第2話 暇つぶし
「どうやら、意識は完全にわたしのほうへ移ってくれたみたいですね」
圭が本当の意味で田村と向き合うと、田村は不敵ながらもにっこりと笑顔を見せてきた。もうこれ以上、仮の王に気を取られていたらこいつに揚げ足を取られかねん。無理してこの状況でも仮の王に気を取る必要はない。
「そうですね……、で、なんなんですか?」
圭はわざと自分が持っている本を田村の前まで持ち上げながらそう聞いた。だが、田村は圭のアピールには何一つ反応することなく、次のセリフを吐く。
「ちょっと、暇つぶし程度で……ゲームでもしませんか?」
「……ゲーム?」
もう、ゲームという単語を聞いただけでも少しドキッとするが、それは心の内にとどめておいて、平然を装う。
「ええ。圭くんも暇、なんですよね?」
「……圭くん?」
さっきまで圭の呼び方は「小林くん」であったはずなのに、ここに来てそんな風に読んでくる。
「はい。だって友達ですもの。……嫌でしたか?」
本当なら別に嫌じゃないと答えておくべきなのかもしれない。だが、妙になんか恋愛フラグっぽい感じがでてきちゃってるし、しっかり折っておこう。はっきり否定するのは流石にどうかと思うので、オブラートに。
「……違和感は拭えないですけどね」
「違和感程度なら、数打ってる内になくなりますよ。なので、わたしは勝手に呼び続けますね。別に圭くんだって、わたしのこと、「零士くん」……いや、「零士」と呼び捨てにしてくれても構わないんですよ。
わたしたちの間に妙な壁は必要ありませんからね」
……こっちの意見は聞いてくれないらしい。
「……分かりました。考えておきますよ。”田村先輩”。でも、俺は壁、必要だと思いますけどね。田村先輩は三年生。
でも、俺は二年。先輩と後輩、そこには壁はあってしかるべきだと……思いますが?」
「実に日本人的な考え方ですね」
「先輩も日本人ですよね?」
「……違いありません」
壁はあって然るべき、そう同意するような仕草を見せた田村だったが、そんな壁はやっぱりないとでも言うように、圭に体を傾けてきた。そして、スマホを見せてくる。
「で、暇つぶしのゲーム、付き合ってくれるんですよね?」
圭はちらりと田村が出すスマホの画面を見た。そこにはオセロのアプリが立ち上がっている。
「ま……別にいいですけど」
「ありがとうございます」
田村は圭の返事を聞くや否や、スマホをテーブルの上中央に置いた。そして、スタート画面を一度タップする。
それによって、お馴染みのオセロの盤と、白黒二枚ずつのコマが並ぶ。
「オセロ、やったことありますか?」
「……まあ、ルールくらいなら知ってますよ」
正直言うと、オセロなんてルールは無論知っているが、本当にしっかりとやったことは今までなかったかもしれない。単純にそんなのをやる相手もいないし、オセロのセットも持っていない。
スマホだからこそいつでもどこでも誰とでも対戦できるが、なかったらやっていなかったという人も大勢いるんじゃなかろうか。
「じゃあ、わたしが先攻でもいいですか?」
「どうぞ」
圭はしばらく、肘に手を付きながら田村とオセロをやっていた。といっても、どこに打てば正解なのかも知らないので、ほとんど適当に打っているのだが。
こんな何も分かっていない圭みたいな人とプレーしていて、この男は楽しいのだろうか。そんな疑問がふとよぎり田村に視線を移す。
そこで、思わず「うっ」と声が漏れてしまった。
「どうかしましたか? そちらの手番ですよ?」
「い……いや……」
顔を上げたとき、田村の視線が一点でこちらに向けられていれば、誰だろうとこんな反応になる。こいつ、本当にこっちにとにかく視線を寄越していたんだ。
とにかく、自分の手番なので今一度、スマホの画面を見る。そして、相手の色をひっくり返せる場所を探すのだが……。
「あれ? 打てる場所……」
いくらかの場所をタップするが、そこはひっくり返せない場所なので反応なし、そしてひっくり返らせることができる場所が……。
「ここと……ここが打てますね」
悩んでいる圭に対して、田村が二つだけ打てる選択肢を示してくれる。
「あ……そうか……あれ、でもこれだけ……?」
随分と打てる場所が少ないことに違和感を持った。盤面は半数以上が埋まっておりゲームは終盤、自分の色が結構広がっており気分的に優勢だと思っていたが、打てる場所がほとんどない状態。
「まあ……いいか」
所詮ただの暇つぶしだし、深く考える必要もない。そんな軽い感覚で画面をタップ。一枚だけ相手のコマをひっくり返らせる。
だが、この手番の中、圭は確かに田村からの視線をずっと感じていた。さっき顔を上げたとき、視線があったのも偶然じゃない。
こいつ……なにが目的なのかは知らないが……まるで……圭を観察しているよう。
その感覚はずっと続きながらも、ゲームは進行。そして……。
「これで、最後ですね」
オセロの盤面に一つだけ空白が残った状態で圭に渡される。そして、最後の一手を圭が売ったところで、ゲームは終了した。
結果は、大差で田村の逆転勝利となっていた。