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06 おさるのあーにゃ

 アーニャは、朝起きてまず柔軟体操を行うようになった。

 手足を振り回すように動かし、体を暖める。30分ほどのゆっくりした軽い運動だが、全身を使っているためか、慣れぬうちはそれだけで汗だくになった。

 妖精たちが言うには、関節の可動域を広げ、かつ体幹を整えているそうだ。

「まめをくえー、まめをー」

 食事は、ナッツやら豆が多めとなった。森を歩くことも多い。

「はーぶをくえー、からだのていこうりょくをあげてびょうきになりにくくなるー」

 妖精たちの持ってくる怪しげな葉っぱも食べる。苦い。何も考えない。無心で食べる。むしゃむしゃ。


 ついで走り込みと素振りを行う。その日によって走り込みが多かったり、素振りが先になったりする。

 当然、村人たちには奇異の目を向けられたが、アーニャは気にしなかった。平坦な道を延々と駆けたり、丘陵を駆け上ったり、妖精の作ってくれた靴を履いて、走り方も指導された。

「たたかいには、すたみながじゅうようだー」

「ぐんー」

「はしれー、ぱぱとままのべっどのしみめー」

「なんか酷いこと言われている?!」


 柔軟体操を行い、棒切れを振りまわし、走りこんで、基本的にはそれで鍛錬はお終い。

 朝と昼に行うこともあれば、朝と夜に行うこともある。棒振りなどは夕方だけやって終わることもあるが、柔軟体操だけは毎朝、絶対にやらされている。


 半月を越えた頃から、徐々にメニューの種類が増え始めた。樹に何度も昇り降りする。負荷を掛けたり、ときに素早さを重視したり。地面に手をついて、腕を伸ばしたり折ったりもする。岩や丸太を持ち上げる。重りは少しずつ重たいものになるかと思ったが、一定で止まった。それよりもいろんな形状のものを変な姿勢で持ち上げることが増えた。枝に捕まって自分の体を持ち上げる。

