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04 使命と宿命

「妖精はいくらでうれるかなー?」

 頭にでかいこぶをつけてぐったりとしている妖精を、鶏や兎を市場へ生きたまま運ぶための籠に放り込みながら、アーニャは皮算用していた。


「ああ!するーずが!」

「ぐんんー!」

 家具の物陰に隠れてる妖精たちの悲痛な嘆きも馬耳東風に、農家の娘は虜となったするーずに微笑みを向けた。

「できるだけ優しいご主人様を探してあげるね」

「おにー!あくまー!だーくないとー!」

 するーずからの痛烈な罵声に、アーニャの頬が引き攣った。

「……と思ったけど、見世物小屋のほうが高く売れそうだね」


「うむむ、まさしくだーくないとにふさわしいしょぎょうよー」

「ぐんーん」

「……どうやら、喧嘩屋に売られることをお望みみたいだね」

 アーニャの淡々とした呟きに不吉な響きでも感じ取ったのか。妖精たちがざわめきだした。

「けんかや?……なにやらふきつなぱわーわーどのよかん」

「かぶんにしてしらぬが、なにをするところなのだ?」と檻のなかからするーず。

「喧嘩屋っていうのはね。小さな生き物同士を買い取って、狭い檻に閉じ込めます」

 喧嘩屋について妖精たちは知らないようなので、親切なアーニャは説明してやることにした。その興行が、主に都市の裏通りなどで行われていること。性質の悪い冒険者や香具師が取り仕切っていること。

「ふむふむ」

「それで、それで?」

「見物人からお金を取って、お金を賭けてから、生き物をどちらかが死ぬまで戦わせます。場所代をのぞいて勝ったほうが総取りします」

 アーニャの説明を聞いた妖精たちは、一瞬だけ沈黙してから騒ぎ出した。

「きゃー!」

 するーずの悲鳴にひるでとぐんも悲鳴も上げた。

「するーずー!」

「ぐんー!」

「あたらしいしょくばでもがんばるんだぞー、するーずー」


「たすけてー」

 なぜかノリノリでするーずを見送ろうとしているひるでとぐん。

「けんとうしのちゃんぴおんになるまでかえってくるんじゃないぞー」

「ぐんー」

 のんきに手を振ってる妖精たちの胴をアーニャの左右の手がつかんだ。

「むむ?なにをするのだ?」

「ぐん?」

「お友だちとお別れしたら寂しいでしょう?一緒に売ってあげるね」

 アーニャの微笑みに妖精たちが手足をバタバタさせる。

「なんというどれいしょうにんのりくつー!」

「ぐんー」

「妖精3匹売り払ったら、いくらくらいになるかな。牛とか買えるかも」

 脅しなのか、本気なのか。

「やめろぉ!だーくないとー!うるのはこのするーずだけにしろー」

 するーずが籠の中から男らしい一言。でも、声は女の子である。性別どっちなんだろう?

「ああっ、するーず。なんというおとこまえ、とぅんく」

「ぐんー」

 アーニャの額に青筋が浮かんだ。

「ダークナイトいうの止めないと、本当に売り払うからね?」


 結局のところ、捕まって鶏用のかごに放り込まれた3匹であるが、アーニャは木の板に数字を書くと縄で籠に括り付けた。

「なにをするきだー?」

「値札。妖精は珍しいし、通りすがりの旅人が買ってくれるかも」

「まてー!はやまるなー!」

「そうだー、どうか100まいはすくなすぎるー」

「待ったない♪ダメ、さんざ人をからかってー

 性悪妖精は売り飛ばされる末路がお似合いなのさ」

「ぐんー」

「せめてぎんかにしてー」

「まあ、冗談。そろそろ野良仕事に行かないと。だけど、あなたたちを家に放置するのもすっごく不安だし、連れていきます」

 鍬を持ち、妖精たちの入ったかごを背負って、アーニャは畑へと向かった。


 アーニャの持っている畑はそれなりに広かった。大麦の他にオーツ麦や玉ねぎ、蕪、雑穀など手間の少なく済む作物を育てて、アーニャは暮らしている。

 畑に行ってまず一番にすることは、隣家の畑との境界に置かれれている岩や木が、自分の畑に動かされていないか確認すること。隣の農民一家が特に性悪という訳でもないが、身寄りのない小娘が見合わぬ土地を持っていれば、悪い心を起こすのが人間という生き物で、微妙に境界線が侵食されたことも一度や二度ではない。

