第12話 契約の穴
放課後、圭は一足先に上の階にあがった。四階の空き教室の一つだ。その後、次郎がやってきて、やがて森も姿を現す。
ただし、全員仮面を付けた状態で。
「つけられてないな?」
無言で頷く二人に圭も「よし」という意味合いで頷き返すと、早速ペン型の隠しカメラを取り出した。
何かあればと思っていくらかプラスで用意してあったのが役に立つ。
「アリス、これを胸ポケットに指してくれ」
森は直ぐに察してくれたようだ。
「……これでお互いの手札の情報を次郎に伝えて交換するわけか」
「ああ。でも、そのボブの名を次郎に対して使うのは今はやめよう。これからは俺がボブだ。
アリスとチャーリーだと感のいいやつにもう一人「B」に当たる奴がいると思われかねん。あくまでも森がリーダーで俺は新参者ボブとしてゲームに参加することにする」
ボブボブアリス、言い過ぎて自分でも何言っているのか訳分かんないが、やるしかない。そう言って無線イヤホンも二つ取り出した。森に片方を渡し、耳につけてもらう。
「で、森。お前のスマホにイヤホンを連動させる。そのスマホは隠し持ってもらうぞ。
で、俺のケータイは次郎に預ける。お前は自分のスマホで隠しカメラの映像を確認しながら、俺のケータイで俺たちにお互いの手札の状況を伝えてくれ。
もし、できるなら、相手のカードの情報をプラスで伝えてほしい」
次郎は圭のケータイを握り締め、大きく頷いた。
「了解。任せろ」
次郎の(口だけだが)頼もしいセリフを聞き、少しは満足する圭。しかし、そんな圭に対して森がゆっくりと挙手した。
「あの……」
「なんだ?」
「今更なんだけど……エンゲームの契約ってどうするの?」
「ん? 契約? それは俺がスマホを貸すから、そのアカウントを使って」
「二対ニのエンゲームだよね。奴らは集団契約を望んじゃない?」
「それがどうした……うん? あっ……、しまった……それは盲点だった……!」
ずっと、圭のスマホを森に渡して、ゲームの個々契約をすればいいと思っていた。
「たしかに……複数人でゲームを行う以上、契約は間違いなく集団契約をしてくる……クソッ。
ん? 待て! そもそも集団契約……今の状態じゃできないか……」
その場その場での最善策ばかり見すぎた。
スマホを貸して契約させる。これはいい案だと思っていたが、ここに来て支障が来たか……。しかも、解放者として結んだ契約がここにきて邪魔してくるなど……考えてもみなかった。
もしや、奴らの狙いはこれか?
「ん? どういうこと?」
森が一歩踏み出し、圭に近づく。
「コントラクトのルールで三割以上同じメンバーでの集団契約ができない。
今は俺たち三人で解放者契約を結んでいる。ゆえに、俺と森と相手二人の四人で集団契約を結ぶ場合、俺と森、五割が同じメンバーとなり引っかかることになるんじゃないか?」
このままだと、そもそも集団契約を成立させることができない。
「だったら……、それを理由にして集団契約は結べないということにしたら」
「だめだ。それはすなわち俺たちが三人以上で集団契約を結んでいると宣言するのと同じ。解放者はあくまで二人と言うことで通したい。バックがいるのは隠したい情報だ」
「じゃあ……集団契約、一時的に解除するか?」
次郎が唐突に割り込み、そんなことを言い出した。
それに一瞬思考をよぎらせるが、すぐに気付く。
「いや、それをするとお互いの名前を呼びあえるようになる。それにスマホ機器の制限も解かれる。もし、ゲーム中に裏切られることを考えたら」
「今さら何言ってる? 森を信じるって言ったの誰だ? お前だろ」
「でも……いくらなんでも、それは……」
「時間がない。信じろよ、俺たちは仲間だろ! 友だちだろ? アリス、お前もそうだろ」
次郎はこんど森のほうに顔を向けた。森はそれに深く大きくうなずいた。
「もちろん、仲間。それは変わらない。むろん、契約を解除しても。それに、それ以外方法がないんだったら、お互い仲間を信じあうしかないしね。
ここで契約なしでも誓う。決して裏切らない。目的は同じなんだから」
信じあう。むろん、信じたいが……。
それだけなのか……見落としていないか?
「……いや、……待て。それでもだめだ。もし、契約を解除すれば、口外してはいけない条約も解除される。
それはすなわち、キングダムの契約でお前は自分が解放者であることを上に報告しなければいけない義務が発生することになりはしないか?」
……これを見落とせば、解除した途端に森は対戦相手に情報を与えることになってしまう。
しかも森の意思関わらず、いや意思を変えさせられ強制的に報告される。
これは……どうすればいい?
「……わたしと圭で個々契約を結ぼう。口外しないという契約を。
もともとボブのことを口外できない契約はしているから、それにプラス、解放者のことを口外発信させない契約を付け足せばいい。その後、集団契約を解除する。それで……いけるはず」
「……なるほど……」
個々契約をしっかりと結んでおけば……とりあえず危機は回避されるか。
「よし……なら……解除しよう。だけど……もう一つの問題が残ってる」
もし、仮に圭のアカウントと次郎のアカウントで契約したとしよう。
次郎は参加せず、後ろで支援を行ってもらうつもりだったが……契約で「このメンバーでゲームを行う」などとされれば、次郎は否応なくゲーム会場に足を運ぶしかなくなる。そして参加するのは、森ではなく次郎と圭。
圭の代わりに次郎が出るにしても、解放者として出た森は絶対参加しなければ、相手も納得しないだろうし……。
でも、森のアカウントは……キングダムの集団契約メンバー一覧を見れば、すぐにバレる。
やはり……バレるのを承知で行くしかないのか? いやでも……
「……わたし、別にバレても構わない」
「……え?」
「543レインが解放者の一員だとバラしてもいい。いや、まだ解放者のリーダーがわたしでないという証拠は揃わないはず。
なら、キングダムのメンバー、543レインこと……森太菜が解放者のリーダーという形で晒すのでも構わない。その代わり……」
森は一歩、圭のほうに歩み出た。
「絶対ゲームに勝つ。そして奴らの口を封じる。アカウント、仮面ファイター5103であるボブも解放者の一員だと相手にばれるが……あくまで手を貸している人物として、このゲームに挑む。
まだ、あなたの顔は知られていないのだから。この作戦でもいいはず」
「……それで……いいのか?」
「うん。だって……勝てばいいのだから」
「……ああ、そうだな。勝てばいいんだ。勝とう。お互い、信じて……勝とう」
そう言って圭、次郎、森は静かにこぶしをあてがった。