で次郎からスマホを取り上げようとしたが、次郎は当然予測していたようで、圭の動きを交わして通話ボタンを押下した。
圭の行為虚しく、携帯の音が鳴り響く。といっても、マナーモードになっていたため、そのバイブ音が教室中に響き渡る。
「ガラケーの電源、切ってなかったんだな」
流石にここまで来たら、隠すことになんの意味もない。たった今、ガラケーは震えて、その振動音を響かせていた。”机の中”で。
「随分と響いているな。まあ、空の机の中でケータイだけが入っているんだ。うるさい音が鳴るのも当然か……しかし、これでお前の携帯の場所はよくわかった」
そう言って次郎は確かに机を指先でトントンと叩いた。
「勉強できたよ、問題を提示するときは、こういった情報漏えいにも細心の注意が必要だってことがな」
圭は言葉ひとつ言わず、そっと後ろに下がった。でも、まだこの問題は終わっていない。
「次郎、まだ答えてはいないぞ……マルかバツ、どっちだ?」
「そうだな……マルかバツか……どっちだ? って、言うまでもないだろ? 答えはバツだ。お前はおそらく、俺に胸ポケットにガラケーがあるように思わせて、そもそものガラケーを机の中に隠した。その状態で問題を吹っかけたはずだ。
事実、もう問題提示後にガラケーを机の中に入れた感じはなかった。ゲームが始まる前から、この問題を想定して仕込んでおいたんだろ? だから、バツだ。お前は今、ガラケーを持っているといったのは……嘘だ」
そう言うと次郎は、口角を釣り上げた。