 縄張りはきちんと羊皮紙に残し、一応は村長が保存しているのだが、放置しておけば、なし崩しに既成事実されてしまうこともないとは言い切れない。実際、熱で二、三日、寝込んだだけで畑が随分とずれた事があって、大いに揉めたものだった。おまけに村長、アーニャには手が足りないというふざけた理由で、隣家に大いに肩入れしてくれた。実際に互いの主張の中間点が妥協点として提示されたこともあって、他の村人が口を挟んでくれなかったら危うかったのだ。それ以来、アーニャは村長一家にも隔意を抱いて、微妙な関係が続いている。だから、一日も油断はならなかった。


 境界は動いていない。確認したアーニャは、ほっと息をついてから、畑を歩きまわって固くなった土を軽く耕し、また雑草などを引き抜いて、涼しい午前のうちに軽く畑仕事を行った。

 昼時になって、玉ねぎを齧りながら、硬いパンを水筒のエールで流し込む。

 小作や貧農、召使いは薄めた粥を食べるので、その点では恵まれているといえるかも知れない。

 確かに手が回らない。畑の広さに比べて、あまりに人手が足りない。

 両親が生きていたころに比せば、麦の実りの少なさは一目瞭然であった。

 だが、軽々しく土地を貸すことはできない。人も雇えない。


「あーにゃとしょたいをもったら、こさくにんからいっぱつぎゃくてんだからなー」

「そういうこと」

 パンの欠片を小人たちに投げ与えながら、畑を見下ろす切り株に腰かけたアーニャはうなずいた。

「実際、村でも、両親を亡くした娘が面倒見てやろうって口実でやってきた親戚に家と畑を乗っ取られて、今は自分が召使みたいに扱われているし」

 硬いパンをエールに漬けて柔らかく蒸かしながら、村はずれの大きめな農家へと視線をくれた。


「おじさん夫婦も元が小作人なんだけど、だからかな?性悪で。

 もう、ケチってぼろぼろの服しか上げないし、そのくせ、自分たちの子供には贅沢させてるしで」

 そこまで行ってから草の上に寝転がって、流れる雲を見上げた。

「ああいうの見ていると、迂闊に人を受け入れるのもね。

 わたしのお父さんとお母さんも。お母さんのお腹にいた弟か妹と一緒に死んじゃったし」

 聞いているのか。いないのか。妖精たちは、パンをもそもそ齧ったり、アーニャの上によじ登ろうとしている。


「……だから、受け入れられないよ。父さんと母さんが切り開いた畑をさ。血が繋がった子に継がせるために汗水垂らした畑を他人に奪われるんだったら、何のためにさ」

 胸の上にやってきたするーずをつまみ上げて、アーニャは語りかけた。

「だから、冒険者にはなれない。多分」

「なんじはだーくないとになれるのだぞー」

 指の下でプラプラと揺れながら、するーずが言った。

「これは本気で売り払うしかありませんねぇ」

「いつわりではないー、なんじのしゅくめいであり、われらのしめいなのだー」

「ぐんー」

「人をからかうのが使命?」くすっと笑ったアーニャにするーずが反論する。

「えいゆうをそだてるのがだー」

「させたいことはないが、してもらいたいことはあるー」

「ぐんー」

「ぼうけんするのだー」


「させるとしてもらうが、どう違うのさ?」

 首を傾げるアーニャを前に、妖精たちは言葉を続けた。

「なんじはぼうけんするだけでよいー」

「われらはそのじゅんびとてだすけをするー」

「ぐんー」


「……準備と手助け」

 どうにも合点がいかない。怪訝そうにアーニャが呟くと、妖精たちは補足を入れた。

 忙しくアーニャの体の上や畑の峰を走りながら、槍を彼方へと向けて小さく叫んでいる。

「みちびきはしないー、みちはじぶんでさがせー」

「おーでぃんはひとのゆうきをよみするがかいにゅうはしないー」

「ぐんー」

「すきにいきればよいのだー」