「これで強くなってるの?」

「なってる、なってるぅ」

「ずいぶんと……きたえなおしたな」


 畑仕事の時にも、一々、口を挟んでくるのだが。

「たちすじをいしきしろー」

「くわをいれるたびに、ごぶりんのあたまをたたきわってるとかんがえろー」

「ぐんー」

 アーニャの肩に捕まって、何やら物騒なことを叫んでいる。

「おまえのくわはすとーむぶりんがー、さつりくのうたをかなであげろー」

「いもいむらむすめをさつじんましーんにつくりかえてやるぜー」

「ぐんんー」

 アーニャはやり遂げた。総合すると1日に2時間。実際のところ、脱落するほうがどうかしている。そんな風にも思える程度の鍛錬である。


 最初は少し苦しかったが、乗り越えたら楽になった。

 2か月を超える頃には、アーニャは妖精のメニューを楽々とこなせるようになって、物足りなささえ覚えるようになっていた。

「きそはだいたいできた」

「むやみにきたえるよりもにくたいをいじするほうほうをまなべー」

「ぐんー」

「持ち上げる岩をもっと重くしない?」

「りょりょくとびんしょうのちょうわがとれたばんのうでうつくしいにくたい」

「ほんねをいえば、しょせんはめすのからだ」

「いってみればまるちろーる、とっかがたせんとうきにはかなわない」

「なんか、不吉なことを言ってない?」


 時々、妖精同士で言うことが食い違っているのも悩みどころではある。

「ぐんー」

 くまっぽいきぐるみをきた妖精が地面に枝で絵を描いている。どうにも、全身運動をさせたいらしい。

 一か所だけ鍛えても意味がないと言い張っている。一番最初にしっかりとした土台を築くことが、強い戦士を作る秘訣なのだという考えのようだ。

「うでをきたえろー、うでをー。それで、ちょっとわざをおぼえればたいていのやつにはかてるぞー」

 ひるでは、兎に角、腕力と柔軟性を重視している。ゴブリン程度には勝てるようになってから、足りないところを補うほうが生き残るには有利だと主張している。

「のうきんはちからをいなされるともろいぞー、あしをきたえろー、にげあしだいじー」

 するーずは、スタミナと走り込みが大事だと、真っ向から反対する。生き残るには、まず逃げ足や観察力が大事らしい。

「うでききは、ごろごろころがっているぞー。まずはころされないていどにわんりょくをつけろ、ちからいずぱわー」

「ぎゃくなりー。あーにゃはいのちをひとつしかもってない、まずはいきのこれるようにあしをきたえるべしー」

「ぐんー!」

 ぽかぽかと殴り合った末に妥協が成立したらしい。するーずは生き残る術を、ひるでーは敵を打ち倒す技を中心に教えてくれる。

「どちらでもいいよ。強くしてくれるなら」

 鍛錬を終えて、汗だくで地面に転がっているアーニャのつぶやきに、妖精たちが一斉に顔を逸らした。

「強くなってるんですよね?どうして顔を逸らすんですか?」


 アーニャは飽きることなく、鍛錬を続けた。

森や丘陵に出かけては、ひらけた場所で連日、汗を流し続けた。

 技量の上昇を確かに肌で感じ取れた。頭脳と肉体の両方で自分の力量が確実に積み重ねられているのが理解できる。

 わずかに伸び悩む感はあっても、妖精の言葉を疑うことなく信じた。

 正直に言えば、どうでもよかった。アーニャは、剣を振るうのが楽しい。

 あれ程に憧れた剣を玩具であろうとも振るっている。誰はばかることなく剣術を学んでいる。

 それが、心が浮き立つほどに楽しくてたまらない。今すぐに死んでもいいと思えるほどに歓びに包まれていた。

 普通の娘であれば音を上げるだろう運動にも、苦しみを覚えることなく続けることができた。

 そうして、緩い雰囲気とは裏腹に、妖精たちの言葉は理路整然と飲み込めた。

 仮に言葉通りにいかないとしても、体力をつけておくことは無駄にはならないはずだ。

 この戦乱の時代。僅かであろうと身を守れる力のあるかなしかで、人生の浮沈が左右されても不思議ではないと、アーニャは思い定めていた。


「すぶりを20かいー、ぜんりょくでだぞー」

「それを6せっと、あさゆうとねるまえにやるのだー」

 森の真ん中で素振りを行う。

「……20回でいいの?百回とか出来そうな気もするけど」

 アーニャの言葉に顔を見合わせた。要望に合わせて、鍛錬内容を変更することも多い。

 妖精たちは熱血的な性質を帯びながらも、いい意味で理知的でもあり、教師との役割に徹しながらも、高圧的になることもなかった。互いに疑念や考えは、細かいところまで普段から詰めておく習慣ができつつあった。