「かみがみになんじのいきざまをしめすがよいー」

「ぐんー」


「ふふっ、君たちは胡散臭いなー」

 ぽつりと呟くアーニャ。言ってることは胡散臭いのに嘘の匂いがしない。不思議だな、と思う。

「しんじろー、なんじはほんとうにじぶんでのぞんでいたえいゆうになれるのだぞー」

「おひめさまと、ちっ、ちっ、ちっすもできるかもしれない。きゃー」

 照れるひるでだが、アーニャとて流石にもう照れたり、動揺したりはしない。

「あのねえ、ホラも大概にしないとだめだよ。

 冒険に出てちょっとした財宝を持ち帰るていどなら、近隣の村の農夫にも何人かいるから、まあ、ありえなくはないと思えます」

 そこで言葉を切ったアーニャは、自分の胸に指を当てた。

 何か未練を断ち切るかのように、そっとつぶやいた。

「でも、農民の娘が高名な英雄なんて……なれるわけないでしょう」

 畑から石を拾って、畑の片隅へと放り投げる。


 アーニャの肩に乗ったり、胸にぶら下がって妖精たちが言葉をつづけた。

「なんじがのぞみであれば、のうみんのむすめのちいさきぼうけんでもかまわぬぞー」

「だまされてうしなうものがあるかー?」

「ぐんー」

「ずいぶんと俗っぽく口が回る神様の使いだね」アーニャがほほ笑む。

「ろきをみならったー」妖精が何者かの名前を挙げる。

「ロキ?」これまたアーニャは聞いたことがない。


「父さんが言ってたよ。何かを得ることは、何かを失うことでもあると。

 だから、後でこんなはずじゃなかったってならないように。

 何かを選ぶときは、失うことを覚悟してから手に入れろと」

 手近な草を契って、笛のように奏でる。一曲終えてからアーニャは妖精たちに視線を向けた。

「で、神様は引き換えにわたしに何を求めているの?勇敢に生きろとか?」

「それすらもきょうようしないー」

「おくびょうかぜにふかれてもかまわないー」

「ぐんー」


 妖精たちが何らかの使者なのか、あるいは無邪気な悪戯なのか。アーニャにはどちらでも良かった。

 心の内を当ててくるからには、何らかの魔法の力を持っているのかもしれないが、本物にしろ、空想にしろ、言葉遊びを楽しんでいたアーニャも流石に戸惑いを見せた。

「では……では、私になにをしろと?」妖精たちに尋ねてみる。

「えいゆうにふさわしいちからをあたえはするが、どういきるかどうかはなんじしだいー」

「それがおーでぃんをたのしませるのだー、えいゆうのじんせいこそがおーでぃんのよろこびだからだー」

「ぐんー」


「……都合が良すぎる気もするけど」

 三角座りした膝に傾けた首を載せて、真実を測ろうとするかのようにアーニャは妖精たちを見つめた。

 子供としては明晰なアーニャだが、妖精たちの思惑はどこか図り切れない。

「そうでもない。ちからをえるにはなんじのどりょくがもっともじゅうようであるがゆえにー」

 なので、アーニャは、妖精たちの説明の矛盾を突いてみることにした。

「さっきは世界に危機が迫ってるって言ったよね」

「あれはほうべんだー」

「そらみみだー」

「ぐんー」

 あっさりと壮大な設定が翻された。

「こ、混沌とか言ってなかった?」

「いってないー」

「ききまちがえー」

「ぐんー」

 それから妖精同士で、こそこそと囁きあう。

「おーでぃんのつくるしなりおはむだにそうだいだからなー」

「いつもめつぼうえんどなのでこんかいはかいにゅうしない、みるだけー」


 アーニャの肩から、てんっと地面に降り立ったひるでが、目の前の切り株に登った。

 それからアーニャをまっすに見つめて、戦士の誓約のように槍を掲げる。

「ぼうけんにでたくはないかー?あーにゃよ」


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