「どうする?」

「ここでひろうをのこしすぎると、こくどかいぞうけいかくにししょうがー」

「ぐんー」

「じこのたいりょくをはあくすることや、たっせいかんもだいじでは?」

「いや、きょうはよていどおりにすぶりにじゅっかい」

「ぐんー」

「いしきしてきちんとおしえたうごきをしろよー、こしできるんだぞー」

 考えると多少は遅くなる。それをどう早く振るか考えるのも大事であった。

「はんぷくして、からだになじませるのだー」

「かいすうがすくなくても、まいにち、なじむまでこんきよくやることがだいじだー」

 休んでは柔軟を行い、体を休ませてはまた運動する。体の回復力を高める為には、必要な繰り返しらしい。


 アーニャは棒を振るう。妖精たちが切り出した樫製の木剣を、横なぎに、縦に、習った通りの構えで一心不乱に振り続ける。

「30……これで、あと2回?3回?」

「あと3せっとー」

「うでをもみほぐせー。ひとやすみしたら、こんどはそくどをいしきしてふれー」

「調子を変えると疲れるんだけど……」

 不満げなアーニャに、妖精たちは槍を振り回して力説する。

「だからこそだー、いまはからだのきそをつくっているじきだぞー」

「いろいろなきんにくをつかえー」

「ぐんー」


「しゅうごー、さくせんかいぎー」

 柔軟しているアーニャを前に、妖精たちが集合した。

「そろそろ、わんりょくをつけさせるじきとみた」

「もうちょっと、ぜんしんのばらんすをととのえてからにすべき」

「ぐんー」

「きょくげんじょうたいとはいわんが、くたくたになるまでやらせるかー?」

「ぐんー!ぐんんー!」

「そのとおり、りかばーがきかぬぞー」

「しょくりょうじじょうやせいかつにゆとりがないから、ひろうかいふくにもあそびをもたさざるをえないかー」


 雨の降る日も、修練は怠らない。雨を避けられる丘陵の洞窟や、森に切り出した岸壁の岩肌の下。

 アーニャは、修行場に適した場所を見つけては、修練に励み続けている。

 その日も、森の奥で一人(と三匹)。

 修練に励んでいたが、小ぬか雨が急に土砂降りへと変わってアーニャは濡れ鼠となった。

「ぺっぺっ、急に降ってきて服が濡れた」

 慌てて、がけ下に駆け込んだアーニャの足元。着ぐるみを着たぐんが、犬がそうするように体をブルブルして水を弾いていた。

「あめがひどくなってきたなー」

「ひをたいておくぞー」

 こう酷くなっては、体を冷やしすぎる。なので、がけ下でゆっくりと柔軟を行う。

「どうせならぬげー」

「ふくをかわかしておけばいい」

 鎧を脱ぎ捨てて、自らも下着姿になった妖精たちが、アーニャに促した。

「えー?」一応、渋るが森の奥。

「どうせだれもみていない」

「まあ、それもそうか」

 妖精の言葉に頷いて、アーニャは素っ裸。下穿き一つで素振りを続けるのであった。

 激しい運動。上気した肌に玉の汗が浮かび上がってくる。


「熱っ、秋なのに汗だくですよ」

 一心不乱に棒切れをふるい続けるアーニャの傍ら、妖精たちが火を焚き、丹念に磨き上げられてきらきらと輝いている銅製の鍋にお湯と麦、チーズ、雑穀、キャベツ、乳やコンソメを注いだポタージュの粥を作る。

「さあ、めしをくえー」

「またお粥?」

「おかゆのほうが、ぱんよりからだによいー」

「しょうかしやすいー」


 荒い息をも収まらぬまま、岩の上にぺたりと腰掛けると妖精たちが騒ぎ立てる。

「じゅうなんをわすれるなー」

「ひえるから、からだをふけー、からだをひやすなー」

 火の傍で布を手に取ったアーニャは、体を拭った。

「ばらんすよくたべろ」

「まめをくえ、まめをー」

「このきのこはどくそをはいしゅつするー、くえー」

 お椀に装ったおかゆを前に、アーニャは呼吸を整えながら尋ねる。

「午後は何を?」


「すぶりだー」

「ちからこぶみせろー」

「ふん」と求めに応じて腕を折り曲げるアーニャ。一見、柔らかそうな腕の下から束ねた鋼のような筋肉が隆起する。

「かちかちだー」

「ふっきんわれたー」

「ぐんー」

 大喜びの妖精たち。

「まずまずのふとさー」

「ふとすぎるとうごきがにぶるー、なやましー」

「ぐんー」

「やなぎのようにやわらかく、こうてつのようにつよいうでをめざせー」

 妖精の言葉を繰り返す。妖精が言うにはイメージは大事らしい。

「柳のように柔らかく、鋼鉄のように強い!」

 言葉を繰り返したアーニャは、熱い吐息を漏らしながら、半裸でほほ笑んだ。

「まだ体が熱い。もう少し続けて運動したい気分だよ」


 妖精たちが顔を寄せ合った。何やら相談してから、今回はすぐに結論が出た。

「すぶりだー、おもたいえだをもてー」

「どしゃぶりのなかをとびまわれー、そういうせんじょうもある」

「ぐんー」

「楽しそうだね、それは」

 妖精の言葉に微笑んで、アーニャは土砂降りの雨の下に進み出る。上気した肌に冷たい秋の雨が心地よかった。


「いめーじしろ おまえのうではむてきのうでだ」

「ぐんー」

「とろるのようにつよい」

「こうてつをへしまげるのだ」

 力に溢れている感覚。

「私の腕は、柳のように柔らかく、鋼鉄のように強い!」

 言葉を叫びながら、太い枝を振り回す。半年前とは明らかに段違いの膂力だった。

「さけべ、おまえはおーがおにだ」

「うあああー!」アーニャは叫んだ。

「こえがちいさいー」

「こうだー!ほきゃあ!」

 妖精を真似てアーニャは叫んだ。

「ほきゃあああ」

 やってるうちに楽しくなってきた。

「あとすぶり20かいでうちきれー」

「きんにくひやすなー、ちょうどいいころあいだー」

 アドバイスが入る。

「おう」

 アーニャ自身も打ち切り時と考えていた程度に、丁度よく指示が入った。

 うなずいてから、太い枝を振り回し、野生の衝動のまま、野太く叫んだ。

「ほきゃああ!」

「いいぞー、もっとやれー」

 妖精たちも楽しげに叫んでいる。

「ほきゃあー」

「ホキャアアア!」

 

「アーニャ?」

 トロルになりきり、楽しげに半裸で雄たけび上げているアーニャたちの背から、聞きなれた声が呼びかけられた。

 振り向けば、同じ村のクリスが木立の間からどこか呆然としたような表情でアーニャを眺めていた。

「ほきゃ?」

「ほきゃ?」

「ぐん?」

「ホキャ?」

 固まったアーニャの肩に、妖精がぴょこんと乗っかってくると。

「どうする?くちをふさぐかー?」

 火に油を注ぐような一言をでかい声でささやいてくれやがった。まる。


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